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俺の一人暮らしが始まると共に加わった新しい家族、アメオオカミのフウロ。
たった一人で生活すると思っていた俺の家にやってきた青色の小さな狼は、俺の農業生活に驚くべき変化を及ぼした。
「がーぅ!」
パンだけの軽い朝食を済ませた後に、早速アメキャベツを育てている場所にフウロを連れてきてみると、フウロは畑から少し離れた場所にちょこんと座った。
何をしているのだろうと疑問に思いながらフウロを見ていると、畑から背を向ける形で、林をジッと見つめたフウロが鋭い声で吠えた。
すると、林の草陰から三体のサニーラビットが逃げていった。
「追い払って、くれているのか?」
「やっぱりオオカミだから鼻で分かるんだね」
感心するようにリオンがそう呟くが、これまでサニーラビットに手を焼かされてきた俺にとっては驚くべき光景だった。
なんと、こいつはいつもの如く襲撃してくるサニーラビット共を鳴き声だけで追い払ってくれているのだ。
「さすがは、アメヤサイを守っていた魔物だな。偉いぞ!」
「♪」
頭を撫でつけるとフウロは嬉しそうに尻尾を振る。
しかし、リオンが恐る恐る手を出すと、さっと俺から離れて頭を差し出した。
「ふふふ、良い子」
「くぅ~♪」
「お前、ものすっごい好感度が分かりやすいよな……」
「わん!」
なるほど、三〇代のお兄さん(強調)よりも、可愛い少女の方がいいのか。
いや、気持ちは分からなくもない、誰だって優しそうな雰囲気の人に引き寄せられるよな。
しかし、本能に忠実すぎやしないかおのれは。
「さてと、外を気にしなくてもいい分、こっちに集中できるぞ」
畑の方に向き直った俺は、命令を与えた雨雲を作り、順次畑へ放っていく。
命令を下せる雨雲の数も増えて、今では五つまでなら同時に作り出せるようになった。魔法の腕が上達する度に、どんどん作業が楽になっていくが、それでも手抜きはしてはいけない。
「少しの油断で枯らせてしまう可能性があるからな」
「わん!」
「ん?」
ローブのフードを被り、畑に入り込もうとすると、フウロが物欲しそうな目で俺を見上げてきた。
フウロが何が欲しいかを察した俺は、掌に小さな雨雲を作り出してそれをフウロの頭上に置いた。
「ほれ、お望みの雨だ」
アメオオカミは、雨の大地に生息していた魔物。その生態として魔力を多分に含んだ雨を浴びることを好むと言われている。
しかも、こいつの凄いところは浴びた魔力の雨を自分のエネルギーにできてしまうところにある。
だから、アメオオカミは十分に雨さえ浴びていればある程度何も食べずに生きていられる凄い生物なのだ。
「嬉しそうだね」
「栄養補給を抜きにしても、水浴びが好きなんだろうな。ん? リオン、何を書いているんだ?」
気持ちよさそうに雨を浴びているフウロを見て、リオンが手帳のようなものに何かを書き込んでいる。
「観察日記、みたいなもの」
「観察日記……ああ、アメオオカミの生態を書き記す感じか?」
「うん、そんな感じ。アメオオカミはずっと前に絶滅した珍しい種だから、ちゃんと記録しておきなさいって、おじいちゃんが」
それも当然だろうな。
俺にしてみれば、小さな恐竜が現代に蘇ったようなものだ。それが目の前にいるなら、写真か何かで記録しようと思うはずだ。
「じゃ、俺は畑の方を見るから、フウロのことを頼んだよ」
「うん、任せて。ハルマも頑張ってね」
「あいよー」
今度こそフードを被り畑へ足を踏み入れる。
フウロのおかげで作業効率も上がったし、今回も気合い入れてやっていきますか。
昼時、リオンが用意してくれた昼食を取った俺は、畑の周囲の草刈りを行っていた。
いつもは畑を一通り見た後、雨を降らせているだけなのだが、今回は余裕も出てきたので前々から考えていた畑の拡張作業を行っていた。
一度やった作業だ。二度目となれば疲れはするが、それほど戸惑わずに進められる。
慣れた手つきで鎌で草を刈っていると、畑に誰かがやってきた。
「ノア、来たのか」
「……ええ」
なにやら険しそうな表情だ。
「ハルマ。貴方、昨日子犬を見たって言ってたわね?」
「ああ、そのことなんだけど――」
「昨日ちゃんと調べて分かったんだけど、ここに犬なんていないの。いるとしても隣の国だから、ハルマがここで犬を見ることなんてありえないのよ」
フウロのことを話そうとするが、ノアは焦るようにそう言葉にした。
ここらへんには犬がいないのかー、などと暢気なことを考えたが、ノアの表情を見て考えを改める。
「ハルマが会った子犬。普通じゃないわ。もしかしたら、危ない魔物かもしれない」
「危ない魔物とは限らないんだけど」
「可能性があるうちは疑うに越したことはないわ。もし、その子犬が性質の悪い魔物だったのなら……私は、貴方と皆を守る義務があるの」
こ、心なしか目が据わってないか?
使命に燃えている(?)ノアは、背から何かを取り出す。
それは、俺でも知っているような弦が張られた武器――ボウガンであった。
「ちょ、ノアぁ!?」
「覚悟はできているわ。村の平穏を脅かそうものなら、領主の娘として片をつけるしかない……!」
「君の言う領主の娘ってなんなんだよ!?」
やけに様になっているが、どこにボウガンを抱える貴族のお嬢様がいるんだ!
「大丈夫よ。危険と判断するまで撃たないわ。これはあくまで保険よ」
「いやいやいや、そういう問題じゃないだろ!」
「腕の心配? その心配こそ無用よ。貴族の嗜みとしてこれの扱いは心得ているの。それに護身術にも自信があるわ、そっとやそっとじゃ私はやられないわ」
貴族ってなんなんだ。
聞いたことないぞ、ボウガンの扱いを貴族の嗜みとして受けているのって。
というよりこの子、多芸すぎじゃないか? 情けない話だが、俺この子に喧嘩して勝てる自信がなくなったぞ。
「安心して、貴方も守ってあげる」
しかも、無駄に男らしいのってなんだよ。
一瞬、ときめきかけたわ。
やる気になっているノアにどう事情を説明しようかとおろおろしていると、フウロを抱えたリオンがこの場にやってきてくれた。
「ハルマ、フウロがまた雨が欲しいって……あ、ノア、こんにちは」
「あら、こんにちは、リオ……ン?」
フウロを抱えながらこちらへ来たリオンを見て固まるノア。
可愛らしい欠伸を漏らすフウロを凝視した彼女は、呆けながらもこちらを向く。
「え、ハルマ。どういうこと?」
「ノア、実は……」
ようやく話の通じるようになった彼女に、昨日会ったフウロのことについて説明する。
本当にアグレッシブな子だなぁ。
でも、この娘のこういう行動的なところに、いつも助けられているんだなぁと、改めて思ってしまうのであった。




