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 畑で遭遇した子犬。

 なんやかんやで懐かれてしまい俺の傍から離れなくなってしまったので、一緒に夕食をご馳走になるエリックさんの家に連れてきてしまった。

「ま、普通の犬だから大丈夫だろう」

 結局、夜の暗さのせいで色までは分からなかったが、普通の犬だろう。姿も鳴き声も元いた世界で見た犬と同じだだし。

 扉の前で立ち止まり、もう一度足下の子犬を見下ろす。

 子犬は俺を見上げて、首を傾げた。

「まずは話を通さなくちゃな。ちょっとごめんな」

「?」

 家の中を走り回らないように、できるだけ優しく子犬を抱える。

 突然抱えられ、少しだけ抵抗するそぶりを見せる子犬だが、数秒ほどするとピタッと落ち着いてくれた。

 ……いや、落ち着きすぎでしょ。ぬいぐるみかよ、こちらとしてはありがたいけどさ。

 片腕で子犬を抱えながら、玄関の扉を開け放つ。

 扉の音で俺が帰ってきたことに気付いた、リオンが顔を出した。

「あ、ハルマおか……え……」

 案の定、俺の腕の中にいる子犬を見て硬直してしまっている。

 すぐさま口を呆けさせ固まってしまったリオンに、事情を説明しようとするが、続いてエリックさんが奥の方から姿を現す。

 手元のメモ書きのようなものに視線を向けたまま現れた彼は、硬直しているリオンに気付かずに声をかけてくる。

「おお、来たかハルマくん。帰って早々悪いけど、君に一刻も早く伝えなくちゃいけないことがあるんだ」

「あ、はい」

「ようやく知り合いから、卵の殻の詳細について聞くことができたんだ。それが驚くことに、雨の大地に生息していた狼の魔物のものだってことが判明したんだ。アメオオカミという魔物で、青い毛並みが特徴的、な……」

 あの卵の殻は狼の魔物のもの、か。今更、卵から狼が出てきたことに驚きはしないが、なんともまあ……狼かぁ。

 肉食動物っぽいけど、人を襲ったりするのだろうか。

 エリックさんの知り合いは大丈夫と言っていたが、やはり心配だ。

「は、ハルマくん? そ、その腕の中にいるのは……?」

 考えに没頭してしまい、腕の中にいる子犬のことを完全に忘れていた。

 なぜか声を震わせているエリックさんと未だに固まっているリオンに、腕の中にいる子犬を見せる。

「すいません、懐かれちゃったんで連れてきてしまったんですが……やっぱり連れてきちゃマズかったですか?」

「いや駄目とか、そうじゃなくて、これはまた知り合いが大変なことになるというか、その」

 妙にしどろもどろになるエリックさん。

 反応のおかしさに、さすがに嫌な予感を抱きはじめた俺にエリックさんは続けて言葉を紡いだ。

「ハルマ君、その子犬が、アメオオカミだよ」

「……はい?」

 思わず腕の中の子犬に視線を向ける。

 思えば、明るい場所でこの子犬を見るのは初めてだった。暗い場所で見たときは、黒と白色の普通の犬に見えていたが、今俺の腕の中にいる子犬、否――子狼の毛は、綺麗な空色に彩られていた。

「マジですか?」

「マジ」

 ……。

「はあああああ!?」

 なんとなく懐かれてしまった子犬の正体が、数百年前に雨の大地に生息していた生物、アメオオカミだと知った俺は、驚愕のあまり開いた口が塞がらなかった。


「アメオオカミは、雨の大地に生息していた数少ない生物の一つだ」

 懐かれた子犬がまさかまさかの魔物だったという衝撃の事実に、しばらく放心してしまった。

 玄関から移動しリビングのテーブルに座った俺に、エリックさんは俺の腕の中にいるアメオオカミの子供についての説明をしてくれていた。

「この生物はアメヤサイと同様に雨と共に生きる生物と言われているが、その生態の多くは謎に包まれている。唯一分かっていることは、このアメオオカミは、アメヤサイを外敵から守っていたということ」

「アメヤサイを守る……ですか」

「君もよく知っているように、アメヤサイは生物を引き寄せる匂いを放つ植物。その香りに引き寄せられた生物たちから、アメヤサイを守っていたのが、アメオオカミというわけだ」

