ホネのカケラ
窓の外は、木枯らしが吹き荒れ、雲もその日ばかりは暗い色合いで無表情な顔をして低い空を流れていった。
それとは対照的に、ロディ・マクドネルは上機嫌であった。鼻歌交じりに自室のベッドの上で小さなプラスチックケースと
戯れていた。その中身は5センチばかりの化石、『アロサウルスの歯』であった。
「買っちゃった~。おばあちゃんには特に内緒ッ!」
それもそのはず、全財産の2分の一を投じて買った物体は『偽物』であったからだ。とはいっても、悪意のある思惑の産物ではなく、
れっきとした『レプリカ』といったものであった。それを買ったのは2時間前、学校帰りに迎えに来た兄と一緒に蚤の市に行った時であった。
「オジさん!俺、子供だけど売ってくれる?」
赤いニット帽をかぶり、職人風の前掛けをしたそのオジさんは、お客が小学生なのを知ってしばし思案げな顔をした。
「いいんだが、こういう『高価なコレクション』みたいなのは、誰かにプレゼントしてもらったほうがいいんじゃないか?結構高いよ・・・。坊主はまだ子供なんだしさあ、誕生日かなんかにさあ。」
「いいんです。俺の家族はみんな、俺が化石が好きなの知ってるけどプレゼントはしてくれないから。それに偽物・・・いや、レプリカ
でもいいんです!俺、アメリカの博物館まで行ったことないから本物かどうかの区別なんてつかないからいいんです!」
「お兄ちゃん、この子こんなこと言ってるよ。返品にくるのは自由だけど、勝手に買ったら家族に怒られないかなあ。オジさんはそれが心配。」
少年を迎えに来ていたニットセーターにダウンジャケットを着込んだ青年にオジさんは声をかけた。彼はくすくすと笑いながら答えた。
「きっと怒られるでしょうね。でも返品には来ないと思います。コイツは、抱え込んだら離さないので・・・」
ルークはロディを見やると、また笑いながらオジさんに向き直った。
「それにさっき触らせてもらいましたけど、結構な細工モノですね。これならウチの家族も気に入る・・・いや、大切にすると・・・。」
それを聞くと、オジさんはドキッとしたような顔になった。
「まあ、手が込んだモノだからさ・・・!」
そのオジさんは誇らしげに胸に手をやった。
「なんたって宝石細工で有名な・・・・いや、この話はやめておこう。長くなる」
「宝石?どうみたって化石でしょ?緑色してるし・・・あ、なんか縞模様がある」
ロディは『化石』をまじまじとみた。それには、絶妙なアーチを描く半月状の歯に、内側にはギザギザしたノコギリ状の凸凹がつき、
根元は残念ながら折れていた。完形ならばいくらのお値段がついたことだろう。
「まあ、流行りの3Dフィギュアとは違うがね。お値段はこんなところ。お小遣いでたりるか?」
オジさんに聞かれ、ロディは持ってきていたがま口財布を広げてみせた。全財産の金貨が4枚入っている。
「毎度有り。」
オジさんはその中から金貨2枚を取り出すと領収書を書いてくれた。それにはなぜか『マイヤーズ宝石工房』と書かれていた。
「宝石??化石屋さんなのに・・・」
ロディが頭をひねっていると、ルークがその背中を押した。
「帰るぞ」
なおも不思議そうにしている弟を引っ張って行くと、ルークはロディに念押しした。
「お婆さんには内緒にしとけよ。ゴミ箱にぽいされるぞ?」
「うん、そうしとく」
ロディは素直にうなずいた。祖母の直感とニセモノを許せない気性は彼もよく知っていた。
「でもどうしてあんなレアな店に気付いたんだ?学校のパソコンの授業で『化石』とでも検索したのか?」
ルークに不思議そうに聞かれてロディは答えた。
「夢でみたんだ。店の名前まではわからなかったけど・・・アメリカの博物館にある化石と一緒の型をした化石が置いてあったからね、
どうしても欲しくなっちゃって」
「そうか・・・」
ルークはそういうのが精一杯だった。弟には妙な特技があった。正夢というか、夢のレベルを超えた映像を見るのであった。
部屋に戻ったロディが鼻歌を歌っている頃、ルークは母に事情の説明をしていた。
「お祖母さんには知らせないで・・・。捨てられる」
