13
エリックさんから託されたアメヤサイの種。
それは、未だ誰も栽培に成功させたことのない不思議な野菜であった。
雨で育つ植物、と言えば普通の野菜に聞こえるが、その実は過剰なまでの水分を必要とする規格外なもの。
しかも、その雨には濃度の高い魔力が練り込まれてなければならないのが、まさしくファンタジーって感じの野菜だと思う。
まず、これから初めてみよう。
俺はこの天候魔法という力をどのような目的で扱い、役に立てるのか。折角、エリックさんが力を貸してくれたのだ。
俺もしっかりと真面目に取り込まなければ全然意味がない。
……しかし、しかしだ。
「ハルマ、そのアメヤサイってのを植えるのでしょう! それなら、早く来なさーい!」
「……はぁ」
それがどうしてこんな面倒なことになってしまったのだろうか。
今、俺の目の前で張り切っている綺麗な金髪を靡かせた少女に、肩を落としてしまう。
「ハルマ、がんば」
そんな俺の肩に手を乗せるリオン。
彼女は、相変わらず無表情であったがその声には若干の哀れみが感じられた。
リオン、君は俺の最後の良心だ……。
「ハルマ!」
「あぁ、もう分かったよ……分かったって……」
俺がこの少女、ノア・ラングロン――ラングロンさんの娘さんに、アメヤサイを作るように急かされているのには理由があった。
それは昨日、俺がエリックさんにアメヤサイの種を受け取った時にまで遡る――。
エリックさんからアメヤサイの名を訊き、正式に種を譲り受けた俺は、とりあえずお礼をラングロンさんに伝えようとしていた。
「ただいま!」
しかしその前に、俺の背後の扉が勢いよく開かれた。
驚きのあまり身をすくませ振り返ると、そこにはラングロンさんと同じ、眩いばかりの金髪が特徴的な十代半ばほどの少女が腕を組み立っていた。
「帰ってきたか、ノア。しかし駄目だぞ? 今は来客中だ」
「分かっているわ。でもお父様、私にもそれ相応の理由というものがあるの」
「む?」
少女の身なりは、貴族らしいと言うよりも、リオンのような素朴なそれに近いものがあった。
彼女はツカツカと扉から、エリックさんの近くにまで歩み寄る。
「こんにちは、エリックさん。相変わらずお元気そうで安心しました」
「久しぶり、ノアちゃん。少し見ない間にまた綺麗になったね」
ラングロンサンの娘さんというなら、エリックさんとも顔見知りだろうな。
なら、俺も彼女に自己紹介をしないと……。
エリックさんとの会話を終えたタイミングを見計らって、彼女に声をかける。
「えーと、俺の名はアマミヤ・ハルマ。エリックさんのところで居候をさせてもらっている者です」
「私は、ノア・ラングロン。ラングロン家の長女よ。貴方のことは村の人達から聞いたわ」
「村の人達、ということは……」
俺の悪い話を耳にしているということか。
だったら印象はあまりよくないのは当然かもしれないな。
若干落ち込んでいると、目の前の少女、ノアは俺の顔を下から覗き込むように見た。
「貴方は悪い人? それとも良い人?」
「は?」
「どっち?」
悪い人、良い人……悪い方ではないのは確かだが、俺は特別良い人って訳じゃない。
中間あたりの選択肢ってないのか……あるわけないか。
「悪くもないけど……良いやつでもない……かな?」
「なによそれ。煮え切らない態度」
彼女の目がさらにキツくなる。
ここは嘘でもいいから『良い人』と言っていくべきだったと後悔する。
「やっぱり貴方は怪しい人ね!」
……。
大人にもなって、外聞もなく泣きそうになった。
ほぼ初対面の少女に不審者扱いされるのって、こんなにショックなことなんだな……。
「大体ね、少しくらい弁解しなさいよ。悪人面って訳じゃないし、村の人達だってちゃんと話せば分かってくれるはずよ」
「はい……」
「雨を降らせるからって危ない奴扱いするのもあれだと思うけど、貴方も貴方で歩み寄る努力は必要だと思う」
「はい……」
「ま、一方的に怖がられている相手に自分から近づくのも勇気がいるのも分かる。でも、諦めてなんとかなるのを待つのは絶対間違えているわ」
「ごもっともです……」
正論過ぎて、ぐうの根も出ねぇ。
この子、正真正銘でラングロンさんの娘さんだ。
ちょっと言葉がきついけど、すっごく気を遣って話してくれている。
亀のように小さくなっていく俺に、さすがに見ていられなくなったのか、ラングロンさんとエリックさんが遠慮気味に言葉を挟む。
「ノ、ノアちゃん……ハルマ君だって好んで怪しまれているわけじゃ……」
「そ、そうだぞ。彼もいきなりここに来てしまって大変なん――」
「お父様」
「……な、何だ?」
バッとラングロンさんの言葉を遮り、振り返ったノアは笑顔を浮かべた。
「私、この人を見張るわ」
「……」
「……」
「……」
静寂。
エリックさんもラングロンさんも俺も、ノアの突然の言葉に絶句してしまった。
俺は、慌ててノアに問い詰める。
「な、何を言っているんですか、君は!?」
「扉越しだけど、大体の話は聞いたわ。何か作物を作るそうね? それに私も立ち合うわ。何か問題でもある? あと、敬語はいらないわ」
「も、問題ありまくりですだぁ!」
慌てて敬語を直そうとしたせいで、不自然な言葉になってしまった。
「私は、ここを治める貴族の娘として領民との交流を大切にしているし、必要があれば手伝いもする。今、お父様に言った言葉も同じことよ。領民の為に貴方を見張る、それはおかしいことなのかしら?」
「ぐ、ぐぐ、おかしく、ない……」
「そうでしょ?」
ふふん、と得意げに笑ったノアに、肩の力が抜ける。
諦めて肩を落としていると、いつのまにか硬直から抜け出したエリックさんとラングロンさんが暢気に会話をしていた。
「面白いことになったな。エリック」
「他人事だな、君の娘のことなのに」
「ハッハッハ、だからこそだ。娘が人の手によるアメヤサイの生育という人類未到の偉業に立ち会うことができるかもしれんのだぞ? これが嬉しくないわけがない」
「親ばかだなぁ、君は」
「お前に言われたくない」
二人にとっては他人事なので、止める気はないらしい。
エリックさんはともかく、ラングロンさんは止めなくてもいいのだろうか。
貴族の娘なんだから、土まみれになる場所に行かせない方がいいのに……。
「それじゃ、これから責任を持って貴方を見張らせてもらうわ! ハルマ!」
屈託のない笑みを俺に向けるノア。
素敵な笑顔だが、その言葉は俺を見張るためのものでなければもっと喜べたのになぁ。




