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エリックさんに頼まれたお使い。
それは、俺にとってあまりにもハードルが高いものであった。
村の仕立屋で、ローブと長靴を買ってくる。村の人達に怖がられてる俺が、直接会いにいくとか、いい反応をされるわけがない。
しかし、俺がそういう反応をするのが分かっていたのか、なぜか自信ありげに大丈夫だと俺に言ってくれたが、その理由も翌日になって判明した。
「行くわよー、ハルマ!」
「この娘がいるなら、安心だわな……」
ノアに連れられ、仕立屋に向かうことになった俺は、溜息を吐かずにはいられなかった。
「そういえば、畑の方はどんな感じ?」
「ん? ああ、順調だぞ。昨日、エリックさんから新しい魔法の使い方を教わって、作業効率がグンと良くなったんだ」
「へぇ、どんな風に」
ノアに昨日、エリックさんから教わった魔法の使い方について説明する。
ノアと共に出かける前に畑に寄った俺は、三つの雨雲に命令を下し、定めたルートに雨を降らせるようにしておいた。
これで、その場に俺がいなくても水やりだけはできるようになったというわけだ。
「変態的ね」
「ちょっと待って」
どうしてこの流れで俺が変態呼ばわりされなきゃいかんのだ。
全く心当たりがないぞ。
「だって、貴方がここにいるのに、魔法が独立して雨を降らしているっておかしすぎでしょ。貴方、相当常識外れなことしてるわよ」
「いやいや、そんな大袈裟なもんじゃないぞ。本当に命じたことしかできないから」
「それが変態的っていうのよ!?」
はっはっは、と笑って誤魔化すも、ノアは納得できないといった表情を浮かべる。
……話題を変えるか。
「そういえば、その仕立屋ってのはどこにあるんだ?」
「……すぐ近くよ。フェルドって人が経営している仕立屋でね、貴方でも普通に接してくれると思うわよ、多分」
「それはありがたい」
不審な目で見られるのはまだいいが、敵意の籠った視線を見られるのが一番嫌だ。
まだ、この村ではそういう視線で見られてはいないが……。
「そういえば、貴方への印象が少し変わったわよ」
「? どういう風に」
「自分で降らせた雨で、ずぶ濡れになる変人」
「へ、へぇ……」
否定できないのが辛い。しかし、その通りだから何も言えねぇ。
微妙な表情になる俺を見て、クスクスと口元を押さえて笑うノア。
「ふふっ、ちゃんと他にもあるわ。何をしているかは分からなかったらしいけど、貴方が何かを頑張っているのは、村の人達にもちゃんと伝わっているわ」
「そうか。それは良かった……のか?」
「良いに決まっているじゃない。……いえ、一概に良くはないのかしら? だって、不審者から変人に変わったようなものよね、これって」
不審者と変人て、どっちも嫌なんだが。
でも実際、自分で作った雨に打たれながら畑いじりしていたら、頭がどうかしたと思われるのはある意味で当然かもしれないな。
村の人達がアメヤサイのことを知っているかどうか分からないし。
「しかし、どうして仕立屋でローブと長靴なんて買うの? エリックさんなら、それくらい持っていると思ったんだけど」
「俺の為に必要なものだって聞いたけど……なにやら……エンチャントをするとかなんとか?」
「エンチャントですって? 貴方って本当に不運なのか幸運なのか分からないわね……」
呆れた風のノアに、戦く。
エンチャントって名前からすると、物質に魔法を付与するものだと思ったけど、違うのか? そう訊くと、彼女はさらに呆れながら口を開く。
「エンチャントについてはその認識で間違っていないわ。問題なのは、それをするのはエリックさんってこと」
「彼だから?」
「北の大賢者の異名は伊達じゃないわ。魔法を極めた彼がエンチャントしたアイテムは他の追随を許さない至高の一品。一級の魔法使いなら、喉から手が出るほどに欲しがるものよ」
「……そんなすごいもの、俺がもらってもいいのか?」
「もらっていいに決まってるじゃない。貴方がもらわなかったら、私が無理矢理押しつけるわ」
「そ、そうか」
昨日、軽い感じで言ってくれたから、簡単なことだと思ったが……そこまで大仰なことだとは露ほども思わなかった。
「ついたわ」
内心でエリックさんのありがたみに感謝していると、ノアが視線の先の建物を指さした。
赤色の屋根に白い壁の家。他にもいくつか家屋があり、村人の姿もちらほらと見える。
見た感じ、小さな集落だな。
「まあ、小さいけど、ここが村の中心部ってところね。リオンはここで夕食の食材とか買っているんじゃないかしら?」
「へぇ」
確かに、野菜や果物が並んでいる店や、パンが置いてある店もある。他にも、元の世界ではあまり見慣れないような鍛冶屋とかもある。
狭い場所だけど、歩いていける場所に必要なものが揃っているのはいいな。
ノアと共に村に足を踏み入れる。
すると、俺という見慣れない存在に気付いた村人達はハッとした表情を浮かべる。
『おい、彼……もしかして、アメフラシじゃないか?』
『え、あ、本当だ。畑に雨を降らせて、自分で浴びてる変なやつだ』
『しかし、なんでノア様も同行しているんだ?』
へ、変人としての認識が定着しつつある……。
一週間、アメヤサイの栽培をずぶ濡れになりながら行っていたから無理はないんだろうけど、やっぱり釈然としない。
「……ん?」
ちょっと待て、今俺のことをなんて呼んだ?
聞き間違いじゃなければアメフラシ、って呼んだよな?
『ノア様の言った通り、まさにアメフラシって感じだな』
『ええ、雨を降らす男。まさしくアメフラシね』
ノア様の、言った通りだと?
「ノア」
「……な、なにかしら?」
「俺の渾名がアメフラシになっていることについて、質問してもいいか?」
「……」
気まずそうに、視線を逸らしたノアは、ぎこちない笑みを浮かべる。
「ア、アメフラシってなんか響きが可愛いよね? 貴方への苦手意識も和らぐかなぁって」
テへっ☆と言わんばかりの茶目っ気たっぷりの笑顔を浮かべられても、俺の渾名がアメフラシという事実は変わらん。
「だからといって、アメフラシはないだろ……」
アメフラシってあれだぞ、紫色の体液を出したり、ぶよぶよした感触のおおよそ女性人気は低いであろうことが分かる奇天烈生物なんだぞ!?
「わ、私は嫌いじゃないわよ! いいじゃない、アメフラシ! むしろ、自分のネーミングセンスに脱帽してしまいそうになったわ!」
「えぇ、そこで開き直るのか……」
「貴族とは勝手なものなのよ!」
今言われるまで、君が貴族の娘だということを忘れていたよ。
まあ、変な渾名で呼ばれ慣れているから別にいいんだけど。
しかし、雨男の次は、アメフラシか。字面だけ見れば、都市伝説から妖怪みたいな渾名になってしまった。
「ほ、ほら! さっさと行くわよ!」
「あ、ちょ、服を引っ張るな」
顔を紅潮させたノアは、誤魔化すように腕の袖を掴み、早足で道を進んでいく。
そんな彼女に苦笑しながらも、俺は目的の仕立屋まで引っ張られるのだった。




