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 俺のアメヤサイ作りに立ち合うことになったラングロン家の長女、ノア。

 一日経てば考えを改めるかもしれない、そんな淡い期待を抱いていたがそんなことはなく、朝食を終えた直後にうちを訪れてきた。

「こんな出だしで大丈夫なのか……」

 ノアという予想外の人物に、出鼻を挫かれてしまった。

 リオンはノアの存在をそれほど気にしていないのか、いつも通り畑の隣の小さな家の影に置かれた椅子の上で、今朝渡した、アメヤサイの本を熟読している。

「……気を取り直していこう」

 ノアは邪魔をしにきたわけじゃない。

 むしろ、俺にとって彼女の存在はプラスに違いない。

 村を治める貴族の娘である彼女がいれば、俺への印象も好意的なものに変わるかもしれない。

 よし、とりあえず深呼吸だ。

「スゥー」

「ふーん、これが貴方の作った畑ね」

「ブフォァ!?」

 落ち着こうとした矢先に、しゃがみ込んだノアが畑の土を手で弄んでいた。

 しかも、手袋もせずに素手で触っている。

 俺の中にあった貴族の一人娘のイメージがどんどん崩れていく。

「良い土。ほどよく崩れてくれる。これならしっかり根が張れそう……」

 しかもすっごい玄人っぽいこと言って、評価してくれている。

 なんなのこのお嬢様。

 俺よりも農業詳しそうなんですけど。

 別の意味で、下手なことができなくなった。

「あ、ごめん。邪魔だったわね」

「いや、いいんだ」

 内心の動揺を表に出さずに振る舞いながら、自分が作った畑を見渡す。

 とりあえず、種を植える前に土に水を浸透させなきゃな。アメヤサイとか抜きにしても、まずは適した環境を作らなきゃ話にならない。

 掌に雨雲を作り、それを畑の方に放る。

 畑の中心にまで移動した雨雲は、一〇メートルほどの大きさにまで巨大化すると、シャワーのような雨を降らせ、畑を濡らしていく。

「とりあえず、一通り濡らしていけばいいか」

「大分うまく扱えるようになったね、ハルマ」

「おう、修行の成果ってやつだな」

 リオンの言葉に頷く。

 地道に努力してよかった。

 まだ細かい調整は難しいけど、現状、二つまでの雨雲なら手足のように操作することができる。

 最終的には意識しなくても複数の雨雲を出したままにできるようにしたいな。オートで雨を降らせる雨雲、みたいな感じで。

 隣で俺の天候魔法を眺めていたノアが、感嘆の声を漏らした。

「これが天候魔法……すごい魔法ね」

「ま、すごいといってもただ雨を降らせているだけなんだけどな」

「小さいやつって作れる?」

「ん、できるぞ。今、こっちの大きいのに意識を集中してるから、勝手に雨とか降らしちゃうようなやつだけど」

「それでもいいわ」

 なにをするつもりだろうか。

 首を傾げながら、片手間に掌サイズの雨雲を作り出し、それをノアに放る。

 ふよふよと飛んできた小さな雨雲を受け取ったノアは、まじまじとそれを見つめた。

「わ、冷たくて気持ちいい……。でも雨雲っていうから、黒いのを想像してたけど、これは真っ白なのねー」

「まあ、雨雲は太陽の光を遮ることが多いから、暗い色に見えるのはしょうがないんじゃないか?」

 雷雲とかはそうじゃないかもしれないけど。

 そこらへんは、俺もよく分からん。

「そう考えればそうかも……んー、あむ!」

 何を思ったのか、ノアは掌の上にのせていた雨雲に齧りついた。

 俺は驚きのあまり、畑を濡らしていた雨を消し去り、慌てて彼女の元へ駈け寄った。

「なにやってんのぉ!?」

「……あまくない」

 残念そうに、そう呟いたノアに足の力が抜けそうになる。

 視界の端でアメヤサイの本を読んでいたリオンも「そうなんだ……」と残念そうな反応をしたのは、見なかったことにしよう。

「霧の塊みたいなもんだから甘いはずがないでしょ!」

「だって、柔らかくて美味しそうだったんだもん」

 いや、わたあめじゃないんだから……ん、待てよ。

 俺の天候魔法は、俺の魔力を核として雨雲を作るんだよな? じゃあ、空気中の水分じゃなくて、果汁とかで雨雲を作れば、ノアの言う甘い雨雲ができるんじゃないか?

