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形だけはウサギに見えるが、その毛色からして……根本的に普通のウサギとは違う。
まさか、あれが……。
「ノア、サニーラビットが――」
「落ち着いて、あいつは囮にすぎないわ。本命は別に隠れてる」
妙な心理戦を始めそうな勢いのノアに引きながら、周囲を見回す。
……あれ以外に他の個体は見当たらない。
「今、追い払えば大丈夫なんじゃないか?」
「迂闊に手を出すと――喰われるわよ」
言葉だけ聞けば凄い危ないことを言っているように思えるが、その語尾には『野菜が』とつくのがなんとも言えない。
一羽のウサギとのにらみ合い。
たかがウサギ相手にどうしてこんなことしているのだろう、と我に返っていると、全く動かずにこちらを伺っていたサニーラビットが、前触れもなく動き出した。
「きゅー!」
「っ、く、来るのか!?」
想像していたよりも遙かに素早いサニーラビットの動きに面食らう。
い、いかん、このままでは俺のアメキャベツが食われてしまう。向かってくるサニーラビットにいてもたってもいられなくなった俺は、咄嗟に前に飛び出し、サニーラビットを追い払おうとする。
「ハルマ! 畑から離れちゃ駄目!」
「相手は一羽、こいつさえ追い払えば――」
既にサニーウサギは、俺の目と鼻の先。
人間を恐れないで向かってくるそのガッツは認めるが、悲しいかなその体格差を覆せはしない。
大人しく森へ帰るんだなぁ!
ウサギ相手に勝ち誇りながら、追い払おうと右脚を上げたその瞬間――横から猛烈な勢いで近づいてきた何かが俺の左足のくるぶしにぶつかった。
「な!?」
「きゅ――!」
バランスを崩しながら足下を見やると、そこにはもう二羽のサニーラビットの姿。
「な、なにぃ!? もう二羽だと!」
眼前の個体に集中させてから、もう二羽の個体が俺の足を引っかけにきたとでも言うのか!?
侮っていたのは俺の方だった!? こいつらは、最初から俺を罠に嵌めるつもりで、無造作に接近をしかけてきやがった!
「きゅい!」
「「きゅー!」」
為す術無く地面へ転ばされた俺は、サニーウサギのまさかの連携に呆然とするしかなかった。
俺という障害を排除した三羽のサニーラビットは、転んだ俺に目もくれずにアメキャベツのある畑へ向かっていく。
奴らの進む先は、唯一畑の中へ入れる柵が破壊された部分。
「そう簡単に入れると思ったら大間違いよ!」
「ノア!」
不甲斐ない俺とは対照的に、サニーラビットの誘いに引っかからなかったノアは、とおせんぼするように奴らの前に立ち塞がった。
逡巡するように立ち止まった先頭のサニーラビットは、ノアを相手にするには分が悪いと悟ったのか、その場を引き返し林の方へ帰って行く。
「な、なんてやつだ……」
本当にウサギなのか? 目の前に目的のものがあるのに、あっさりと諦めた。
引き際が鮮やかすぎる。
見て分かる……あいつが頭だ。
その判断に戦慄としながら、引いていくサニーラビット達を見据えていると、林へ入る直前に、一羽の個体が俺へ振り返る。
「きゅ」
「……!」
この時のことを、俺は忘れることはないだろう。
俺を転ばせたウサギは、こちらを見て明らかに嘲笑った。
“こいつ大したことねぇな”と。
“その餌、ちゃんと育てておけよ”と。
“俺達が喰うんだからな”と。
言葉は分からないが、きっと……いや、絶対にそんなことを言っていたに違いない。
最後に、もう一度嘲るように一声ないたサニーラビットは仲間を伴って林の中へ消えていった。
それを見届け無言で立ち上がった俺は、奴らが消えていった茂みを見つめたまま、ローブについた砂を払う。
「……ノア。君があいつらを敵視する理由。分かった気がする」
なんだろう。
今まで本気で怒ったことはないのだけど、すっごくカチーンときてる。
それほどまでに、ウサギに虚仮にされたことが衝撃的だった。
「……あいつ、俺の敵だわ」
「いいえ、私達の敵。そうよね? ハルマ」
ノアの目は剣呑な雰囲気を放っている。
恐らく、俺の目も同じようなことになっているだろう。
「ククク、俺を虚仮にした仕返しはさせてもらう。楽しみにしてろよ……どんな手を使っても追い払ってやる!」
「フフフ。その調子よ。それくらいじゃなければ、あいつらと戦えない」
ククク、フフフと、不気味に笑いながら、畑作業に戻る俺達。
こうして、俺のアメキャベツ作りの日常にサニーラビットへの対策という新たな作業が加わった。
「――くぅん」
畑仕事に戻ったその最中、また何かが鳴いたような幻聴が聞こえた。
微かに聞こえた鳴き声。
それを、風の吹く音だと決めつけた俺は、それほど気にせずに作業に集中するのだった。




