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 次に目を覚ました時、見覚えのない木造の天井が視界に入り込んだ。

「ここ、は……」

 確か仕事から帰る途中に、倒れて……。

 ということは、ここは病院かどこかなのか? でも病院っぽくもないし、どちらかというと田舎の民家っぽいぞ。

 部屋の隅には俺が寝かされているベッドが設置されており、手の届く位置に締め切られたカーテンの隙間から外の光が漏れていた。

「誰かが、ここに連れてきてくれたのか……」

 気付けば、着ている服も無地のシャツとハーフパンツに着替えさせられていた。

 額に置かれていた濡れた手ぬぐいに気付き、それを手にとって見つめる。

「起きた?」

「っ!?」

 横から聞こえた声に驚き、肩を震わせる。慌てて声の方を見れば、そこには一人の少女が椅子に座っていた。

 肩ほどに伸ばされた灰色の髪と、端正な顔立ち。その特徴的な髪を見て、その子が気絶する寸前に俺を見つけてくれた少女だと気付く。

 唖然としている俺の顔を覗き込んだ少女は首を傾げた。

「……大丈夫?」

「あ、あぁ、大丈夫だよ。君が、俺を助けてくれたのか?」

「ん」

「そうか……ありがとう。君のおかげで大事にならずにすんだ」

「ん」

「……」

「ん?」

 た、淡泊すぎじゃないですかね?

 営業で培った俺のコミュ力でも通用する自信がない。

 そもそも、この年頃の女の子と話すことすら、俺にとっては今や遠い過去のものだ。

 最近の子はこんな感じなのか? こういう時、年を取ったと自覚してしまう……。

「リオン」

「え?」

「リオン・シルフェリア、私の名前。貴方の名前を教えて?」

 可愛らしく首を傾げてそう聞いてきた彼女に戦慄する。

 きょ、距離感が掴めない。 

 ジェネレーションギャップってこんなに恐ろしいものだったのか……!

 無関心とみせかけて、歩み寄ってくる……俺の学生時代の女子とは明らかに違う生態をしている。

 と、とりあえず、名乗られたからには答えねば。

「え、えーと。俺は雨宮晴真」

「ん、覚えた。ハルマ……おじさん?」

 ぐはぁ……ッ。

 なんとか顔には出さなかったが、おじさん呼びは想像以上にキツいものがあった。

 子供の頃、地元のお兄さんに“おじさん”って言ってしまった自分の業の深さを二〇年越しに理解させられるとは……!

「で、できれば、おじさんと呼ぶのはやめてほしいなぁ……」

「分かった」

 奇しくもその時のお兄さんと同じことを言ってしまった俺は、必死に笑顔を保つ。

 三十歳はギリギリお兄さん。

 自分に言い聞かせるように、何度も頭の中で呟く。

「……大丈夫?」

「あ、ああ、大丈夫。そう、大丈夫だ……」

 自己紹介された訳だが、この子は外国の人なのだろうか。

 ……いや、そんなことはどうでもいいか。この子は俺を見つけ、助けてくれた。その事実さえ分かれば十分だ。

 全く、碌に体調管理もできずに倒れてしまうなんて、やっぱり無理をし過ぎたのかもしれないな。一度、会社を休んで体調を整える必要があるかもしれない。

 ん? 会社?

 横になったままカーテンを開けると、外には目映いばかりの太陽が輝いていた。

 明るい……朝……仕事……遅刻……。

「朝!? シルフェリアさん、今何時か分かる!?」

「リオンでいい。今は……八時くらい」

「た、大変だ!」

 遅刻寸前じゃないか!

 慌てて起き上がろうとすると、リオンが俺の肩を押さえ込み無理矢理ベッドに寝かせる。

「貴方は倒れてた。安静にしていなくちゃ駄目」

「か、会社があるんだ。急いでいかなくちゃならない。今から電車で行けばなんとか……!」

「カイシャ? デンシャ? 何を言っているの?」

「だから、電車で行かなきゃ会社に間に合わないって――」

「そのカイシャとデンシャの意味が分からないの」

「……は?」

 まるで、電車や会社の存在すら知らないかのように振る舞うリオンに、ズレを感じた。

 今の時代、電車を知らない子なんているのだろうか。それとも箱入り娘というやつなのか?

