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ゲス野郎は殺菌消毒だあ!

 入り口に当たる山道の方、おおよそ二〇メートル先から、フードを被った男が近づいてきているのが見えた。

 背は一七〇センチくらい。体格から見て、高校生じゃなく、成人男性に見える。

 ここはキャンプ場から少し外れているし、キャンプ客じゃないと思う。

 そもそもキャンプ場に一人で来る人もそうそういないだろう。

 つまり――

 私は男の視線から隠すよう、奈菜の前に出る。

「ゆ、ゆーちゃん……」

「まかせて」

 とは言ったものの、男は構わず近づいてくる。

「止まりなさい……って言ったら、止まってくれる?」

 返事は、無い。

 というか、まともに私を見てもいない。

 男が五メートルほどの距離まで近づいた事で、顔もはっきりわかった。

 二〇代前半、日焼けしていない生っ白い肌に、黒の前髪が妙に長く眉の下まで伸びている。寝不足なのか、目の下にはクマがあり、頬もこけている。

 正直、服は汚れていないけど、あまり清潔感は感じない。

「じゃあ言い方を変えるわ。止まれ。止まらないと通報するわよ」

 睨んで、言う。

「……なぜ?」

 男は、陰鬱さを滲ませた声で言った。

 一応、止まりはしている。

「か弱い女性ですからね。怪しい男が来たら警戒もするでしょ」

「あんたに用は無い」

「あら? でもこの子もアナタには用はないみたいだけど」

 奈菜は私の言葉に頷く。

「……」

 その奈菜の姿を見て、男は傷ついたように顔を歪める。

「奈菜、キミに危険が迫っているんだ」

「ひっ!」

 見知らぬ男から名前を呼ばれ、奈菜が悲鳴を上げた。

「それアンタってオチ?」

「茶化すな!」

 男は顔を真っ赤にして叫んだ。

 そしてこちらなんてお構いなしに迫ってくる。

「来ないで!」

 武術の心得はないけれど、拳を固めて構えを取る。

 それでも男は前進してくる。

 私は、奈菜をかばうようにして後ずさった。

「どけ!」

「嫌だ!」

「だったら……!」

 男はポケットからスタンガンを取り出した。バチバチと青い光が跳ねているのが見える。どう見ても本物だ。

「うっ」

 流石に、これは分が悪い……。

 でも、奈菜をこんな得体のしれない奴に渡すわけにはいかない。

「それが何よ!」

「俺は悪くないからなあ!」

 男は叫び、スタンガンを私めがけて突き出した――

「ぐぇ!」

 が。

 さかさまにぶら下がった飛龍が男の真後ろに落ちてきて、その首を両腕で締め上げた。

「ヒャッハー! 大漁だあ!」

 直後、飛龍ごと男の体が一気に吊り上げられる。

 そのまま、近くに乱立する杉の木のうち一本の上部まで男の体が移動した。

 予想外の衝撃に、男はスタンガンを取り落とす。

「あっ……がっ……」

 高さ一〇メートルほどまで吊り上げられた男はもがく。

 がっちりホールドしたまま、飛龍は杉の木の大きな枝に座り込んだ。

 飛龍の胴と肩は、うまくロープを潜らせていて、どうやらそれで凧のように釣り上げられたらしい。

 てこの原理で枝を支点に男の体を持ち上げたのは、もちろんコングだ。

 彼は上半身裸で、肌の露出した個所に迷彩柄の塗料を塗っていた。

 遠目からは、藪が立ち上がったように見えるだろう。

 男は死んではいないみたいだけど、絞め落とされていた。ロープを伝って飛龍は男を抱えたまま降りてくる。

 その間わずか一分強。

 相変わらず、こういう荒事に異常に向いてるわね。

 ともあれ、事態はあっさりと片付いたのだった。

 気絶したままの男をロープで縛りあげる飛龍。まるでクマのぬいぐるみのように、両足を広げて座ったままの姿勢で、コングが後ろから支えてなければそのまま後ろに倒れるだろう。

