ストーカーとマッチョとヒャッハー
「ゆーちゃん……最近困ってるんだけど……聞いてくれない?」
「もちろん」
発端は、いつものように高校の授業を受けて、その放課後、下駄箱のあたりで友人の草壁奈菜から相談を受けた事からだった。
奈菜は、今年に入ってクラスが同じになってからの付き合いだから、今が7月の終わりだし、友達になってまだ半年も経っていない。
でも、ちょっと気弱なところがあるけど、明るくて優しい奈菜とは、すぐ仲良くなった。
だから、相談を持ちかけられた時、嬉しかった。
もう一歩、信頼されたんだなって。
「ここでじゃなんだから……キタバでいいかな?」
「オッケーよ」
キタバっていうのは、某コーヒーチェーンに引っかけてそう名付けたらしい地元の喫茶店。
北茂雄っていうおっちゃんが店長してる。味は、自分がそういうのに疎いのもあって、普通に感じるけど、常連はそこそこいるらしい。
田舎特有の半端な広さの店の一番奥に席を取る。壁には南米っぽい写真がたくさん貼られているコルクボードや、ブラジル国旗が飾られていた。メニューはキリマンジャロがオススメって書いてるのに……。
子門真人激似の北店長からコーヒーが運ばれてきた後、奈菜はゆっくり口を開いた。
「……その、最近……ストーカーが……つけてるみたいなの」
「……ストーカー?」
テレビでもよく聞く言葉だ。
少なくとも私には縁がなかったから、どこか遠くに感じていたけれど、当然、この世のあちこちに存在するはず。実際にそれが友人に起きたと聞くと、急に背筋が寒くなる。
「……た、たぶん」
自信なさげに言ったけど、奈菜はかなりの美人だ。モデル体型ではないけれど、きれいな長い黒髪に、均整のとれたスタイル……アイドルグループの中に混じっていても違和感がない。
だからきっと、それは被害妄想じゃない。
「それで、具体的にはどんな事があったの?」
「う、うん……」
奈菜が語ったのは、最初は視線を感じた事。
それは、奈菜くらいの美人ならよくある事だ。
だけど、学校外でばかり感じる、というのが特殊だった。
つまり、その感覚を信じるなら、見ているのは同級生じゃない。
家に帰って、窓から外を見てみると電柱の陰に、パーカーのフードをかぶって、顔を隠した男の姿を見かけた事もあるらしい。
最近は学校のそばでも視線を感じるから、怖くて夜歩けないという。普段から一緒に登下校してるけれど、どおりで近頃不安そうにきょろきょろしていると思った。
ついに先日、今度は郵便受けやゴミ袋が荒らされていた形跡があったらしい。
こうなると、もう犯罪だ。
警察にも相談したらしいけど、反応は今一つだそうだ。
一応、郵便受けや荒らされたゴミ袋を調べてくれたらしいけど、指紋も出ず、警察としても警らの回数を増やしたりするくらいしか出来ないとの事。
ストーカー殺人みたいな事件が多い昨今、警察としても力になってあげたいが、二十四時間警護のような事も出来ないので、自己防衛に頼らざるを得ないと。
それから、タイミングの悪い事に、隣のF県でテログループが捕まったと最近報道があったけど、その関係で北部九州各県は、今大忙しで人手不足なんだそうだ。確かに、あの事件は連日ニュースになっているし、まだ残党が多く残ってるなんて話も出てるもんね……。
「なるほどね……」
「ど、どうしたらいいかな……ゆーちゃん……」
泣きそうな顔で奈菜が言う。
「うーん……捜査はプロじゃないから難しいにしても、ボディガードは欲しいところよね」
「で、でも、そんなお金持ってないよ……両親に迷惑もかけたくないし……」
この期におよんで、ご両親に迷惑をかけたくないというのは、奈菜のいいところでもあるけど、悪いところでもある。
ただ、確かにいつ何をしてくるかもわからない相手に、ずっとボディガードをつけることで対応するのは、よほどのお金持ちじゃないと無理だ。
なら、私が打てる手は一つしかない。
――不本意ながら。
「あのね……ボディガードのアテならあるわ。それもタダでやってくれて、とっても強いのが」
「えっ、ほんと?」
奈菜の顔がぱっと明るくなる。
「でも、後悔しないでね」
「えっ、なにそれこわい」