 一応、会社について説明すると、彼女は困ったように首を傾げた。

「貴方は、村の外で見つけた。貴方の言う、カイシャもビルも何もない、樹に囲まれた場所で、ひとりぼっちで倒れてた」

「ちょ、ちょっと待ってくれ……」

 村だって?

 俺がいたのは、田舎ではなく都会のど真ん中だ。

 訳が分からない。いつの間にか、雨男じゃなくて時空おじさんにでもなっちまったっていうのか?

 地元の学校で七不思議と化した俺が、今度は都市伝説と化してしまった……あながちありえない話じゃないのが恐ろしいところだ。

 とにかく、今いる場所を確認しないと。

 外の景色が見えるように体を起こし、窓の外を見る。

 そこには――、

「な……」

 一昔前に戻ったような西洋風の古びた家屋が点々と建てられ、太陽の光を反射する清流と、生い茂る木々。

 田舎に住んでいた俺が既視感を覚えてしまうほどの景色。

 そこはまるで、俺の地元にそっくりな田舎そのものであった。

「一体、どうなってんだ……」

 俺が住んでいたのは、人であふれた街の中だ。少なくとも、こんな自然であふれた場所じゃない。

 驚きのあまり腰を抜かしてしまった俺は、バランスを崩し、ベッドから落ちてしまった。

「うぉ!?」

 しかし、床に落ちる寸前に、一瞬だけ俺の体が浮き上がった。

 何が起こったかは理解できなかった。


 “見えない何かが俺の体を浮かせている”


 意味が分からない。どうして俺は床に落ちていない? 奇天烈な現象にまともな思考ができないまま、リオンの方に視線を向け、さらに困惑する。

 なぜなら、彼女はこちらに掌を向けて“何か”をしていたからだ。

「……危なかった」

「……!?」

 驚きの連続で声が出ない。

 ありえないほど、奇妙な事態に遭遇している。

 雨の中気絶したと思ったら見知らぬ民家のベッドの上。

 傍らには、日本人離れした容姿の少女。

 外の景色は、のどかな田舎模様。

 そして最後の最後には助けてくれた少女が不思議な力を使っているときた。

 さすがに、鈍感な俺でも気づける。

 今、俺の身に何かが起こっている。

 そして、それは俺の想像を遙かに超える事態にまで発展していることだと。

「ここは、どこ……なんだ」

「君の知る場所とは別の場所、だろうな」

「!」

 リオンではない第三者の声。

 扉のある方へ視線を向けると、そこには一人の老人が立っていた。

 白髪交じりの髪をきっちり整えた老人は、未だに俺を浮遊させているリオンに視線を向けた。

「リオン、彼を下ろしてあげなさい」

「ん」

 こくりとリオンが頷くと、ゆっくりと俺の体が床に下ろされる。

 驚きの連続で呆然としている俺に、近づいた老人はこちらへ手を差し伸べた。

「私の名は、エリック・シルフェリア。君を見つけたこの子の祖父だ。君の名前を教えてくれるかな?」

「雨宮、晴真です」

「アマミヤ・ハルマ。うむ、覚えた」

 優しげな笑みを浮かべた老人、エリックさん。

 自己紹介をした時の反応がリオンとそっくりだな、と現実逃避しながらも、俺は彼が差し出した手を掴んだ。

「君の身に何が起こったのか、そしてなぜ君がここにいるのか、色々と聞きたいことがあるだろうが、まずは腹ごしらえを済まそう」

「え?」

「なにを不思議そうな顔をしている。君は三日も寝込んでいたんだぞ? そろそろ何か食わなきゃまずいぞ」

 おかしそうに微笑むエリックさんに、呆気に取られる。

「三日ですか。どうりでお腹が空いているって……三日ぁ!?」

 衝撃の事実に声を上げてしまった俺は、ガラスが砕け散るような幻聴を頭の中で響かせながら、丸三日も無断欠勤という事態に、白目を剥きかけてしまうのだった。

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