「ふむ……免許証を見るに、こいつは後田久二(うしろだきゅうじ)、二〇歳か」

 コングは手際よく男のポケットから財布を取り出し、そのカード類で個人情報を読み取る。

「よし、起こすか……ほあっ!」

 後田の背中に張り手を入れるコング。その大きな手からすると、もうビンタとかそういうレベルではなく、バイクの追突に近い。

 後田はむせながら目を覚ます。

「ごほっ、ごほっ……き、きさまは一体……」

「質問するのはこっちだ。余計な事を言うとお前の頭がカボチャのように粉々になるぞ」

 スイカならともかく、カボチャなんかそうそう粉々に出来ないと思うのだが。

 後田は青ざめて頷く。

「なぜお前はこの女の子に近づく」

「おれと奈菜は、運命の赤い糸で結ばれているんだ!」

「ひっ……!」

 奈菜は怯えて私の手を握りしめた。

 それだけで、この男の妄想なのはすぐにわかる。というか、奈菜に恋人なんていたら、私がすぐわかる。いつも一緒だしね。

「なるほど。頭の中身が夢の国で休暇中らしいな。起こしてやろう。ほああっ!」

「へ? へぶっ!」

 躊躇なくブン殴るコング。後田の鼻から豪快に血が漏れる。

「いいかストーカー野郎。今度世迷い事いいやがったらそこの鍋にブチ込むぞ」

「ヒャッハー! ゲス野郎は殺菌消毒だあ!」

「ひっ……」

 人一人くらいはゆうに入るだろう鍋を顎でしゃくって示され、後田が悲鳴を上げる。カレーのいい匂いが流れているのがシュールで恐怖感を煽る。

 しっかし、飛龍はともかくコング……普段あんなに寡黙なのに、なんでこういう時だけイキイキしてるんだろ……。

「最近彼女を付け回したり、ゴミを漁ってたのは貴様だな」

「そ、それは、そう、だが……」

 さしものストーカーも、パンチが飛んで来るのを恐れて、素直に答えているみたいだ。

「彼女と面識は? ……彼女の方は――」

 言ってコングは奈菜に視線を向けるけど、奈菜は首を横にぶんぶんと振った。

「ないようだな。つまりお前など知らんという事だ。なぜお前は彼女を付け回す」

「そ、それは、一目見たときから運命を感じて……」

「ヒャッハー! こいつはかなりのクレージー野郎だあ!」

「ち、違う」

 さも心外というように、後田は首を振った。

「何が違う。今日だってスタンガン片手に彼女に迫って来ただろう」

「あ、あれは救うためだ」

「救う? 何からだ」

「そ、それは……」

 口ごもる後田の視界に、振りかぶられたコングの拳が入る。

「あの、その、テロリストからです……」

「ヒャッハー! テロリストだとお? 今ニュースでやってるあれかあ?」

 そういえば、ニュースで隣のF県でテロがどうのと言っていたけど……。

 あとは、たしか、奈菜のストーカー捜査もそうせいで人手が足りないって話だったわよね。

「そ、そうだ。警察無線を傍受していたら、あのテロリストの残党が、白黒市付近まで逃げて来てるって……」

「ヒャッハー! サラっととんでもねえこと言いやがったぜコイツ! 暗号化されてる警察無線を解読するなんてこいつあ特別ヤベえストーカー野郎だぜえ!」

「そうね……正直、ドン引きだわ」

 犯罪力高すぎる……。

 こんなのが奈菜の周りをうろついてたって考えるだけでゾっとする。

「そのテロリストとお前と何の関係がある」

「いや、だから、白黒市近くまで来てるって……」

「だからだ。なぜ、お前がスタンガンを持ってでしゃばる必要がある。だいいち、近くまで来ているという情報だけで、このキャンプ地に来ているというわけでもないんだろうが」

「お、俺は主人公だから、きっとここでテロリストから奈菜を救ったら、奈菜は俺を愛するに違いないと思って」

「ひいいいっ!」

 これ以上ない、いい笑顔で断言した後田に、奈菜が絶叫に近い悲鳴を上げた。

「そんな漫画みたいな展開があるかこのサイコ野郎があああああああああ!」

「へぶっ!」

 脊髄を貫通する絶望的な気持ち悪さに、思わずハリセンで後田の顔面に叩き込んでいた。

 フルスイングされたハリセンが、後田の顔面を真後ろへ高速疾走させる。

 ……。

 首は折れては……いない。白目むいて泡吹いてるけど。

 ……うん、問題ない。

 大体、テロリストからヒロインを救うなんて、そんなB級映画みたいな展開があるわけないし、あまつさえ自分を主人公だなんて思って奈菜を付け回す奴が悪い。

「おい、柚子。やりすぎだ」

 まさかコングにそれを言われる日が来るとは。

 さて、それからだけど、後田を警察に突き出すべく、運転手のコング、証人の奈菜、それから後田の見張りとして飛龍が車で市内へ向かう事になった。

 軽自動車には四人しか乗れないので私は留守番だ。

 拘束している上に気絶しているとはいえ、奈菜に後田の見張りをさせるわけにはいかないし、まあ妥当だと思う。

 取り調べの協力とかでそれなりに時間がかかるかもしれないけど、ストーカーが捕まった以上、焦る必要はない。

 ログハウスでのんびり待てばいい。

「ふぅ」

 と、半ば無意識に安堵の一息が漏れた。

 私はこの時、完全に忘れてた。

 あいつらの――決して私のではないと信じたい――トラブルメーカー体質を。

 このくらいで、済むはずがなかったのに――

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