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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

銀髪の転生吸血鬼さんと銀色の英雄さん

「……ん」


 お昼寝から覚めて、瞳を開ける。いつも通りの目覚めに、慣れない臭いがあった。

 それは炎の臭い。そして舞い上がる砂の臭いだ。

 違和感に突かれるように身を起こせば、そこには――災厄が広がっていた。


 まるで夕日が堕ちてきたかのような光景だった。目に入る建造物はすべて壊されて、窓の一つすら無事なものはない。

 そこに住んでいた人の悲しみを代弁するように、巨大なビルが悲鳴をあげて崩れた。

 その光景をせっせと、まるで無心に動く機械のように作り上げているのは、たくさんの化物たちだ。


 それらは虫のようで、甲殻類のようで、魚のようでもあった。

 サイズはどれも不揃いで、形も個体差が大きい。しかしそれらの動きは、まるで一つの生き物のように同じ。破壊に破壊を重ねて、あらゆるものを砕いていく。


「これは……?」


 どういうことなのか、よく分からない。ここはさっきまで僕がいたところとは全然違う。

 僕が、玖音 銀士がアルジェント・ヴァンピールとして転生した世界と、ここは明らかに違いすぎる。

 破壊されつくされようとしている町並みはコンクリートが主で、どちらかといえば玖音 銀士が生きていた世界――日本に近いだろう。あんな化け物には、見覚えがないけれど。


「なにが――」

「――おおおおおお!!!」


 独り言をかき消すほどの雄たけびが、堕ちた夕陽を切り裂いた。

 見上げれば、そこには銀色に身を包んだ何者かがいた。声の主は、彼だろう。

 シルエットは人型だけど、その全身は銀色の装甲に包まれている。銀の身体のあちこちには、まるで力の流れを示すような黒色が引かれていた。

 朱の色を反射して、銀色の矢が黒を纏って行く。自らを足先から叩き落とすように、大型の化け物へと一直線だ。


 貫くというよりも、ぶち抜いた。


 命中した蹴りは打撃ではなく、貫通撃となった。一瞬だけ銀色が化け物の中に収まり、肉をぶちまけつつ反対側から現れる。

 破壊はそれだけで終わらず、穴を開けられた肉体が風船のように膨れた。内側から花を咲かすように、茜色よりも鮮烈な血しぶきが舞う。


 成果に一瞥をくれることすらなく、銀色は更に加速した。全身についた血液を速度任せに払い落とし、手近な化け物へと手刀をかざす。当然のように、砕いた。

 新しい返り血がつくたびに、それを速度で落とすか新しい血で洗い流すかして、次々と彼は死体の山を積みあげていく。

 化け物たちが世界を破壊するための機械なら、彼は化け物を破壊するための機械だとでも言うように、淡々とした気配すらまとって彼は全身を武器にした。次から次に敵を砕き、屠り、潰していく。


「……随分と派手な世界ですね」


 ここはあそことはまた別の異世界だろう。そして、僕が前世を生きた世界とも違う。

 どういうことかは分からないし、クズハちゃんたちのことも気にかかるけど、目の前で起こってることはどうしようもない現実だ。世界を移動するのは初めてではないし、そう驚くこともないだろう。