 最近俺が苦しめられているサニーラビットのような生物から、アメヤサイを守る生き物。

 それが、アメオオカミ。

「……」

「くぁー」

 今、腕の中で可愛らしい欠伸をしている様子からじゃとても想像できないな。

「でも、こいつが本当にアメオオカミっていうなら、どうしてここにいるんですか? 卵から孵ったってことは、最近生まれたってことでしょう?」

「そこだよハルマ君。確かに、その子は卵から孵った」

 興味津々といった表情のエリックさんは、懐から卵の殻を取り出す。

 改めて見ると、その外面は化石のように土が固まり、ボコボコとしているが、内面は非常になめらかに見える。

「しかし、この卵は明らかにこの時代のものではない。ここから導き出される結論はただ一つ。このアメオオカミは、今の今まで卵の状態のままで、生きながらえていたということだ」

「それって、いつから眠っていたんですか?」

「恐らく、ここに多量の雨が降らなくなってしばらく過ぎた後だろう。アメオオカミは、雨の降らない場所では、長く生きることができないからね」

 大地に雨が降らなくなったせいでアメヤサイがほぼ絶滅してしまったと聞いたが、それは生物も同じだったということか。

「種の絶滅を避けるために、アメオオカミは卵を残した。長い時を待ち、種が生存できるような雨に満ちあふれた環境になるのを待つために」

「ちょっと待ってください。でもここら一帯は、話に聞いた雨の大地のように頻繁に雨が降り注いでいるわけじゃないんですが……」

「君の疑問も尤もだ。だからこそ、私の知人は血相を変えるほどに驚愕し、真相解明の為に奔走した。その末に至った結論は、君の持つ天候魔法にあった」

「……俺!?」

 どうしてここで俺が出てくるんだ。

 雨の天候魔法といっても、雨の大地に降っていた雨とは規模が違いすぎる。

「君の天候魔法で降らせる雨が、雨の大地に降り注いでいた雨と同一の魔力を有していたとすれば……眠っていたアメオオカミが目覚めてもおかしくはない」

「俺の魔法が……まさか」

「簡潔に言うならば……その子は、勘違いしてしまったわけだ。この世界にやってきた時にハルマ君が振らせた雨を、雨の大地に降り注いでいた雨とね」

 開いた口が塞がらないとはこのことか。

 これは言うなれば、俺のせいでこのアメオオカミの子供が卵から孵ってしまったということではないか。

「驚くのも無理もない。実際、私も前例にない事態に少々……いや、かなり戸惑っている。君が偶然、アメオオカミの卵が埋まっている付近で倒れていたこともそうだけど、君自身がその子をここに連れてくるとは露ほども思わなかった」

 奇跡にも等しい偶然の連続。

 その末に、俺とこいつは出会った。

「そのアメオオカミは君に懐いている」

「なぜでしょうか……俺としては全然思い当たる節がないのですが……。これといって動物に好かれる訳じゃないですし」

「……考えられる可能性としては、君が天候魔法の使い手であることと、その子にとって君が信用に足る人物と認められたからじゃないかな?」

「信用に足る? それこそ、思い当たる節がありませんよ。こいつと会ったのも今日が初めてですし」

「君にとっては、今日が初めてだが……その子にとっては違うんじゃないか?」

 こいつにとって……。

 腕の中にいるアメオオカミと視線を合わす。

 険しい表情を浮かべる俺に対して、そいつは首を傾げつぶらな瞳を向けてくる。

「あくまで推測だけど、その子はずっと君のことを見ていたんじゃないか? 畑を作っているときも、種を植えたときも、雨を降らし、育てている過程も……真摯に畑と向き合っている君を見て、この世界に生まれたアメオオカミは、君を信ずるに値する人間と判断した」

