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 切っ掛けは、血相を変えて家にやってきたノアの言葉だった。

『柵がなぎ倒されている!』

 彼女の言葉に慌てて家を飛び出し、アメキャベツが植えられている畑の元へ走る。

「っ、柵がなぎ倒されてるって、どういう状況だったんだ!?」

「私も分からないわよ! ただ、村の人達がハルマの畑の柵がなにかに倒されたって、貴方に伝えてって……!」

「何かに倒されたぁ!? 野菜はどうなったんだ!?」

「それは大丈夫! 荒らされる寸前に追い払ってくれたって!」

 その人には後で、お礼を言わなきゃな!

 親切な村の人に感激しながらも、一刻も早く畑を確かめるために全力で走る。

 数分ほどで畑に辿り着くと、言葉を失う光景が目の前に広がっていた。

「なっ……」

 先日半日かけて作った柵の一画がものの見事になぎ倒されている。

「な、なにがあったんだ!?」

 昨日まで普通だったはずなのに、どうしてこんなことになっている。

 呆然と、その場を動けないでいると、顎に手を当て折れた柵にまで歩み寄ったノアは、地面を注視し、小さな溜息を吐いた。

「なるほどね。ハルマ、畑を襲った生物の正体が分かったわ」

「分かったのか!?」

「この小さな足跡を見て」

 ノアに促され、地面についた足跡を見ると、それは俺が知る動物の足跡とは明らかに違う形をしていた。

 しかし、その足跡を見てもなんの動物のものか俺には分からない。

「まさか、ここまでして食べようとするなんて……これは、やられたわね……!」

「やられたって、何に? もしかして、村にいるかもしれない得体の知れない生物の仕業か?」

 まず思い浮かべたのは、現在村を騒がしている生物の仕業。

 深く打ち付けた柵をなぎ倒すほどの力を有しているのなら、相当な大きさか、力を持っている生物に他ならない。

「いいえ、違うわ。別の生物よ。この村で野菜作りを行う者にとって、侮ってはいけない生物の仕業」

「侮っては、いけない?」

「まだ活動する時期じゃないから、ハルマに教えなくてもいいかなぁって思ってたけど、明らかに去年よりも早く活動しだしているわ」

 ノアは、一体なんの生物の仕業だと考えているんだ?

 侮ってはいけない生物って聞いたら、危険ものしか思い浮かばないのだけど。

「恐ろしいのは、ここまであいつらを引き寄せるアメヤサイね……」

「ノア、いい加減に教えてくれ。一体、なにが俺の畑を襲ったんだ」

 自分の考えに耽ってしまっているノアに答えを急かす。

 ノアは深刻な表情のまま、俺に振り返ると、畑を荒らしかけた犯人の名を口にする。

「ウサギよ」

 ……。

「はぁ!? ウサギって、あのウサギか!?」

 赤い目と白い毛並みの、可愛らしい小動物のことを言っているのか!?

 さすがにそれはどうかと思い、否定するがノアは真剣な表情を浮かべていた。

「この足跡は、前に横に並んで二つのものと、後ろに縦に並ぶ足跡がある」

「あ、ああ」

 よく見れば、Yの字を思わせる足跡だな。

「普通は、前の大きな足跡が前足だと思うでしょうけど、実のところは違う。ウサギは跳ねるように走るから、後ろ足が前に出ているような足跡になるの」

 ウサギの足跡なんて、全然見たことなんてなかったけど、イメージ的には跳び箱を跳ぶときみたいな感じで走るのか?

「問題なのはただのウサギじゃないってことよ。ウサギの魔物、サニーラビットよ」

「ま、魔物……そんなにやばいウサギなのか?」

 まだ、一度も魔物という存在は見たことはない。

 それがウサギとあっては、あまり危険なイメージは浮かばない。

 ……いや、それは日本でのイメージに過ぎない。

 外国では、ウサギは作物を食い荒らす生物という側面を持っている。害獣とまで言わないが、作物に悪影響を与える生物なのは確かだ。

「いえ、危険な魔物ではないわ。普通のウサギよりも少し素早いだけだし、普通の人にはそこまで脅威じゃないわ。……普通の人、にはね」

「別の意味で厄介な相手というわけか?」

 今の状況を見れば分かる。

 普通の人には害はなくとも、農家にとっては天敵のような存在。元の世界で言うなら、鹿、猪、猿、モグラに当たる存在って訳か。

「サニーラビットは二、三羽の群れで動く。足跡を見る限り、三羽。唯一の救いは……サニーラビットが明るい内に活動する魔物だということよ」

 ああ、だからサニーラビットなのか。

 アメヤサイといい、サニーラビットといい分かりやすい名前が多いな。

「ハルマ、これは戦争よ」

 暢気なことを考えている俺に、真剣な声色でノアがそう口にする。

 ……なんか目が据わってないか、この子?

「私達、農家とサニーラビットの争いはずっと続いている。あいつらは頭と鼻がいいから、捕まらないし、動きもかなりすばしっこい」

「ノ、ノア?」

「ハルマ、あいつらに隙を見せちゃ駄目。その瞬間、一瞬にして野菜に歯形が刻まれることになるわ」

「そ、そんな大袈裟な……」

「分かってない!」

 ギロリ、と年上の俺が気圧される眼力で睨みつけてくるノアにおののいてしまう。

 てか農家って、君は貴族じゃなかったっけ? 完全に言動が農家の視点なんだけど。

 俺の疑問をよそに、ノアはサニーラビットへの闘志を露わにする。

「そんな悠長なことを言ってられるのは今のうちよ。今までならまだしも、今年は違う」

「違うって……」

「アメヤサイ、それがあるだけで話が違ってくる。いい? ハルマ、アメヤサイは普通の野菜とは違う。文字通りに一線を画す旨味を内包したとんでもない野菜よ。それが分からないサニーラビットじゃないわ」

「ということは、俺のアメキャベツを集中して狙ってくる。そういうことか?」

 俺の言葉にノアが頷く。

 リオンが言っていた忠告が早くも現実になってしまったな。

「――きゅ」

「ッ!」

「ん?」

 その時、可愛らしい鳴き声が、畑のある土地の近くにある茂みから聞こえた。

 バッと険しい表情でそちらに顔を向けたノアに遅れて、同じ方向を見れば、そこには薄いオレンジの毛色が特徴的なウサギが一羽だけそこにいた。

 アメヤサイを脅かす存在。

 そう訊いて、身構えていた俺は、見た目のかわいらしさに拍子抜けしてしまうのだった。

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