3
気絶してから三日間。
体感で六時間ほどの睡眠と考えていたが、どうりでお腹が空いていたはずだ。
エリックさんの言葉に従い、ベッドのある部屋からテーブルと椅子が置いてあるリビングらしき部屋に移動すると、既に朝食が用意されていた。
丸いパンにスープにサラダといったシンプルな朝食だが、三日間何も食べていなかった俺にとっては嬉しいものであった。
「リオンが君を連れてきた。その話は聞いているだろう?」
「ええ」
雨の中、倒れていた俺を運んでくれた。
女の子が大人の俺を運べるとは到底思えないが、恐らく俺の体を浮かせたような不思議な力を使ったのだろう。
「あの時は私も驚いた。なにせ、私以外の誰とも話そうとしないリオンが人を運んできたんだ。加えて、看病までするなんて……」
「別に、放っておくわけにもいかないから。私が拾ってきたんだし……」
拾ってきたって、俺は犬か。
パンをはむはむと食べているリオンの言葉にちょっとばかしショックを受けながら、エリックさんへ視線を戻す。
「だが、さらに驚いたことがあるとすれば、君の持つ力についてだ」
「……俺の力? なんですか、それ?」
「やはり気付いてはいないか」
俺の言葉に得心がいったような表情になるエリックさん。
「リオンが君を運んでここに来た時、この子は雨でずぶ濡れの状態だったんだ」
「えと……それがどうかしたんですか? 雨が降っていたんなら、濡れるのは当たり前なんじゃ……」
「その日、村に雨なんて降っていなかったんだよ。雲一つない快晴だった」
「……は?」
雨が降っていないのに、降っている。
しかも雲一つないって、狐の嫁入りかなにかか?
待てよ、雨が関係するっていうなら思い当たる節が多すぎる。
「君とリオンの頭上にだけ雨雲が出現していたのさ。まるで、君についてくるように雨雲が動いていた」
「村の人達も不思議そうに私と貴方を見てた。私は雨にうたれているのに、村の人達は全然濡れてないのを見て、ようやく異変に気付いたけど」
雨。
俺の人生を苛み続けたもの。
それが、とうとう俺だけを標的にして降ったと考えられるのなら――、
「俺は、一体……何なのでしょうか……」
自分が分からない。
今までは、雨は降らせても、雨雲が俺だけについてくるなんてことはありえなかった。
いや、そもそも雨を降らせてしまう体質というだけで普通じゃない。
「ハルマ君。君は魔法という存在を知っているかね?」
「魔法……?」
怪訝な顔をする俺に、至極真剣な表情のエリックさんは続けて言葉を紡ぐ。
「戦う術であり、生きる術。ここで生きる者ならば、当たり前のように扱える力のことだ。その様子だと知らないようだね」
エリックさんの言葉に、戸惑いながら頷く。
当たり前のようにと言われても、俺は魔法なんていう言葉は知っていても力は知らない。
しかし、俺は恐らくその力を一度見ている。
「もしかして、リオンが使っていた不思議な力がそうなんですか?」
「ああ」
ベッドから落ちた俺を浮かび上がらせた力。
信じられないという一言で片付ければ良かったが、実際にこの目で見て、体験してしまったからには信じるしかない。
「……教えてください。その魔法というものを」
「ふむ。その前に、君のことを教えてくれないか? 魔法について教えるのは、その後だ」
「分かりました」
俺は自分のことについてくわしく話した。
生まれた場所とか、どんな人生を送ってきただとか。
建物が並び、人であふれ、夜には街灯が暗闇を照らし、自然な環境なんて数えるほどしか見つけられない、そんな場所に住んでいることも教えた。
俺の話を聞いたエリックさんは、やはりか、と言わんばかりに顔を顰め、額を押さえた。
一方で、パンを食べ終えたリオンはどういうわけか目を輝かせていた。
「魔法を知らない君の反応を見て薄々勘付いてはいたが、今確信した」
「何をですか?」
「アマミヤ・ハルマ君。君はこの世界の人間ではない」
神妙な表情でそんな言葉を口にしたエリックさんに、固まってしまう。
あまりの衝撃的な言葉に反応できない俺に構わず、彼は続けて言葉を紡ぐ。
「私は君の言う世界は見たこともないし、地名も聞いたこともない。だが、一つ分かったことがある」
「分かったこと?」
「天を突かんばかりの巨大な建造物。空を飛ぶ乗り物。馬よりも速く走る鉄の箱。君が語った全ては、夢物語のような話であったが、私にはそれが嘘だとは思えない。なぜなら、君と同じことを口にした人間が複数人存在するからだ」
「俺と、同じ……」
「私自身、その者達との面識はない。しかし、その者達と君に共通しているのが……元いた世界でも特異な能力を有していたということだ」
思考が追いつかない。
ま、待てよ、俺と同じように世界から弾かれちまったような奴が他にいるっていうのか!? しかも、それが俺のように不可思議な現象を引き起こせるなんて……。
「君は彼らと同じように、本来魔法の存在しない世界で魔法を持ってしまうというイレギュラーを起こしてしまい、その結果――」
そこで、一旦区切ったエリックさんは、一瞬だけ言い淀んだあとに口を開く。
「君は、別の世界からやってきてしまったということになる」
別の世界からやってきてしまった。
あまりにも現実離れした彼の言葉に、俺は自分が思っている以上に納得してしまった。