「ずっと、見ていたって……」

「その兆候はなかったかな?」

「……あ」

 アメキャベツを育てている間、たまに聞こえてきた小さな鳴き声。

 幻聴と決めつけ気にもしていなかったが、今思えばそんな鳴き声が何回も聞こえる時点でおかしいと気づくべきだった。

「待てよ、そしたら……」

 サニーラビットたちにアメキャベツが食われそうになったとき、奴らを追い払った謎の声がこいつのものだとしたら――、

「俺は、こいつに助けられてたんだな……」

 あれがなかったらアメキャベツは食われていた。

 もしかするならば、あの一度の敗北で俺は心折れてしまっていたかもしれない。

「アメヤサイを守るというアメオオカミの本能ということもあるだろうけど、君の窮地を救うという意思もあったんだと思う。そうじゃなければ、君の前に姿を現さない」

 きっと、俺の見ていないところでも、あのウサギ達と戦っていたのだろう。

 まだ生まれたばかりなのに、こんなに小さいのに、よく今日まで頑張ったと思う。

「……こいつは、これからどうするんですか?」

 だからこそ、これから先こいつがどうなるか知りたかった。

 俺の問いにエリックさんが、悩ましげに顎に手を当てる。

「貴重な生物としては王国で研究……だね。既に絶滅してしまった、極限環境を生きる生物だからね。生物学者からすれば、まさに生きる宝箱といっても過言ではない」

 研究という言葉を聞いて、アメオオカミを抱える腕に力が籠もる。

 直感的に、嫌だ、と思ってしまったからだ。

 それが表情に出ていたのか、エリックさんは悩ましげな表情で腕を組む。

「異世界から転移してきたハルマ君が天候魔法で降らせた雨で目覚めたアメオオカミ。そして、目覚めさせたハルマ君はなんの因果か、アメヤサイの栽培に着手する。そんな彼をずっと見守ってきたアメオオカミは、今日ようやくハルマ君との邂逅を果たす……うん、これを運命と言わずになんという」

「……エリックさん?」

 うんうんと頷いたエリックさん。

 呆然としていた俺に、彼は続けて言葉を紡ぐ。

「ハルマ君。君がその子の面倒を見るのはどうかな?」

「……俺、ですか?」

 一緒にいてくれれば心強い。

 きっと畑仕事での体の負担も減るだろう。

 しかし、だからといって安易な考えで面倒を見ていいわけじゃない。

 今、俺の腕の中にいるのは、アメオオカミという魔物。普通の生物とはあらゆる点で違う。

 保護する?

 それとも飼う?

 いやいや、ちゃんと責任を持てるのかよ、俺。

 俺の腕の中にいるのは、ぬいぐるみでも玩具でもない、命のある生き物なんだ。

 小学生が帰り道で猫とか犬を拾ってくるのとは訳が違う。

「ねぇハルマ」

「え?」

 考えに没頭していると、今まで無言だったリオンが声をかけてきた。

 ジッと俺の顔を見た彼女は、俺に両の掌を指しだした。

「な、なんだ?」

「ん」

 なにかを催促するリオン。

 数秒ほど彼女の顔と手を交互に見て、その意図を察した俺は、腕の中でくつろいでいる子狼を持ち上げてゆっくりとリオンに渡した。

 俺の手から離れたことに気付き、慌てるアメオオカミ。

「っ」

「大丈夫、食べないから」

 まず捕食しないかで安心させようとするのはおかしいと思う。

 しかし、優しげなリオンの声に警戒を解いたのか、大人しくなるアメオオカミ。

「大人しいね」

「……狼とは思えないよな」

「ふふ、確かに」

 抱えられながらうとうとと目を瞬かせる子狼に、リオンは微笑んだ。

 ……男の俺が抱えるより、ずっと絵になるな。

 愛おしげにアメオオカミを優しく撫でた彼女は、こちらに視線を向けた。

「この子は、ハルマと同じだよ」

「俺って、こんなに愛らしい見た目してる?」

「……そうだね」

「ごめん! ふざけて本当にごめん!! だから、優しい目で見るのはやめてくれ……!」

 申し訳なさそうな表情で俺の顔を見るリオンに屈して、即座に謝罪する。

 無表情でもなく、失笑でもなく、まさか優しい目で見られるのがこんなに精神的に辛いだなんて思わなかった。

 気を取り直して、なにを思って俺と同じなのかを訊いてみる。

「私がハルマを見つけた雨の日。いきなり目の前に現れた貴方は、とても寂しそうな目で私を見上げていた」

「……はは、それはなんとも……恥ずかしい話だ」

 いい年こいた俺が、捨てられた子犬のような目をしていたってことか。

 今になって思えば、すごい情けない気持ちになってくるな。まず十代の少女に、子犬のような目を向ける三十歳の大人って構図がまずヤバすぎる。

「きっと、この子も同じ。寂しかったんだと思う」

「……」

 彼女の言葉に、再びアメオオカミに視線を向ける。

 思い返せば、こいつと俺の境遇は似ているところが多い。右も左も分からない世界に放り出されて、それでも自分のやるべきことを探して……信頼する繋がりを見つける。

「知っている人もいない。家族もいない。同族もいない。この世界にたった一匹の、ひとりぼっち。だけど、貴方だけがこの子の知っているものを持っている。この子の知っている匂いを持つアメヤサイを育てている」