「おっと」


 化け物たちの矛先がこちらにも来た。カゲロウのような羽を生やした一体が、こちらに顎を向けてきたのだ。

 今、自分の姿は玖音 銀士ではなくアルジェント・ヴァンピール、つまり吸血鬼の肉体。かわそうと思えば、それだけで身体は高速で動いてくれる。

 数度ステップすれば、顎の範囲を抜けた。そのまま手近なビルの壁を、走って登る。


 ……この世界でも身体能力は健在ですか。


 速度極振りの素早さは、この世界でも充分に発揮されるらしい。とはいえ、このビルは速度だけで登り切るにはいささか高すぎる。やがて重力に捕まって、歩みが鈍ってくる。


「ブラッドアームズ。『縄』」


 落ちるのはごめんなので、迷わず動く。指の先を軽く噛み、流れた血で縄を制作する。

 その縄で輪を組み、遠隔操作で近場の崩れかけたビルの露出した鉄骨に引っ掛ければ、後は行くだけだ。


「よいしょっと……!」


 思いきりビルの壁を蹴り、飛んだ。

 離れた身体は縄に振られ、前へと出る。追加の縄を作って別のビルへと引っ掛けて、リレーするように加速し、崩れ行く街並みを行く。

 そういえばこんなヒーローいたな。蜘蛛がモチーフだったと思うけど。今は関係ないから、どうでもいいか。


 目的は当然、銀色の彼だ。まずは話が通じそうな相手と接触しないと、この場所の名前さえ分からない。

 状況は分かるけど、どうしてこうなっているのかが不明だし、あの化け物たちを片付けないとゆっくりお昼寝もできやしない。


 何度かのアクロバットを繰り返して、彼の近くにたどり着く。ちょうど、大きめの蟹に似た化け物を「踏み砕いた」ところだった。


「こんにちは」

「……!?」


 気軽に挨拶をしたつもりだけど、相手は明らかに警戒した。飛びすさって、数メートルの距離を開けられる。

 こちらから離れたものの、相手はいつでもこちらの懐に入れる姿勢だ。拳は浅く握られ、腰は軽く落とされている。全身から適度に力を抜いた、即座に速度の出せる姿勢。


「……民間人じゃないな? 誰だ?」

「えーと……まあ、ただの迷子です」


 異世界人ですと言おうとして、さすがに飲み込んだ。

 初対面でいきなりそんな自己紹介したら変な人に思われてしまう。なんかもう手遅れっぽいけど。


 相手は全身を甲殻じみた装甲で覆っているので、表情は見えない。それでも明らかに気が抜けたような反応をした。体勢が一瞬だけ崩れたのだ。

 その隙を突くように一匹の化け物が爪を閃かせて飛来したけれど、さすがにそれは拳の一撃で叩き落とされた。


「風さん、お願いします」


 こちらの方にも一匹飛んできたので、風魔法で吹き飛ばした。倒してはいないけど、会話するのに邪魔だ。

 魔法も、吸血鬼の能力も問題なく使えることに満足しつつ、僕はさらに言葉を重ねる。


「見ての通りこちらも襲われてるし、状況が分からなくて困ってるんです。手伝いますから、ちょっと後で世界の状況を教えてくれませんか?」

「突然の闖入者で、状況が分からないのは俺も同じなんだが……」

「闖入者ではなく、アルジェント・ヴァンピールです。……来ましたね」

「ああ、そうだな。俺のことは……01(ゼロワン)と呼んでくれ」

「分かりました。それじゃあ……」

「行くか」


 相互理解が終わった瞬間、化け物たちが殺到した。そういえば、この化け物の名前聞くの忘れてた。どうでもいいけど。

 個体差はかなりあるけど、基本的には突っ込んでくる。何体かは遠距離攻撃もできるらしく、鱗のようなものを飛ばしても来るけど軌道は単純。まっすぐに、こちらを殺しにくる。


