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 土を入れ替える作業も二日と半日ほどで終わらせることができた。

 魔法の訓練と平行して作業を行っていたから少し時間がかかってしまったが、ようやく畑作りのスタートラインに立てたといっても過言ではないだろう。

 作業を終わらせて今一度畑を見てみれば、清々しい達成感というものがあった。

 しかし忘れてはいけないのは、あくまで“スタートラインに立った”だけということだ。


「ここが、貴族の屋敷……か」

 そして今、俺はエリックさんに連れられ、ケイ・ラングロンという貴族の住む屋敷を訪れていた。

 エリックさんの家から徒歩で一〇分ほどの距離に建っている屋敷は、村の家屋と比べ大きくしっかりとした造りをしていた。

 執事に迎えられ屋敷に足を踏み入れた俺は粗相をしないよう自分に言い聞かせながら、必死に平静を保つように心掛けた。

「ははは、そんなに緊張しなくても大丈夫さ。彼は貴族の中では変人の部類だからね、ある程度の粗相は笑って流してくれるさ」

 変人て……。執事の前でとんでもないこと言っているな、この人は。

 執事も何も言い返さず苦笑いしているあたり、エリックさんの言葉通りなのかもしれないが……やはり、何事も第一印象が大切だ。

 今一度気を引き締めていると、背後で誰かの足音が聞こえる。

「ん?」

 なんともなしに後ろを振り向くが誰もいない。

 気のせいか? 一瞬、金色の何かが見えたような気がしたけど……。

「どうした? ハルマ君」

「今、金色の……いえ、なんでもないです」

 エリックさんに言うべきか迷ったが、それほど気にするべきことでもないかな。

 そのまま歩くこと数分、やや大きな扉の前にまで案内される。

「旦那様、お連れしました」

「ご苦労。通してくれ」

 執事が扉を開け、俺とエリックさんを部屋に招き入れた。

 扉の先は、会議室ほどの広さの部屋で、その中央に大きな長テーブルと椅子が並べられており、その傍らに一人の男性が立っていた。

 金髪の髪に整った顔立ち。貴族らしい服装も相まって、一目で高い身分の人物と分かる男性は、エリックさんの姿を見て、笑みを浮かべた。

「おお、来たかエリック。しばらく見ないうちに少し白髪が増えたか?」

「はっはっは。そういう君は、娘も成長して少しは父親らしくなっていると思ったが、その軽口だけは全く減らんな、ラングロン君」

「あ?」

「あ?」

 どうしよう、話をする以前に良い大人二人が既に喧嘩腰なのですが。

 エリックさんと金髪の男性がガンを飛ばし合っている中で、黙々と紅茶を淹れている執事の冷静さに地味に驚きながら様子を見守っていると、金髪の男性が俺を見る。

「で、そこの彼がお前の言っていた異世界からの異邦人か?」

「ああ、そうだ。ハルマ君、彼が君に会わせようと思っていた人物だよ」

 どうやら、俺が別の世界から来たということは事前に伝えていたらしい。

「アマミヤ・ハルマです」

「うむ、ラングロン家当主、ケイ・ラングロンだ」

 互いに自己紹介をし、握手を交わす。

 予想していたよりも、フレンドリーな人で良かった。

「立ち話をするのも疲れるだろう。自由に座るといい。そこのジジィは立ったままで構わんが」

「君に座れと言われる前に座ってやったわ」

「チッ」

 ……いや、子供の喧嘩かよ。

 仲がいいからこその軽口なのは分かるが、訊いているこっちからしたら心臓が悪い。

「しかし、随分とまあ……普通の男じゃないか。村の者たちが恐れる理由が分からん。ただ雨を降らせるだけの魔法を持つだけではないか」

「村の者達にとって、彼がそれだけ恐ろしい存在に見えたということだろう」

「過去を忘れられないのは、なんとも嘆かわしいものだな」

 過去……?

 ちょっと待て。エリックさんの言い方じゃ、俺が村の人達から避けられているのは単に“怪しい”って理由だけじゃないのか。

 それに、俺が恐ろしい存在ってどういう意味だ。

 何を以て俺を恐ろしい存在と見ていたんだ?

「ハルマ君、すまない。私は意図的に君に隠していたことがある。村の者達は、ただの余所者という理由だけで君を嫌っていた訳ではないんだ」

「……どういうことですか」

 感情的になるのは、まだ早い。

 意図的に隠す、ということは何かしらの事情があるからだ。

「そこから先は俺が説明しよう。ことこの村に関しては、そこの老いぼれよりも詳しいのでな」

「抜かせ、私と十ほどしか違わないくせに」

「されど十年若い。お前より十年長生きできるわ」

「あ、あの、説明をお願いします」

 この二人は、相手に一発かましてからじゃないと話ができないのだろうか。

 張り詰めた空気が一瞬にして霧散してしまったじゃないか。

「……この地はかつて『雨の大地』という名で呼ばれていてな。常に雨が降り注ぐ奇怪な地だった」

「雨、ですか」

「太陽の光はあれど、雨は降る。雲はなけれど、雨は降る。そんな不可思議な天候の元で、どのような木々も生物も、長く生きることは困難だった」

 ……常に雨が降り続ける土地。

 それは命の存在を許さない、想像するのもおぞましい死の大地そのもの……。

「人々は天から降り注ぐ神の涙だとか、神が生物に与える災いだとか、龍が眠る大地だとか、『雨の大地』を畏れ崇めた。それも無理からぬ話だろう。それほどまでに、昔のここは不毛な土地だったのだから」

「……」

「だが、それも二百年前に終わりを告げた。環境の変化か、はたまた本当に龍が潜んでいたのかは分からんが、ある時を境に『雨の大地』には雨が降ることはなくなった。それから先は、不毛の大地に草木が実り、生物が住み着き、最後には……俺達人間が居を構えるようになった」

 雨の大地。

 それは、かつてのここを知る者にとっては畏れと信仰を司る言葉。

 そんな場所に現れた、雨の天候魔法の使い手である俺の存在。

 なんとも単純かつ、馬鹿げた話だが……。

「俺は、ここをまた『雨の大地』に戻すかもしれない人間として見られているんですか……?」

「領民を責めないでくれ。彼らとて、自分らの家が危険に晒されるかもしれないとなればそういう態度にもなるさ……かといって、現実的な話だとは思えないがな」

 しょうがない話だと、分かってはいる。

 だとしても、あまりにも事情が複雑すぎた。

「まあ、怪しむ理由の一端がこのジジイのところにいるからというのもあるだろうがな。リオンちゃんはともかくとして、このジジィは本当に何を考えているかは分からんからな」

「君はいちいち私のことをなじらなきゃ話ができないのかね?」

「え? 詰られたように聞こえたのか? そう聞こえたのなら、自覚があるということだなぁ」

「こ、この……」

 目の前で喧嘩が起こりそうだったが、そんなのは関係無しに俺は愕然としていた。

 村人達の視線、反応……全てに納得がいってしまった。

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