「……」

「この子にはハルマだけなんだよ。だから、ずっと貴方を見ていたし、貴方の守っているものを守ろうとしている」

 リオンには確証はないのだろう。

 恐らく、その言葉が憶測からくるものが殆ど……だが、彼女は確信して言葉を発している。

 そして俺は……そんな彼女の訴えに心を揺さぶられている。

「こいつは、一人なのか」

「うん。ここに来た時のハルマと一緒」

 ここに来た時、か。

 訊かなくてもリオンが何て返すかは分かりきっているな。

「ああ、今は違うもんな……」

 この世界で俺は、いつも誰かに支えられて生きてきた。

 頼れる人、助けてくれる人がいてくれるだけで、こんなにも俺は頑張れる。

 それを今一度思い出して、笑みを噛みしめた俺に、リオンが両腕で抱いたアメオオカミを差し出してくる。

 真っ直ぐと俺の目を見たリオンは、普段の気怠げな様子からは想像できない凜とした表情で――、


「この子の“ひとりぼっち”を終わりにするために、ハルマが家族になってあげて」


 ――そう言い放った。

 彼女の言葉に、俺は笑みを零しながら両手を伸ばし、アメオオカミを受け止める。

 さっきと同じ小柄な体躯と、相応の軽さだったが……今の俺にとっては重く感じられた。

 そこでふと、腕の中のアメオオカミと目があった。

 幼く、つぶらな瞳を見て、

「いいのか?」

「ワン」

「……そうか」

 その一鳴きで俺はようやく決心を固める。

「リオン、エリックさん。俺、決めました」

 ある意味で、この世界でこれが初めてかもしれない。

 誰かに与えられてばっかりの俺が、与える側に移るなんて。

 抱えたアメオオカミを胸の高さまで持ち上げ、笑みを浮かべる。

「こいつと一緒に、これからも頑張ります」

 俺がこの世界にやってきた日に生まれたアメオオカミ。

 少し遅くなっちまったけど……今日から俺がお前の家族だ。

「じゃ、早速決めないとね」

「何を?」

「その子の名前」

 リオンの言葉に頷く。

 確かに、いつまでもこいつ、だとか、アメオオカミって呼ぶわけにもいかないしな。

 脇を抱えるように持ち上げたアメオオカミを見つめ、どんな名前がいいか考える。

 見たところ雄だから……。

「よし、アメタロウはどうだ?」

「がう!」

 後ろ足で鼻を蹴られた。

 痛くはなかったがお気に召さなかったようだ。

「ハルマ、それは可哀そうだよ」

「ちょっと適当すぎじゃないかな?」

 リオンとエリックさんの評価も悪い。

 駄目かなぁ、アメタロウ。良い名前だと思ったんだけど。

「リオン、エリックさん、なんか良い名前思いつかない?」

「うーん、ウルフ丸」

「ふむ……ハヤテ丸はどうかね?」

 なぜか、俺の顔に後ろ足の蹴りが二度叩き込まれた。

 ……ドングリの背比べかっ!

 俺と変わらないレベルだよそれ! それになぜに丸を付けたがるっ!

「残念ながら、却下みたいだ」

「……ウルフ丸」

「……ハヤテ丸」

 真面目に考えた名前だったことに驚きだよ。

 いや、アメタロウって出した俺がいうのもなんだけどさ。

 二人には頼れん……まずはアメオオカミっていう種族名から名前を考えてみるか。

 アメオオカミ……雨狼……ウロウ……ウロ……そうだ。

「フウロってのはどうだ?」

 名前に元の面影はないが、中々良いんじゃないか?

 恐々としながら、アメオオカミを見ると……満足そうに一声鳴いてくれた。

「決まりだな。今日からお前の名前はフウロだ!」

「ワン!」

 アメオオカミ、フウロを大きく持ち上げる。

 まだ幼いが力強い鳴き声を響かせたフウロ。

 そんなフウロに笑顔を浮かべた俺は、新たな相棒と共にアメキャベツ作りの闘志を燃やすのであった。

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