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 一瞬、あのウサギ共かと思って見つけた鎌を構えかけたが……なんでここに犬が?

 犬であることは間違いない。しかも、まだ子犬だ。

 家の影で色が判別しにくいが、白と黒の毛色で、白い毛が眉毛みたいになっていて非常に可愛らしい見た目をしている。

 とりあえず――、

「お前、どこから来たんだ?」

 しゃがみ込んで子犬の頭に手を伸ばす。

 人懐っこいのか、警戒心がないのか定かではないが、子犬はその場から動かずに頭に置かれた手を受け入れる。

「くぅーん」

「親はどうした? 人に慣れてるってことは、他に飼い主がいるってことか?」

 にしても、本当にされるがままだな。

 見た目は首輪もしてない野生の子犬なのに、野生を忘れているかの如く喉を鳴らしている。

「お前は大人しいなぁ……俺の知ってるこの世界の野生生物は、狡猾極まりないウサギなんだぜ? しかも、無駄に頭もいいから、本当に手が焼けるし……」

 こっちが対策をすれば、奴らもあの手この手で攻略しにかかる。

 最近の奴らは、俺の天候魔法を躱すために葉っぱで作った鎧みたいのを着てくるからな。

 あいつら、実のところアメキャベツを食うって当初の目的忘れてんじゃないのか? むしろ俺と戦うために、日々襲撃してきている節さえある。

「くぅん……」

「……ああ、ごめんな。愚痴を聞かせちまった」

 言葉の分からない子犬相手に愚痴をいってどうするんだ。

 とりあえずこのまま撫でていても時間だけが過ぎていくので、頭から手を放そう。

 ……水くらいはあげても大丈夫だよな? まだ子犬だし、害のある生物には見えないし。

「確かここに、木皿が……お、あったあった」

 裏手に置いてある木皿を子犬の前に置く。

 何も入っていない空の木皿に首を傾げる子犬だが、俺が手に作った小さな雨雲を木皿の上に浮かべると、目の色を変えて尻尾をブンブンと振る。

 お皿に雨が落ちて水が溜まると、子犬は喜び勇んで水を舐めはじめた。

「……やけに食いつきがいいが、天候魔法で降らせた雨だぞ? まさか、もう何日も水を飲んでなかったのか?」

 よほど喉が渇いていたんだろう。

 ……しかし、こんなところに犬が出てくるのは驚いたな。野犬ではあるが、それほど大きな犬じゃなかったのが幸いだった。

 野生の大型犬は本当に怖いからな。

 小さい頃、遭遇してマジで死を覚悟したわ。

「!」

「ん? どうした?」

 物思いに耽っていると、耳をぴくりと動かし顔を上げた子犬は、きょろきょろと周りを見だした。

 なんだと思い疑問に思っていると、突然に子犬はその場を走り出した。

「あ、ちょ」

 本当にいきなりどうした!?

 子犬とは思えない俊敏さで、走って行く子犬に呆然としていると、走って行く子犬の先に不機嫌な様子のノアが出てきた。

「ハルマ、鎌を取るにしても時間かかりすぎじゃない? 一体、なにやって……って、きゃっ!」

 しかし、子犬はノアを無視してそのまま走り去ってしまう。

 気のせいか? 影から出た子犬の毛色が青色に見えた気が――、いや、それよりも尻餅をついてしまったノアを起こそう。

「いたた……」

「大丈夫か?」

「え、ええ……なによ今の……」

 手を差し伸べて、ノアを立たせる。

 土煙を払った彼女に、先ほどの子犬について説明する。

 すると、最初は訝しげだった彼女の表情が険しいものへと変わる。

「あの、ハルマ……」

「ん? どうした、そんな驚いた顔をして」

「い、いえ、なんでもないわ」

 なんだか歯切れのない言い方だな。

 もしかして、ノアも子犬を触りたかったのだろうか? ……そうかもしれないな、いくら農業が好きなこの子も年頃の娘だ。

 可愛いものには目がないのだろう。

「失礼なこと考えてない?」

「い、いや、そんなこと考えるはずないじゃないか」

「そう? 私を見る顔が変に優しかったから」

 こ、こえぇ。

 なんで顔だけでこんな内面悟られるんだ? いや、失礼なことは考えてないけど。

「まあ、いいわ。ハルマ、そろそろ日が暮れるから、畑を広げるのは明日にした方がいいわ」

「……あ、そうだな」

 気付けば、空が赤く染まり、太陽が山の方へ沈みかけていた。

 ノアの言うとおり、草むしりは明日にしよう。

「それじゃ、今日の作業はこれで終わりにするか。後は片付けだけだから、君は帰ってもいいぞ」

「そう? それじゃあ、お言葉に甘えて」

「今日も手伝ってくれてありがとう」

「礼なんて必要ないわよ。私がやりたくてやっているんだから」

 クス、と笑みを浮かべ、その場を後にするノアを見送る。

 本当に良い子だ。

 というより、ここには親切な人しかいない気がするな。

「片付け、はじめるか」

 まだ太陽は顔を出しているので、あのウサギ共が襲撃してくるかもしれない。

 最後の最後に気を抜かないように、気合いを入れ直しながら、片付けの作業に移るのだった。


 周囲もすっかりと暗くなり、畑から見える村の家々に点々と明かりが灯る頃。

 ようやく片付けを終わらせた俺は、今日から住む家に入る前に、夕食を食べにエリックさんの家に向かおうとしていた――が、

「くぅん」

「あれ? お前、まだここにいたのか?」

 いつの間に近づいてきたのか、さっきの子犬が俺の足下にいた。

 ここから離れてしまったのかと思ったが、存外に近くにいたらしい。

 暗いせいか輪郭がぼやけているが、そこにいたのは確かに昼間遭遇した子犬であった。

「またどうしたんだ?」

「ワン!」

 身をかがめて話しかけると、子犬は俺の足に頬ずりをしてきた。

 微笑ましい気持ちになるが、一方で困惑してしまう。

 どういう理由かは定かではないが、懐かれてしまったようだ。この様子じゃ誰かの飼い主って訳じゃなさそうだ。もしかするなら、親すらも何かしらの理由でいないのかもしれない。

「……どうしようか」

 俺はエリックさんの家に行かねばならない。

 かといって、このままこいつをここに置いていくのは心が痛い。

「一緒に……ついてくるか?」

「ワン!」

 色々と悩んだ末に、この子犬を連れて行くことにした。

 見て分かるほどに尻尾を振る子犬にやつれた笑みを浮かべた俺は、ゆっくりとした歩調で暗い夜道を歩き出す。

「はぁ、エリックさんとリオンになんて言おうか……」

「ハッハッハッ!」

 懸命に隣を併走する子犬の方は嬉しそうだ。

「まあ、可愛いから大丈夫か」

 なんやかんやで、俺も小動物の特有の可愛さに魅了されているのであった。

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