 ……これは、まだ黙っておこう。

 隠れ食いしん坊のリオンが暴走しかねない。

「さて、気を取り直して再開させるか……」

 残りの渇いた場所も雨で濡らして、種を植える準備を整える。

「アメヤサイ、私も知識だけでしか知らないから、興味がある」

 家の影に座っているリオンそう声をかけてきた。

 二百年前に絶滅してしまった伝説の野菜。確かに、存在を知る人からしたら興味深いものだろうなぁ。

「あと、どんな味がするのか楽しみ」

「はは、そうだな」

 目をキラキラと輝かせたリオンに笑みを浮かべ、ポケットにいれていた種の入った小包を取り出す。

「アメヤサイの一つ、アメキャベツ。これを植えてみようと思う」

「アメキャベツ……」

 リオンが開いているアメヤサイの本を捲り、アメキャベツの項目を探す。

「あった……それは、食した者に魔力の恩恵を与える、魔法の作物。口にすれば、魔力を最高の状態に保つことができる効果を持つ……新鮮な食感と、普通のキャベツとは一線を画した旨味を持つそれは、アメヤサイを伝説と言わしめる理由の一つだろう……だって」

「そ、そんな期待するような目で見ないでくれ……」

 まだ、種さえも植えてないから……。

 不思議なことに、この世界の野菜は偶然か必然かは分からないが、姿形は元の世界の野菜と同じものであった。

 アメキャベツも形自体は普通のキャベツ。

 育て方こそまるっきり違うが、俺からすれば奇天烈な形の野菜じゃなくて良かったと言うべきだろう。

 因みに、キャベツを植えようと思った理由は、単純にエリックさんに渡されたときに最初に手に取ったのがこれだったからだ。

 作り方は昨日エリックさんに翻訳してもらい、大体は把握した。

 早速、俺は掌にいくつかの種をのせ畑に向かう。

「まずは、深さ五センチほどの深さに種を植えていく……」

 一つずつ丁寧に指で開けた穴に種を植えていく。

「このまま直接種を植えるの? 小さな容器とかで苗まで育ててから植えたほうがいいんじゃない?」

 さも当然のように、的確な注意をいれてくるノアに戦慄を隠せないが、その指摘はあくまで普通の野菜のやり方だ。

「普通の野菜ならそうするんだけど……アメヤサイはちょっと違う」

「そうなの?」

 首を傾げたノアの言葉に頷く。

 本来はポリポットみたいな小さな容器で苗の大きさにまで育ててから植えたほうがいいんだけど、アメヤサイは違う。

「とりあえず、種を植えてから説明するよ」

「なら私も手伝うわ。どれくらいの深さ、間隔に植えるかは覚えたわ」

「えー……」

「言っておくけど、貴族の娘だからって言葉は私には通用しないわよ」

「……分かりました」

「ふふん、よろしい」

 本当にこの子はお嬢様なのだろうか。むしろ、リオンの方がお嬢様っぽい感じがするのだが。

 止めても無駄と悟った俺は、大人しくアメキャベツの種を半分ほど彼女に渡す。

 受け取った彼女は、非常に手慣れた手つきで種を土に埋めていく。文句の言いようのない鮮やかさだった。

 しかも、俺よりも速かった。

「お、俺もうかうかしてられん……」

 なんというか、型破りなお嬢様もいたもんだ。

 きっと、村の人達からも慕われているのだろう。というより、慕われてなきゃ、俺を見張ろうだなんて言わない。

 やっぱり、俺って怪しく見えるのか?

