乾いた笑い
とりあえず、二人で外に出てみた。
「ヒャッハー! 火だあ!」
「……何やってんの?」
飛龍が、ごうごうと火を焚いていた。
1メートル四方、高さ50センチ程度の木組みの中で、真っ赤に燃え上がる炎。
そういえば、コイツ、なぜか火に物凄く詳しかったな。
ゴキブリが出た時も、殺虫剤とライターで「消毒だあ!」とか言って消し炭にしてたし。
「キャンプファイヤーには早くない?」
「こりゃあ昼飯用だあ!」
「昼飯?」
言われて時計を見たら、十時半を過ぎたくらい。
まだお腹は減らないけど、準備は始めるに越したことはない時間だろう。
「そうね。確か飯ごうも持ってきてたはず……」
「ヒャッハー! セット済みだあ!」
なるほど、黒い飯ごうがファイヤー脇にくべられていた。
十数個ほど。
「多いわ!」
「俺が食う」
杉林からぬうと現れたのはコング。
「あんたねえ……って、なにそれ」
コングは、肩から棒――と言っても、細めの丸太という方が近い――を担ぎ、その棒には何か巨大なものがくくりつけられていた。
その巨大なものは、良く見れば栗色の毛皮に、ブタを一回り大きくしたような体躯、短い牙を持った獣だった。
「猪を狩って来た。食おう」
「……」
奈菜が絶句して口をぱくぱくしている。
「あんた、私たちが二階でちょっと話してた間にもうこんな……」
「すぐ近くに居てラッキーだった」
普通ならキャンプ地そばにこんな巨大な猪が来てたらアンラッキーだわ。
「……私たちは捌けないわよ」
「問題ない」
言ってコングは左手を腰に伸ばすと、巨大なアーミーナイフを取り出した。
当たり前のように猪つきの丸太を片手で持てるのねコイツ。
猪はどう見ても一〇〇キロ超えてるのに。
「……せめて見えないところで捌いて」
「わかった」
コングはのしのしとログハウス裏に歩いて行った。
「さて……私たちはどうしよっか」
「……」
奈菜の反応が無い。
固まっているので手を眼前で振ってみると、はっと気付いた。
「あ……」
「中で野菜でも切っとこうか」
「う、うん」
カレーの具材を買って来ているってコングが言ってたから、それを下処理するのがいいだろう。
そう思って中に入って、キッチンで見たものは、山積みされたじゃがいもやニンジン、玉ねぎの段ボールだった。
あの軽自動車に、こんなに積んでいなかったはず。
昨日の時点でもう運んで来ていたんだろう。
律儀なのはいい事だけど。
いい事だけど!
そういう事じゃない。
修学旅行生用じゃないんだから、この量をどうやって剥けって言うのか。
一回ぶんじゃないにしても一食あたり一段ボールくらいの計算になる。
キッチンの奥には、人間がそのまま煮れそうなくらい巨大な寸胴鍋があった。
……ああ、だからあんなキャンプファイヤーみたいな火が要るのか。
「……ごめん」
付き合いが長いのに、あいつらの基準をナメてた。
「ゆ、ゆーちゃんが謝ることじゃないよ。頑張って剥こ?」
「そ、そうね」
しばらくじゃがいもを剥いていると、飛龍がやって来た。
「ヒャッハー! オレに任せろォ!」
飛龍は曲芸師のように軽やかな動きで包丁を操り、あっという間にじゃがいもを丸裸にしていく。
その手際の良さは流石だけど、モヒカンに包丁とか、通報されても文句言えないレベル。
「ヒャッハー! たまねぎも行くぜえ! ヒャア! 目がいてえ!」
コイツ、ハイテンションじゃない瞬間がないんじゃないか。
すぐに一日分の野菜――コングの分が常人の一〇倍近くある事を除けば――あっという間に下ごしらえは終わった。
鍋に水を入れて、その中に野菜を放り込んでいく。
と、奈菜がおずおずと、口を開いた。
「あの鍋……水入れたら持ち運べないんじゃ……」
巨大な寸胴鍋、それだけで数十キロあるだろうし、水なんか入れたら一〇〇キロをゆうに超えるだろう。
「大丈夫」
「へ?」
「猪をさばき終わったぞ」
入ってきたのは歩く筋肉ことコング。
「おお、下ごしらえは終わっているみたいだな。じゃあ鍋を火にかけよう」
コングは米袋を担ぐように、ひょいと鍋を持ち上げ、軽々持って行ってしまう。
「は、はは……」
奈菜の乾いた笑い声がキッチンに響いた。