「学校の帰りにこんな高いモノ買って!あなたが一緒にいて買わせたの?役立たずッ!」
母・アデラの怒りももっともであった。
「ごめんなさい。でも、ロディがあんまりにも嬉しそうだったから・・・」
「謝っても無駄よ。イネスにも話してきっと返品させてやるんだから」
「まあ、もう少し俺の話を聞いてよ」
そう言って、ルークはアデラに何事かを囁いた。
「ふーん。それじゃあ返品は撤回させてもらうわ」
そのかわり『化石』は、リビングのコレクションボックスに展示ね。そう言って彼女は夫のイネスにメールを打ち始めた。
よし。とルークは思った。ロディには『化石』が自分だけのものにならずにかわいそうだが、お婆さんに捨てられるという
大惨事は避けることができそうだった。
しばらくして、やたらと上機嫌なロディが部屋から出てきた。アデラはさっそく彼のほっぺたを両手でむにっとつかむと、
お説教を始めた。
「こら。お兄ちゃんに無理を言って『化石』なんて高いものを買いに行ってきたんだって?」
「謝らないもんね~。もう俺の宝物だもんね~」
アデラはロディの頭を軽く叩くと、体をぐいと引き寄せ、耳元に囁いた。
「早く出しなさい。お婆ちゃんにポイされる前にリビングに隠しておいてあげるから・・・」
「え~?俺の部屋に隠しておくのが一番安全じゃないの?」
「私もそう思って何度痛い目を見たか・・・いや、その話はいいわ。ニセモノでもその『化石』には価値があるのよ。
お祖父ちゃんに見てもらうまでは、捨てられるわけにはいけないのよ」
「・・・・・・・・」
ロディはしばし無言でアデラの目を見つめていたが、部屋へと駆け出すとさっさと『化石』を隠してしまった。一番安全な「通学鞄」
の中へと・・・。しかし、蚤の市のオジさんが『化石』を入れてくれたプラスチックケースはそのままにしておいたので結構かさばってしまったが。
「ロディ、またそんなとこに隠して・・・」
続いて部屋に入ってきた母にあっさり隠し場所を見破られて、彼は困惑した。といっても、ケースの型に鞄が膨れていたからであったが。
「学校に持って行ったりしないよ?」
「・・・・・・・」
今度はアデラがロディの目を見つめる番だった。
「リビングに展示の刑よ」
「やだ」
学校鞄を引き寄せ、ロディは必死に鞄を抱えて抵抗した。しかし、それもむなしく『化石』は展示ケースごと母に奪い取られてしまった。
「これでよし」
しかし、リビングのコレクションボードの中にある大理石製の時計の陰に隠された『化石』は、戸口の位置に立つと丸見えであった。
「母さん、隠す位置をもう少し考えようよ」
「ええ。あなたも考えて、ルーク」
ルークは三つあるイースターエッグの位置をずらしてその真ん中に『化石』を置いてみた。しかし、それも悪目立ちしすぎた。今度は父・イネスの
酒コレクションの真ん中に置いてみた。クリスタル製の瓶に隠れて、これではどこからも見えまい。
「これなら・・・ッ!」
「なにを隠したんだ」
背後から唐突に現れた父に、二人はびくっとなった。
「ああ、なんでもないんだ」
「今はなんでもないのよ!」
適当に言葉を並べると、アデラは夫に向き直った。
「ちょっと困ったことがあってね・・・」
「ロディの買い物だろ?まったく・・・」
茶色いくせ毛の頭から黒い帽子を取ると、彼は革製のジャケットを脱ぎに玄関に戻った。
「小学生のくせにあんな大枚をはたいて。ブツはどこにあるんだ」
「ここよ」
アデラが酒コレクションの真ん中を指差していった。
「こんなところに隠しても、ずらしたらすぐにわかるだろうがッ!」
玄関から戻ってきて、彼はさっそく『化石』を手にとった。ケース越しに存分に観察すると、ふんっと鼻を鳴らしてイネスはそれをアデラに返した。
「ニセモノにしては良く出来てるじゃないか・・・ホネなんか・・・」
ぞっとしたように厚手のシャツの襟を手で合わせなおすと、彼は『化石』を指さした。大学で特殊義体の研究をしている彼は、どうしても
生モノの死体や骨といったものが苦手であった。
「とりあえず、お祖母さんには内緒・・・」
うん、と三人はうなずきあった。
