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「ようやく、得心がいった……」
どうりで、魔法で造った雨雲で雨を降らして頭を洗っているのを見られたとき「なんだあいつ」的な目で見られた訳だよ!
あっちからしたら、得体の知れない俺が暢気に畑作って魔法で変なことしてたら、そりゃそんな反応されますよねぇ!?
あれ!? よくよく考えてみたら、畑を作っている工程もなんかの儀式とかしているみたいだわ!?
「お、おい。大丈夫か? エリック! だから、前もっての説明が必要と言っておいただろう! あまりにも残酷すぎるだろう!?」
「わ、私だってこんなにショックを受けるとは思わなかったわ!」
しかも、ラングロンさん凄く優しくて、申し訳なくなってくる。
違うんですラングロンさん。俺は今、村人達の前で見せた醜態に今更恥ずかしくなっているだけですから……!
「いえ、大丈夫です。俺にとって、少し衝撃が強かっただけですから」
平静を装うんだ。
散々な扱いをされるなんて今更だ。ようは前の世界と同じように、雨男扱いされているようなものじゃないか。
それなら、慣れたもんだ。
「村の人達の反応は尤もだと思います。それを踏まえて、エリックさん、貴方の考えを訊かせてください」
「……正直に言おう。私は、君を危険な存在だと思っている」
「でしたら、リオンは俺の見張りということですか……」
「いや、君一人じゃ心配だったから……」
「……」
ありがとうございます!? 本当になにからなにまで本当にありがとうございます!!
でも言わせてください!! 俺は子供かッ!?
間抜けな見当違いに、年甲斐もなく顔が真っ赤になってしまう。
「雨を降らせる魔法。言葉だけで捉えるなら大したことのない魔法に聞こえるだろう。それなら雹を降らせ、雷を落とせる天候魔法の方が遙かに強力だ。だがな……最も恐ろしい側面を持つのが、雨なのだよ」
「このジジィの言葉に同意するのは癪だが……そうだな。確かに短期的に見れば雨は大したことはないが、長期的に考えれば雨ほど恐ろしいものはない。その気になれば、川を氾濫させ、洪水を招くこともでき、作物を枯らすこともできる」
「俺は、そんなこと……」
「今はそんなことをする気がないとしても、この先は分からない。ハルマ君、人は変わる生き物なんだ。どれだけ優しくとも、どれだけ慈悲深くとも、ある時を境に真逆の存在に変わってしまうこともありえるんだ」
……ない、とは言い切れないかもしれない。
俺だって、虫の居所が悪いときはある。そんな時に、雨男! などと言われ蔑まれれば、いつものように笑って流せるわけじゃない。
一時の感情で大きな間違いを犯してしまうことがありえる。
「だからこそ、私は君に自分の魔法をどのように使うか、その理由を見つけてほしかった」
「魔法を扱う、理由……」
いつしかリオンに訊かれた、魔法を扱う理由。
その時の俺はただ自分の人生を狂わせてきた雨という呪いを自分のものにしたい思いに駆られていた。
雨に苛まれてきた俺の人生を、普通に戻す。
どんなに楽しくも雨が降らない。
悲しくても、怒っても、雨が降らない、そんな普通の人生を取り戻したかった。
だから、それから先の人生なんて当たり前のように存在していると思っていた。
「俺は、責任を持つことを放棄していた、ということなんでしょうね」
「君の状況を考えれば無理もない。むしろ、そう在るべきなのが普通なんだ」
俺が天候魔法ではなく、平凡な普通の魔法に目覚めていたのなら、それでもよかったかもしれない。
「もう夢からは覚めました。俺は、先を見据えて力の扱い方を考えてみようと思います」
いつまでも、雨男と呼ばれていた子供の頃のような我儘は言えない。
俺はいい年こいた大人なのだ。
夢を見るのは許されるが、現を抜かしていい訳じゃない。
「うんうん、やはり若いというのは素晴らしいな。思い切りが良い。この目の前のド金髪高圧的貴族とはえらい違いだね」
「そうだな。目の前の老害とは大違いだ」
「「……」」
だから口を開くたびに喧嘩するのははやめーや。
一体、どういう経緯で出会ったんだこの二人は。
でも、この人達のように他愛のないことで喧嘩をできる童心を忘れてはいけないな……。
うんうん、となにげに失礼なことを考えながら頷いていると、ラングロンさんと睨み合っていたエリックさんが、こちらへ視線を向ける。
「さて、ハルマ君。ここで私から君に贈り物があるんだ」
「え、贈り物ですか?」
このタイミングで?
