25
サニーラビットからアメキャベツを守るための手段。それは拠点を変えることであった。
今、俺はエリックさんとリオンの住む家から畑に通っている。しかし、アメキャベツがサニーラビットの脅威に晒されている今、一時的とは言え畑から離れているという現状は俺にとってあまり好ましくはない。
だからこそ考えたのは、俺自身が畑の近くに住むことであった。
幸いアメキャベツが植えられている畑の近くには、人一人が生活するに十分なほどの広さの家がある。
普段は農具の物置と化しているが、ちゃんと掃除をすれば十分住める。
夕食時に思い切ってリオンとエリックさんにそのことを告白すると、予想通りに二人には心配をされてしまった。
それも当然だろう。
幾分かの知識を得ても、俺はこの世界の常識や文化などを未だ理解しきれていない部分もある。
村人達に避けられていることもある。
しかし、そろそろ俺もエリックさんにおんぶにだっこのままいていい訳がない。
俺もいい年こいた大人だ。
自分を取り巻く状況くらい、自分でなんとかしなければいけない。
アメヤサイ作りだって同じ。俺がやると決めたなら、責任を持って収穫までこぎ着けなければならない。その為の努力はかかせない。
「で、今日からここに住むんだ。ハルマ」
「ああ」
そしてエリックさんとリオンに引っ越しをすることを告げた翌日から、俺は畑の近くの小さな家に住むことになった。
夕方近く、畑の世話をしながら、畑を訪れたノアと会話を交わす。
「所有物が少ないってのはいいことだな。なにせ、ここに運ぶものが少なくて済む」
「それって誇っていいことじゃないと思う」
雨の降り注ぐ畑の外から、アメキャベツの葉を見ているノア。
夜のうちにくっついた虫とかを取ってくれるので非常にありがたいのだが、いよいよこの娘を貴族と見られなくなってしまう。
というより、いつのまにか何も言わずに手伝ってくれるようになったな。
この子にも、頭が上がらなくなり……いや、既になっているな。この世界で俺が頭を上げられるのは、憎きサニーラビットくらいしかいない気がする。
「引っ越すってんなら、他になにかしないの?」
「布団と着替えさえあれば十分。本当は食いもんの方も自分でなんとかしようと思ってたけど、そこはリオンに猛抗議されてしまってな。食事の方は、まだまだ彼女の世話になりそうだよ」
「その方がいいわよ。貴方って料理ができるようには見えないし」
「ははは」
笑って誤魔化したが、料理なんてあまり作らないのは事実だ。
大学生活で一人暮らしをした最初の一ヶ月間は張り切って自炊したが、だんだんと面倒臭くなりコンビニ弁当に偏った不摂生な食生活になるくらいには、料理に無頓着だ。
「ま、掃除の方も日が落ちてからちょくちょくしていたから、ほぼ大丈夫」
家の中には埃を被ったベッドが置いてある一室があった。
それに農具と畑がオプションでついているんだから、農業をするには最適な住居と言えるだろう。
家の中が殺風景なのが目下の問題だが、それは生活していく内に充実していくだろう。
「水とかは? ここから一番近い井戸って結構遠い場所にあったはずだけど」
ノアの続いての疑問に、一つ頷く。
確かに生きる上で水は必要。だが、それに関しては既にクリアしている。
「君は俺の魔法を忘れてないか?」
「……あ」
掌に雨雲を作り、不敵な笑みを浮かべる。
雨の天候魔法。こいつを使えば水の心配なんて不要だ。
「不便な魔法だと思ってたけど、ものは使いようねー。しかも貴方の魔法って燃費がいいから、いくらでも使えちゃうもんね」
そう、この魔法も使いようだ。
使い方を誤れば危険だが、うまく扱えば役に立つ。
「最低限の生活水準は得られた。後は、生活してみなきゃ分からないな」
どんな場所でも、ある程度住めば慣れるもんだ。
辛かったアメキャベツの栽培も、今になっては苦になるどころかどんな成長をしてくれるのか楽しみになってきた。
「しかし、見て分かるほどに大きくなってきたなぁ」
「そうね。傍目から見ても、十分によくできてる」
苗ほどの大きさだった時を考えても、目に見える成長を遂げたアメキャベツ。
その葉を手に取り、感慨深い声を漏らす。
「まだまだ収穫には程遠いけどな」
「それでも初めての農業でよくやっていると思うわ。だって、私もちょくちょく手伝っているけど、ここまで育てたのは、貴方の天候魔法と、過酷な作業に折れず怠けずに育て続けた成果よ」
いつもの自分なら、まだまだ、と言うところだが、今回は素直に彼女の言葉を受け止めよう。
野菜作りの玄人(?)のノアにそう評価してもらって、嬉しくないわけがない。
「それに……」
「それに?」
「貴方、初めて見たときよりも表情が生き生きとしてる」
生き生きとしている、か。
「……そうかもしれないな」
俺は今、アメヤサイ作りにこれ以上ないやり甲斐を感じている。
自分にしかできないことをしている優越感、というのも少なからずある。でも、俺の中の大部分を占めていたのは、言葉で言い表せない懐かしさであった。
幼い頃、両親が行っていた野菜作りを手伝っていた記憶。
嫌だ、つまらない、もっと楽しいことをしたい、と駄々をこねていた俺だが、なんやかんやで土と触れ合うことを楽しんでいた。
その感情を今になって改めて思い出しているのかもしれない。
「……もっと色々試してみるのも、ありかもしれないな」
前に思いついた、畑の拡張。
それはもう一度、草むしりと天地返しの行程を繰り返すことだが、アメキャベツの栽培の片手間に少しずつ進めていけば、一週間ほどで終わるはずだ。
「よし! 思い立ったが吉日! 早速、やってみるか!」
丁度、アメキャベツの葉の確認を終えたところだ。
その場で立ち上がった俺にノアが訝しげな視線を向けてくる。
「だんまりとしているから何かと思えば……また何かするの?」
「ああ、今から畑を拡張する」
「……大丈夫なの? 張り切るのはいいけど、それで無理して倒れたらなんの意味もないわよ? アメヤサイってハルマの魔法でしか育てられないんでしょ?」
「そこらへんはちゃんと気を付ける」
「本当かしら……まあ、そこは貴方の勝手だから止めないけど」
不承不承といった感じで頷くノア。
元の世界で馬車馬の如く働いていたこともあり多少の無茶はできるが、彼女の言うとおり体の健康に気を付けなくてはいけない。
アメヤサイは、俺の天候魔法がなければ育てられない。
何かの拍子で俺が倒れ、魔法が行使できない状態になってしまったなら、数日も経たずアメヤサイは枯れ果ててしまうだろう。
「んじゃ、草を刈るから鎌を取ってくる。君は畑を見ていてくれ」
「はーい」
いい返事を返してくれるノアに頷き、家の裏手に引っかけてある鎌を取りに行く。
ここで活動するようになって、農具を取りやすいように整頓しておいたが、やはりしておいて正解だった。
鍬、スコップなどの長柄のものは壁に立てかけるように置いて、鎌などの小さな農具は紐をくくりつけて、壁の出っ張りに掛けられるようにした。
「さーて、鎌……鎌っと」
家の裏手に移動し、壁に立てかけてある鎌を探す。
「くぅん」
「……ん?」
背後から小さな鳴き声。
振り返って下を向くと、そこには……。
「……犬ぅ?」
「わん!」
いつのまにかそこにいたのか、小さな犬が尻尾を振りながら、俺を見上げていたのだった。