 ……端から見れば三〇代のお兄さん(強調)だもんなぁ。

 内心で傷つきながら、黙々と種を植える。

 十分ほどかけて、ノアよりも少し遅いタイミングで最後の種を埋め終わる。

「さてと、全部植えたけど……次はどうするの? これで終わり?」

「いや、これからが一番大事な行程になる。さっき言ったように、アメヤサイは普通の野菜とは育てる行程が違っているからな」

 両手に魔力を練る。

 さっきよりも大きく、広範囲に、しかし雨は弱く、多く。

 魔力の調整に気を遣いながら、作り出した雨雲の核をさきほどと同じように畑の方に放り投げる。

「リオン、解説をお願いできるかな? 俺は、こっちの操作に集中しなきゃいけないからさ」

「うん、分かった。……あった、ちょっと長いけどいい?」

「ああ、大丈夫だ」

 背後のリオンにそう声を投げかけ、雨雲の操作に集中する。

「アメヤサイは、雨で育つ作物。従って、その育成方法は雨によるものが大半を占めている。ここからは、憶測を交えた見解になるが、アメヤサイは種子の状態から育てるには、あまりにも環境が適していなかった。なにせ、雨が常に降り注ぐ地で育つ作物だ。種が流されてしまえば、芽が出る頃にはどこぞの川底に沈んでしまっているだろう。だからこそ、この不思議な作物は、種子から苗までの生長は著しく早くなるような進化を遂げた。つまり、地に落ち潤沢な水分を得た時点で瞬時に根を張り、芽を出し、一般的な苗にまで急速な成長を遂げるということになる……だって」

「ありがとう、リオン。と、いうことだが……分かったか?」

 因みに最初に聞いたとき、俺はちんぷんかんぷんだった。

 しかし、農業の腕に加えて理解力のあるノアは違ったようで、感心したように頷いた。

「……なんというか、出鱈目ね、アメヤサイってのは。私の知るどの野菜とも違うわ」

「だからこそ、伝説なんだろうな」

「そうね……」

 アメヤサイの急速な成長を促すために、沢山の魔力を籠めた雨雲を作り出し、魔力の雨を降らせる。

 俺の作り出した雨雲の核は、畑の中心でゆっくりとした速度で巨大化していく。先ほどよりも一回りほど大きくなったら、翻していた掌を握りしめる。

「ここで止める……!」

 これで雨雲は完成。

「さあ、降りそそげ!」

 俺の合図と共に、畑全体に雨が降り注いでいく。

 水は多く、されど土を掘り返さない程度に弱く降らせた雨は、畑に植えたアメキャベツの種子に魔力を帯びた水を養分として与えていく。

「これでよし! ノア、リオン、悪いけど、種が流されてしまわないか見てもらってもいいか?」

「いいよ」

「いいわよー」

 俺は雨雲の調整に手が離せないので、二人に畑の様子を見てもらう。

 快く返事をしてくれた二人は、雨の降り注ぐ畑の近くにまで寄って、様子を確認してくれる。

「……」

 本当に、雨を降らせて野菜作ろうとしているんだなぁ、俺。

 元の世界ではダサいだとか、疲れる、だとか勝手なこといって実家を飛び出して都会で働いていたが、まさかこんなことになるなんてな、人生何が起きるか本当に分からない。

 俺は、この力で人の役に立てているのだろうか。

「ハルマ」

「っ、どうした?」

 少しぼーっとしてしまった。

 雨雲に影響はなかったからいいが、集中を乱さないように気を付けなきゃな。

 リオンの声に我に返った俺は、彼女に返事をする。

「これ、見て」

「……え? なにかあったのか?」

「こっち来て」

 目で見なきゃ分からないものか?

 雨雲に気を配りながら、彼女の元へ近づく。

 近づいてみれば、彼女はこちらに視線を向けないままじっと地面を見ていた。

 首を傾げながら、彼女の視線の先を追うと――、

「……お」

 土から微かに顔を出した緑色の芽が、そこにあった。

 茎から伸びる、キャベツ特有の丸みを帯びた四つの葉。

 本にはそう書かれていたが、半信半疑でもあった。だから、改めて本当に芽が出ているのを見ると、不覚にも感動してしまった。

 驚きに声が出ない俺をリオンが見上げる。

「良かったね、ハルマ。これで働くところを探さなくても済んだ」

「じょ、冗談なのは分かるけど、心臓に悪いぞそれ……」

「そう? ごめんね」

 ……冗談だよな?

 感傷に浸っていたのに、現実に引き戻されてしまった。

「ハルマ! もう芽吹いてるわよー!! すっごい生命力ね!」

 ノアも芽吹いた種を見つけたのか、嬉しそうな声で報告してくれる。

 順調な滑り出し。

 この調子でいけば、他のアメヤサイも平行して作れるようになれるかもしれないな。

 それまでには、俺も色々なことをしなければいけないだろうけど。

 文字の勉強。

 天候魔法の操作と、応用。

 まあ、やることは盛りだくさんだけど、ただ雨を降らすだけなら俺の得意分野だ。

 アメキャベツ、俺が思っている以上に案外簡単なのかもしれないな。

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