首を傾げると、エリックさんは懐から六法全書ほどの大きさの本を取り出し、その表紙を俺に見せるように差し出した。
「先々代の北の大賢者、カルラ・グラントラが記した書物。……まあ、私の師匠の師匠にあたるお方が記したものだね」
カルラ・グラントラ、そんなお人の書いた本をどうして俺に……。
恐る恐る受け取ろうとすると、本の隙間から小包のようなものがテーブルに落ちる。
本を一旦テーブルに置き、小包を手に取ると、袋に小豆を入れたお手玉のような感触がした。
「エリックさん、これは……?」
「それは種だよ」
「種? ……種って、畑に植える種のことですか?」
「ああ」
俺が今まで作ってきた畑に植える種。
試しに小包の中身を見てみると、そこには小さな種が沢山入っていた。
見た感じ、なんの変哲もない種に見えるが……。
「これはなんの種ですか?」
「フフ、これがなんの種か。それを教えるには、先ほどの話をもう一度説明しなければ――」
「相も変わらず回りくどいことをするジジィだな。簡潔に説明しろ、俺も気になる」
「そういう君は相変わらずせっかちだな。……全く、もっと段階を踏んで説明するはずだったが……まあ、いいだろう。ハルマ君、この地が雨に見舞われていた土地だと、この男が説明したな?」
「ええ」
生物も何も存在しない不毛の大地だと聞いた。
「雨の大地は不毛の地であったが、生物も植物も存在はしていたんだ」
「そうなんですか?」
「生き物の進化とは本当に素晴らしいものでね。たとえ雨が降り注ぐ環境でさえも生き続けられる進化を遂げてしまうのだ。その中で、異例の進化を遂げた作物が存在する」
「作物……?」
「おい。まさか、その種は……!」
ガタンと、表情を一変させたラングロンさんが立ち上がるが、彼の反応を無視したエリックさんは、続けて言葉を紡いでいく。
「それらは、雨が降らなくなってしまったせいで絶滅してしまったが……幸いにして種だけは残された」
それが、今俺の手の中にある小包ってことか。
「誰もが、栽培を試みようとした。だが、生半可な魔力と水系統の魔法では芽は出ても育ちはしなかった。当然だ、『雨の大地』に降り注いでいた雨は、濃密な魔力を帯びた雨であったから、普通の魔法使いでは育てることはまず不可能だった」
「だが彼の魔法は雨を降らせる天候魔法。不可能な話じゃない……」
「それに、彼の天候魔法は彼自身の魔力を核にして空気中に漂う魔力を取り込み、雨雲を作り出す。彼が元々持つ膨大な魔力を考えれば、頭上を覆う雨雲さえも容易に作り出すことができるはずだ」
お、俺が思っている以上に、天候魔法ってエコロジーな魔法だったんだな……。
確かに、一日中魔法を使い続けられる自信はあったけど、そこまで出鱈目なものだと思わなかった。
「この種は、そこまで凄いものなんですか?」
「常に雨に見舞われても枯れずに、むしろ大きく育つそれは、味もさることながら、特殊な効能を持っていたといわれている。ただ、今となっては誰も知らない。伝承だけが一人歩きしているのが現状だろう。しかし、食べたと公言していたエルフは、絶品だと抜かしていた」
やや悔しそうにそう口にするエリックさん。
俺は、彼の話を聞いて、震えた手でゆっくりと本を開く。
ページを捲っていくと、先ほどテーブルに落とした種の入った小包と同じものがいくつも貼り付けてあり、その育成法らしきものがイラストと文章を交えて記されていた。
「こんなに沢山の種類を……貴重なもののはずなのに、俺なんかがもらってしまっても……」
「君にしかできないこと、その一つとして私はこの種を君に託そうと思う。受けるも受けないのも君の自由だ」
答えは決まっていた。
俺のこの世界での目的。
そうか、エリックさんはずっと俺の為を思って考えていてくれたんだな。本当に、感謝してもしきれない。
だからこそ、俺はこの恩義に報いたい。
「この野菜の、名前を教えてください」
「総称でも構わないかな?」
エリックさんの言葉に深く頷く。
忘れないように、しっかりと心に刻みつけよう。
「『アメヤサイ』それが、雨の大地に生育していた伝説の野菜だ。そしてこの本こそが、偉大なる大賢者、カグラ・グラントラが記した世界に一冊しかないアメヤサイの栽培法が記された書物――“アメヤサイの極意”!」
「アメヤサイの、極意……」
シンプルな名前だな、と思った。
だからこそ、面白いとも思えた。
俺がこれから作ろうとする作物。
異世界にやってきてしまった俺の、前人未踏の農業活動。
「これから俺の、農業生活が始ま――」
「おいジジィ。お前、アメヤサイの種を隠し持っているだなんて初耳だぞ」
「ふふん、僕が君に全てを話しているとでも思ったのかな? それは思い上がりだよ、ラングロン君」
「どーせ、今まで忘れていただけだろう。お前は老いる前から物忘れが激しかったからな」
「なんだね、それはあれかね? 私に喧嘩を売っているということかね?」
「今更気付いたのか? どうやら、俺の悪態の言葉すらも忘れてしまったようだ」
「「……」」
「あの、こんな時まで喧嘩しないでください」
台無しですよ……。
決意を新たにしようとしたのに、ものの十秒ほどのやり取りで険悪な雰囲気になってしまった二人に頬が引き攣る。
なんだか、アメヤサイ作りが前途多難に思えてきたのは、気のせいではないだろう。