アデラは第三の隠し場所探しに奔走した。
「お母さんの立ち入らなさそうなところ・・・台所!でも前に砂糖細工っぽいプラスチック立像を隠した時にバレたな・・・
あれも結構高かったのに・・・じゃあ、ベランダの観葉植物の鉢の中・・・は、偽宝石のついた指輪を隠したときに・・・
ああッ、隠し場所に困る。イネス、なんかいいところない?」
「私に聞かれても・・・隠し事なんかしたことないし。なあ、ルーク」
「ええ?俺に聞かれても・・・母さんに内緒で高い万年筆を買ってたことしか知らないし」
「なんですって!?無駄使いッ!」
なんだかんだ言いつつ隠し場所探しは難航していた。
「明日お父さんが帰ってくるまで持ちこたえればいいのね?ルーク、その『化石』が宝石製だってのは本当なんでしょうね?」
「俺が間違ってなけりゃね。種類まではわからないけれど、ドイツの工房で研磨された宝石製だよ」
ルークは物に宿った強い念を読み取る能力を持っていた。その彼が言うのだからアデラはそれを信じるしかなかった。
「お義父さんに鑑定してもらってだ。ダメな宝石ならポイされてしまうのか?」
宝石のことに関しては厳しい、魔術師たる義父を思い浮かべ、イネスは疑問を呈した。またもやポイされる危機がでてきた。
「うーん。どうなるのかなあ・・・」
ルークもイネスも心配そうに眉を潜めた。
「じゃあ、買ってきた本人に明日まで守り抜いてもらおうか・・・」
父はそう言うと、ロディを呼びに行った。
「・・・ということで、明日は学校鞄の中にコレを隠して生活するんだ。」
「えー?さっきは母さんがダメだって言ったよ?」
「事情が変わったんだ。明日一日護り抜きなさい!友達にも内緒でな・・・」
「うん・・・友達にも内緒・・・」
なんだか自信なさげにロディはうなずいた。
「要するに、鞄から出さなければいいんだ。できるな?」
ルークの言葉に彼は再びうなずいた。
「それならできる」
ロディは嬉しそうに言うと、『化石』を持って部屋へと駆けて行った。ルークが様子を覗いてみると、
きちんと学校鞄の中にしまいこんでいるらしかった。
「今日という日はお母さんをやり過ごすのよ!」
一致団結して大人三人はロリーをやり過ごした。口止めをするまでもなく、宝物の未来がかかっているロディは
余計なことを言わなかった。
そして次の日、宝物の命運はロディにかかっていた。
彼が起きる頃にはすでに職場に向かっている両親を除いて、祖父母に見送られたロディは、スクールバスのバス停までルークに送っていってもらった。
「生徒指導なんかにバレるんじゃないぞ。アガット先生に見つかったら家族に電話されてしまうぞ?」
「脅さないでよ、兄さん。俺、ちゃんとやるからさ」
兄の心配したようなことは起こらなかった。彼は無事に宝物と一緒に帰ってきたのである。
「なんです?みんな変な顔して・・・何か私に隠し事でも?」
訝しるお祖母さんことロリーが帰ってきて、食事を前にリビングに集まった四人は至極自然な感じで振舞った。
「なんでもないよ、お祖母ちゃん」
「今日は特に寒かったからね。ロディに学級閉鎖の話を聞いてたんだ」
「そうそう。インフルエンザが流行っててね・・・」
「ウチの大学でも、保健管理センターが大忙しでして・・・」
ロリーは彼らを見つめると「そうですか」とだけ言った。
「そのうちに教えてもらいますから・・・」
げっ、とアデラは息を詰めた。
(お母さん、なにもわざと隠してるんじゃないのよ。だって言ったら捨てちゃうから・・・)
ロリーはそんなアデラを見つめると言った。
「お祖母ちゃんに知らせたら捨てられちゃうもの・・・」
そう言ってからロディは慌てて口をつぐんだ。
「私が何を捨てるって?それはあなたが整理整頓しないからでしょ」
そう言うと、彼女はさっさと第四の隠し場所、ちょっと怖い顔をしたフランス人形の服の下へと手を伸ばした。
男性陣は首をすくめて(そんなとこ探すとは・・・)ことの成り行きを見守った。
「見つけた。なにこれ・・・」
ロリーはいろんな角度からプラスチックケースに入った『化石』を眺めた。
(またポイされる・・・!)
