18
村人達の注目を集めつつ赤い屋根の店にまで辿り着き、扉を開けて屋内に入る。
すると、入ってすぐに多くの飾られた服などが、ところせましと並んでいた。
「いらっしゃい……おや、ノア様じゃないか。今日はどんなご用で?」
来店に気付いたのか、家の奥から痩身の男性が現れる。
この人が、ノアの言っていたフェルドさんか?
「フェルドさん。今日は、この人がローブを欲しいって言うから連れてきたの」
「どうも」
とりあえず軽くお辞儀をする。
フェルドさんは俺の顔をまじまじと見て、得心がいったように頷く。
「あー、君はエリックさんとこの人だね。噂は聞いているよ。畑仕事、頑張っているようだね」
「は、はは、ありがとうございます」
初めて普通の対応をされたが、内心の嬉しさを顔に出さないように努める。
「おっと、すまないね。確か、ローブだね。どういうものがいいかな?」
「そうですね、俺の体に合うものと……」
やっぱり、色は無難に黒でいくべきかな?
ローブって、コートとかとは違うだろうし、どんな形のものを頼んだらいいか分からない。
映画や漫画などで魔法使いが着ているようなローブを前に唸りながら悩んでいると、隣にいるノアが口を挟んできた。
「エリックさんが手ずからに魔法を付与するっていうから、そこそこいいものがいいんじゃないの?」
「そうなのかい!? それなら、丁度いいものがあるんだ! すぐに持ってこられるけど、どうだろう?」
「え? あ、はい」
エリックさんが魔法を付与するって知っただけでこの対応とは……。
変人扱いされていると自分で言ってはいたが、実際のところはそれ以上に敬われているんだろうなぁ。
改めてエリックさんの凄さを実感しながら、家の奥へ行ってしまったフェルドさんを待つ。
数分ほどすると、フェルドさんが木箱のようなものを抱えて出てくる。
「当店自慢の品さ」
彼は、カウンターの上に置いた木箱を開け、中に入っていたものを取り出す。
それは、灰色のローブであった。
「これはミラーウルフという狼の魔物の毛皮をローブにしたものだ」
「魔物の毛皮、ですか」
「ああ、運良く手に入った毛皮で作ったのはいいけど、誰も買う人がいなくて埃を被っていたんだ。……それで、どうかな?」
フェルドさんに差し出された灰色のローブを受け取り、手触りとかを確認してみる。
毛皮というには、ざらざらとした感触かと思ったけど非常になめらかだ。
「着てみてもいいですか?」
「どうぞどうぞ」
確認を取って、試しに袖を通して着てみる。
……なんだろう、すごいしっくりくるな。
ローブって初めて着たけど、ゆったりと着られるものなんだな。元の世界でいう甚平みたいな感じだ。
「あら、似合ってるわよ」
「そうか? 着心地はいいが、似合っているとは思わないけど」
「私の言葉を信じなさいな」
根拠のない自信だが、「それもそうかな?」と思わせてくれるのは凄いな。
ま、ここは彼女の言葉を信じてみようか。
「これにしようと思うんですが、値段はどれほどでしょうか?」
魔物の毛皮を用いて作られたローブだ。結構な値段に違いない。
一応エリックさんからお金を受け取ってはいるが、それで足りなかったら、このローブは諦めるしかない。
「値段は、普通のローブと同じ値でいいよ」
「え、そんな、これって高価なものなんじゃ……」
「元より埃を被っていたものという理由もあるけど、作り手としては大事にしまわれているよりも使われている方が職人冥利に尽きるものさ。だから値段はあまり重要じゃないんだ」
職人気質だなぁ。
爽やかに笑ってくれるフェルドさんに、つられて笑みを浮かべてしまう。
その後、ローブのお金を払い仕立屋を出た俺とノア。
「ふふん、来て正解だったでしょ?」
ノアは俺が抱えているローブの入った木箱を見て、得意げな表情を浮かべる。
「ああ、本当に良かった。まさかここまで親切にしてくれるとは思わなかったよ」
「当然でしょ。ここには悪い人なんて一人もいない。みんな、打ち解ければ良い人だらけなんだから」
確かにそうだな。
嫌われているからそう簡単に仲良くなれない。そう勝手に決めつけて歩み寄ることを忘れていた。
それを気付かせてくれたのは、他でもない目の前の彼女だ。
「ありがとな」
「な、なに? いきなり気持ち悪いわよ」
「や、なんとなくだ」
気持ち悪いと言われたことに若干傷つきながらも、その場を歩き出す。
さて、ここでの目的を果たしたから、とりあえずは畑の方に戻ろうか。そろそろ雨雲の魔力も消えるだろうし。
少しでも気を抜くとアメヤサイは萎びてしまうからな。
常に土に水気がある状態を保つつもりでやっていかないと、育つものも育たない。
「って、畑のことばっかり考えているな」
農業が嫌で実家を飛び出した俺らしくない傾向ではある。
自分でも、意外な変化だ。
辛いとか苦しいとか思うときはあるが、不思議とやめたいとは思わなかった。それどころか、やり甲斐のようなものを感じている。
「もっと、頑張ってみるか」
これからもっと大変になる。
それが恐ろしくもあるが、それもまた楽しみでもある。