 視界が埋まるようか攻撃の連続。対応はお互いに回避を選んだ。僕は速度任せ、01さんの方はかわしつつも手近な敵を無造作に潰した。


「派手ですね」

「こいつらに言葉は通じない。殺すしかないぞ」

「それでは僕も遠慮無く。ブラッドアームズ、『鎖』」


 01さんが潰した化け物の血を手に取る。使えるかと思って試せば、問題なく鎖に変化した。これなら自分の血がいらないから楽だ。

 攻撃をかい潜り、踊るように鎖を舞わせた。

 血液はいくらでも提供されるので、遠慮はしない。こちらを押しつぶすほど来るのなら、それをすべて止めるだけの話だ。

 血の鎖が僕ら以外のすべてを絡め、留めた。そして動きの止まったものを、01さんが迅速に叩き潰す。そうして流れた血は新たな鎖となり、包囲網を広げていく。

 お互いになにか話し合ったわけではない。それでもこの時点で、お互いの役割が決まった。


「任せますね」

「そっちもな」


 手近な敵を縛り、遠い敵は捕まえて引き寄せる。そうして射程距離で停止した側から、01さんが蹴りで、手刀で、拳で、砕いて倒す。

 銀色が疾り、黒が振るわれるたびに死体が積み上がって山になる。その中心で、僕も銀髪をなびかせて踊った。


「くっ……!」

「痛いの痛いの、飛んでいけ」


 さすがに無理に動いているのか、時折攻撃を受け流したときなどに01さんがうめき声をあげる。

 僕が来る前から戦っていたなら、どこか怪我をしていてもおかしくはないだろう。激しく動き回っているから、遠距離から治させてもらった。


「これは……治癒能力か!? お前本当に何者なんだ……!?」

「今それを言ってる場合で……っ!?」


 唐突に、影が落ちた。

 振り向くように天を仰げば、今までに倒してきたものの三倍はある化け物がいた。単体でビル以上の大きさがある、超大型だ。

 尋常ではない大きさが、隕石のように落ちてくる。あれはさすがに、縛る程度では止められなさそうだ。


「……でかいっ!!」

「うわ、面倒くさっ」


 お互いが感想を述べている間にも、黒い空は落ちてくる。明らかに仲間の屍骸ごとこちらを潰す動きだ。


「チッ……アルジェント!!」

「ひゃっ!」


 素早くこちらにやってきた01さんが、僕をさらって加速する。荷物のような扱いではなく、横抱きにしたお姫様スタイルだ。気遣われてるのかな。

 自分で走っても回避できなくもないと思うけど、向こうが運んでくれるなら楽だ。特になにも言わず、振り落とされないように身体を寄せた。

 ひんやりとした銀色の身体は、触れていてなかなか気持ちがいい。黒のラインをなぞると、対照的に温かかった。


「ありがとうございます、01さん」

「舌を噛むなよ……!」


 注意されたので、噛まないように口をつぐむ。安全圏までの道のりを、01さんは障害物を蹴り飛ばして進んだ。僕の方も指先から流れる血で鎖を作り、なるべく瓦礫や死体を退ける。

 そして巨体が落ち、地面が沈んだ。埋め立てられたコンクリートの大地は砕け、めくられるように地面が顔を出す。

 揺れが起きたことで01さんは体勢を軽く崩したけど、持ち直した。動きは早く、しかしこちらに気を遣って、彼は僕を降ろしてくれる。退避は無事、成功したのだ。


「後はあれだけだな」

「さっさと片付けちゃいましょうか。んっ……ブラッドアームズ、『トライデント』」


 手首に牙を突き立て、あふれた血液を武器に変える。

 巨大と言っていい大きさの相手を貫けるだけの、三つ叉の大槍。50メートルほどの長さと、それに見合った太さの武装を、僕自身の血液から創り出す。


「それでは01さん、お願いしますね」

「……ああ!」


 意志の疎通はそれだけで十二分だ。 槍の穂先を相手へ向け、突撃させる。

 ブラッドアームズの遠隔操作は決して早くはない。相手の甲殻は硬そうで、そのままなら貫けないだろう。そのままなら、だ。


「おおおおおおっ!!」


 瓦礫を踏み砕き、空気すら置き去りに、銀色が黒のラインを刻んで突撃する。

 拳を振り抜くのは、敵はなく紅槍の石突きに向けて。

 打撃を火薬として、巨大な杭打ちが吠えた。外殻を引き裂くように、紅が敵を打ち抜く。


 01さんはそこで相手を許さず、仕上げにかかった。ここまでくれば僕がすることはない。見守るとしよう。

 全身に引かれたラインが光を放つ。自らの光を浴びて更に輝くボディは、まるで銀色の太陽だ。


「ッオオオオオオ!!!」


 咆哮と共に、01さんが逆の腕を振り抜いた。

 それが単なる打撃ではないことは、即座に起きた変化で分かる。打撃の中心点から、血液が沸騰するかのように外殻が盛り上がり、止まらない。

 巨大な肉体の全身が痙攣し、内側から銀色の光が食い破った。

 破裂した肉片や血が舞い上がり、やがて生ぬるい雨となる。


「……とりあえず、これで終わりですかね?」

「ああ。今回は、な」


 今回はということは、こんなことは一度や二度ではないのだろう。やれやれ、面倒な世界に来ちゃったかな。

 溜め息をついてみても、元の世界に戻るわけではない。この世界で、なんとかやっていくしかないか。


「改めて、話を聞かせてもらうぞ」

「ええ、それはもちろん。その前に、ひとつ良いですか?」

「……なんだ?」

「疲れたんでちょっと寝ますね」

「は? お、おい!?」

「どこか運ぶなら寝てる間に運んでくださいね、それじゃおやすみなさい」


 抗議の声が降ってくるけど、こっちはもう十分働いて疲れている。

 ここがどこにしろ、疲れれば眠い。当たり前のことだ。それならお昼寝するのも、やはり、当たり前だろう。瞳を閉じれば闇があり、眠気がやってくるのは変わらないのだから。


「綺麗になぁれ……ぐぅ」


 自分と相手。血に濡れたお互いを清潔にしてから、僕は意識を落とした。

 

 さてさて、今度こそ僕を養ってくれる人は見つかるかな?

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