アデラも首をすくめてことの成り行きを見守った。
「ホネのカケラなんか買ってくるのはあなたくらいね、ロディ。しかも、こんなニセモノ・・・」
しかし、ロリーはきっちりと結い上げた頭を揺らして、ロディに囁いた。頬をむにっとつねりあげながら。
「今日、お祖父ちゃんが出張から帰ってくるから、見せてあげなさい」
「うん、わかった」
頬をつねられたままくぐもった声で答えると、ロリーはそっと手を離した。
(ポイされなかった。でも、お祖父ちゃんに見せても喜んでくれるのかなあ・・・)
「お母さん、なんで今回はポイしないの?珍しいじゃない」
「アデラ、私でもなんでも粗大ゴミに出したりはしないのよ・・・私があなたの私物を捨てるのは
シェイクスピアの初版本とかいったまがいものを安値で買ってきたりしたからよ。」
「そう?テディベアのまがいものも捨てちゃったじゃない。あのバッタもん感が気に入っていたのに・・・」
「今回のはそんなものとは別物よ。ニセモノでも、ちゃんとしたニセモノなんだから」
「違いがよくわからないけど、価値はあるものっぽいのね」
ロリーはうなずくと、ロディの頭を小突いた。
「でも、全財産を傾けてこれ以上コレクションしないことを約束してくれるかしら?」
うん、とロディはうなずいた。
「一個だけにしとくよ、お祖母ちゃん!」
大人になったら自分で本物の化石を掘りに行くんだ、と彼は言った。
「それは楽しみだこと」
ロリーは、その頃になると私は本物のお婆ちゃんね、と言って他の四人を笑わせた。
食事の用意とはじめたアデラを手伝い、ロリーはルークとロディにテーブルの準備をするように言いつけた。
「今日の晩御飯は、卵サラダとサーモンの香草包み焼き、トマトスープです!」
お手伝いさんのルシアおばさんが残したメモを読み上げつつ、アデラが温め直した料理をテーブルの上に並べた。
一同はそれぞれの皿を受け取って、小皿やフォークなどをお互いに渡しあった。
「いい匂い」
ロディは包み焼きのアルミホイルを開きつつ言った。
「パンもあるわよ。みんな取ってちょうだいね」
アデラが銘々の小皿にパンを配りはじめた。
「ありがとう」
イネスもパンを受け取って、アデラに礼を言った。
「それじゃ、食事にしましょうか」
「いただきまーす」
ロリーが言ったのに、ルークが反応した。
「スープのおかわりはあるぞ。ロディ、あわてないで食べるんだ」
「はーい」
能天気に答えると、ロディは待ちに待った人が帰ってきたのに気がついた。
玄関のドアがすっと開き、そこから背の高い赤い髪をした老人が入ってきた
「お祖父ちゃん!」
ロディは席を立つと、老人に抱きつきにいった。
「おお。今帰ったぞ。今回の出張はちょっと遠いところまでいったからな・・・遅くなってすまん」
「お帰りなさい。食事の支度ができていますよ。」ロリーがほっとしたように言った。
「ただいま。とても腹が減っていたんだ。列車の車内販売でコーヒーの飲んだ程度じゃ腹は膨れん」
それを聞いていたイネスが切り出した。
「お義父さん、食後でいいんで少し見ていもらいたいものがあるんです。」
「なに?今持ってきなさい。別に時間はかからんだろうに・・・」
「じゃあ、ロディ、お祖父ちゃんに見せてあげなさい」
「うん」
ロディはサイドボードの上に置いてあった『化石』を祖父の手の中に押し込んだ。彼はそれをケース越しにしげしげと
眺めると、ため息をついて黙ってしまった・・・。
アデラとイネスは息を飲んでそれを見守った。ニセモノのうえにニセモノだったらポイされてしまうのだ。
「いい細工ものをみつけたな。さすがわしの孫だ!」
二人の予想に反して、祖父・エイドリアンはロディの肩を叩くと、嬉しそうに微笑んだ。
「瑪瑙製の宝石細工だ。色は灰色で悪いようだが、化石の質感をよく出していて見事なもんだ。細部のしつらえもしっかりしていて、
並のレプリカとは格がちがうな!」
「そうなの?お祖父ちゃんッ!」
老人はもう一度いいものだと繰り返すと満足げにうなずいた。
「わしに一週間ほど預けてみないか?コレにふさわしい番人をつけてやろう」
「番人?俺も自由に触れなくなるの?」
「そんな心配はいらんよ。もしくは手間のかからないペットが増える程度か・・・」
ロディは首をひねった。世話しきれないからという理由でトカゲもオカメインコも飼えない身の上なのに、ペットだなんて・・・。
それから五年後、ロディは中学生になっていた。
「おはよう、栗まんじゅう!」
自室に飾った例の『化石』の横には、茶色い色変わりのチンチラネズミがうずくまっていた。背中を掻いてやるとちいっと鳴いてそれは答えた。
背中には芥子の実よろしく白い斑点が散らばっている。
宝石に詳しい魔術師たる祖父は、また亜精霊の精製の名手でもあった。亜精霊とは、宝物や大事なものに憑ける守護のようなもので、古い時代
には毒を持った蛇だのライオンだの、おどろおどろしい動物をモチーフに創られたようだが、近頃ではもっと親しみやすい小動物を創るのが流行り
のようだった。
学校に行く前に、ロディは昨日栗まんじゅうが散らかした大学ノートを片付けながらゲンナリとしていた。
「手のかからないペットねえ・・・」
ボソっとつぶやくと、聞こえたのかどうかわからないが、チンチラネズミは毛づくろいを必死にし始めた。
「まあいいけど?」
歯型でぼろぼろになったノートをゴミ箱に捨てると、ロディはボストンバックを肩にかけた。
「おとなしくしてろよ」
頭をなでてやるとネズミはもう一度ちいっと鳴いた。
「それでは行ってきます~」
ロディはまだ家にいた祖父母に挨拶してから家を出た。
化石コレクションにもうニセモノが加わることはなかった。