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フウロと共に一人暮らしをすることになって二週間が過ぎた。
住めば都という言葉もある通り、新しい場所での生活も数日経てばすぐに慣れた。
俺が一人暮らし慣れをしていることもあるが、最も大きな要員はフウロがいるからだろう。
フウロとは一緒にいる形で住んでいる。
だから、一人暮らしではあるが一人ではないという安心感やら頼もしさやらで、寂しさなんて微塵も感じなかった。
それに、フウロは驚くほど賢く、フンも外でしてくれるし、肝心の餌だってタマネギなどの特定の食べ物に気をつけていれば、基本なんでも食べられるので、手がかからない。
「よし、今日も頑張るか。フウロ」
「ワン!」
「いい返事だ」
空が白んできた頃にフウロと共に外へ出た俺は、毎日繰り返した作業を行う。
結球の兆しを見せてきたアメキャベツに水を与え、その葉に虫などがついていないか一枚一枚念入りに確認していく。
その間、フウロはキリッとした顔で畑の傍らにちょこんと座り、じっと林の茂みを見て、アメキャベツを狙う外敵からの襲撃を警戒している。
そんなフウロを横目で見て、微笑ましい気持ちになりながら葉を確認していると、一枚の葉の裏側に蝶の幼虫のような虫がいることに気付く。
「たく、油断も隙もないな。こりゃ……」
元の世界でもキャベツは虫に食われやすい野菜ではあった。
しかし、一日のほとんどを雨に打たれ続けているアメキャベツに虫がつくことはあまりない……のだが、少しでも時間が経ってしまうと、このようにどこぞと知れない幼虫のようなものがついてしまうのだ。
溜息を吐きながら、幼虫を掌にのせた俺は傍らに用意しておいた籠に幼虫を放る。
この籠は、後で生かして別の場所に逃がすために用意したものである。
「本当は殺すのがいいんだけど、なんか嫌なんだよな」
罪悪感か、虫を殺すことへの忌避感か自分でもよく分からないが、なんだか逃がしてしまう。
ま、幸いだったのは今の年齢になっても虫に触ることに抵抗感がなかったことだな。
「……ん?」
見つけた虫を籠の中に放っていくと、ふと視界の端でいつも見かける村人の姿を見かける。
いかにも硬派そうな体格のいい壮年の男性と、優しげな印象の女性。
彼らは俺を見ると、無言で会釈してくれるので、俺も頭を下げる。
女性の方はにっこりとした笑みを浮かべ、手を振ってその場から離れていった。
……少しずつではあるが、俺もこの村に馴染めている。
ノアがアメフラシという親しみやすい渾名をつけてくれたということもあるが、やはり見ている人はちゃんと見てくれているのだろう。
「……よし」
今一度気を引き締め、作業に戻る。
虫を見つけること以外に、スコップで土を寄せたり、雑草を抜いたりしながら長い時間をかけて畑全体のアメキャベツを丁寧に見ていく。
それだけで、かなりの時間がかかってしまう……のだが、慣れてしまうとほとんど苦でなくなってしまう。
むしろ、成長を楽しんでいる。
まるで盆栽を育てる老人の気分だ。
「ふーん、ふふーん」
柄にもなく鼻歌を唱いながら、アメキャベツを見ていく。
これが俺の代わり映えのない野菜作りの日常。
異世界という場所で俺が見つけた一つの生き方。
今までとは違ったそれに、居心地の良さを感じながら、俺は今日もアメヤサイを育て続ける。
――のだが。
忘れた頃になんとやら、という言葉がある通りに思いもしないタイミングで俺の畑に新たな来訪者が現れる。
それは、アメキャベツの葉をほとんど確認し終えた―――、太陽が斜めに自身を照らすほどの時間にやってきた。
「来たぞぉ、ハルマ!」
「……」
ラングロン家当主、ケイ・ラングロンさんが報せもなく俺の畑を訪れてきた。
あまりの急展開に、俺は言葉も出せずに絶句するしかなかった。




