彼の誤算
俺は走っていた。
学園の寮や門をすり抜け、王都の下町を抜け、表向き寂れた裏道までひた走る。
店の横に積まれた木箱を足場に塀の上へ、塀や屋根を伝いできる限り最速にショートカットして、陰から陰を跳ねるように移動する。 人通りの少ない寂れた裏通り、と言っても、大通りは下町と一緒だ。 複雑なのは乱雑に整備され、行き止まりも多いわき道。 人の家の中を通るような抜け道だって、結構ある。
おおよそ道と呼べない場所も通り、やっと友人宅のある廃墟の一角に辿り着く。
道中の罠は作動させないように気をつけたが、こっからは無視だ、無視。
基本人いないし俺が作ったのもあるし。
崩れそうな石段をダダダッと駆け上り、左手の三番目のドア、そのノブの反対側の窪みを叩きつけるように押し開けた。
それから目一杯叫ぶ。
そりゃもう、ここまで我慢してたものを全部発散させるくらいに。
「ジィーーン! 聞いてくれ、ジィーン!!」
「お、おぅ。……どうしたよ」
バンッ! と勢い良く飛び込んできた俺を見て、ジィーンが驚いている。
黒い髪に黒い瞳。 正確には灰羽色のくすんだ紺だが、薄暗いところで見ると十分黒に見える。
その色が懐かしく、ジィーンの作る道具にも興味があったため割りと強引に友人となったが、年が近いことも手伝い今では悪友 兼 相棒だ。
一方通行ではないと信じている。
いつもなら笑っていても抜け目無い光を浮かべている眼は驚きに見開かれ、そのまま器用に眉が顰められた。
ちょっと五月蝿そうだ。 まあジィーンが実験で異臭を撒き散らすから周辺には人住んでないし、大丈夫だろう。
「ここら一帯に響き渡りそうなほど叫びやがって……ん? お前しばらく来れねーって言ってなかったか?」
そりゃ、本当なら今は卒業試験受けて結果待ちの状態だからな!!
この結果次第で配属先も決定するし、いつ呼び出されるか分からなかったから寮から出るわけには行かなかったんだよ。
勿論、探されてたら隠し音声マイク付きセンサー(指定した単語に反応)ですぐ分かるが、距離があるのはどうしようもない。
じゃなくて!! その配属先が問題なんだよ!
「俺、宰相直属になった!」
「はぁ?」
ぽかん、と口をあけたジィーンの表情は、ここ3年付き合ってきた中でも一等レアだった。
宰相に会って試験の結果によらず直属になるようにと脅されたこと、俺が寮を抜け出していることがばれていたこと、実はステータスっぽいのがあってそれを見せられたこと、店を続けてもいいがその場合監査が入ること。 あと、なんかジィーンとの作品にも興味を持たれてたかも……云々かんぬん。
俺が事のあらましを説明し終えると、ジィーンはトントンとこめかみを叩いて頭が痛そうに俺を見た。
よせやい。 そんな目でみられると照れちまうだろ? あっ、嘘です。 ごめんジィーン見捨てないで!!
ちょっと自分でも良く分からないテンションのまましゃべると、ジィーンは実に面倒くさそうに溜め息をついた。
視線がさっきよりも冷たくなったのは気のせいですか? あ、そうですか。 気のせいなわけねーですよね、はい。
冷やかに一瞥されて流石に落ち着いてきた俺を、ジィーンがバッサリと断ち切った。
「つーかそれ、さあ。 自業自得じゃね? 巻き込まれそうな俺のが可哀想」
「……だよな、ごめん」
やらかした感のある俺は何も言えず、気まずさを誤魔化すように眼を逸らして、ポリポリと頬を掻いた。
いやさ、俺だって、我慢はしたんだよ。
ただあの緩い国で生まれ育った記憶のある身としては、すっげーストレスが溜まって。
体に悪いからこれはダメ、あれもダメ。
魔法で誓いを立ててるからごまかすことはできないし、思想の制限あるし、娯楽ないし。
そりゃ清潔なのはいいけど、ちょっと汚したままにしてたら『汚染が○○%に及んでいるので洗浄してください』って何!?
それもうファンタジーじゃなくて科学だろ! 近未来的な!! SFとか!!
そう! ファンタジー!!
俺ファンタジーの世界に転生したんだよね? 竜とか魔法とか、あの! 国中が夢にまで見た!!
なのに魔法は使用制限がありますって。 竜は絶滅危惧種なので保護対象です、とかって。
なにそれ。 なんなのそれ。
ここファンタジーの世界じゃないのかよ!!
夢がない! 希望がない!! 冒険がないっ!!
ハァーッ、ハァーッ
……ともかく、そんな感じで俺は鬱憤が溜まってたっつーわけ。
だからさ、
身体に刻まれた魔方陣の解析を5年かけて頑張って、さらに2年かけて書き換えて。
最初の3年くらいで隠された陣を見つけ出せる眼――空気中に定着した魔力を見れるようになった――を手に入れて、そっからの派生で防衛 兼 探知機の結界すり抜けられるようになって!
正確には“すり抜ける”んじゃなくて、回路を“誘導して置き換える”ことで別のとこに繋げて空間を空けたんだけど。
大変だった! すっげー大変だったんだよ、これがっ!!
具体的には、岩の間をちょろちょろ流れてくる滝?水?を零さずに手でバケツに移す感じ。 いい娯楽になったけど!
おかげで学校では必要最低限しか勉強せずに成績は地を這った。 んなことはおいといて。
やっと、やっっと外で自由に遊べられるようになったかと思えば、正規の店は全部似たような結界張られてるから見つかる危険性大だったし! 結界より何より、平日の真昼間に学生がうろついてたら通報されるわっ!! うん知ってた!!
だからどこ行ったよ、ファンタジー……なんて言いつつ諦めきれずに散策してみれば、なんか後ろ暗そうな界隈もあるわけで。 こんなとこはどこの世界も一緒だよなー。
んでまあ、健全な、善良な一般市民もとい青少年としてはこういうとこに行ってもいいのかなーとはちょっと躊躇したわけ。
けど考えてみたまえ。 漫画もない、ゲームもない、ネットもなければカラオケだってありゃしない!
鬱々と魔術を解析するだけの日々に突如現れた、刺激的(だろう)な世界!!
ちょっと危険に鈍くなってもしょうがないってもんだろ。
一応2時間後に救援用の魔法を用意して、いざ――……おっと。
しぶしぶ裏の世界に足突っ込んでみれば――、まあ、色々波乱があって楽しかったわけですが。
やたら危険察知能力が上がって気配消すのも上手くなってたから、何か隠密っぽいなーとか、動物じみて来たなーとか、色々思うところもあったりなかったりしたけどさ。
8年くらいかけた成果としては、今後も使える技量だしっつーことで概ね満足してたわけ。
それからはちょくちょく抜け出して遊びまわって、たまーに憂さ晴らしも兼ねて嫌いな奴にちょっかい掛けたりもして。
何か勘も鋭くなるし音や気配消すのも上達して、学院で習うロングソードより短剣の方が性に合ってたりしたわけですが。
そんなこんなで友人や馴染みの店もできたり、小遣い稼ぎに何でも屋始めたりして楽しんでたんだけど……
まさか、ここにもステータスとかあって、それが学園卒業時の16歳で開示されるとか。 個人情報がどーたらとか、職業選択は適正で決まるわけではないと、そういうアレコレで滅多に見れるわけではなくても、一定の地位であれば見れるとか。
で、その一定以上の地位の奴にうっかり魔力痕見られて興味持たれる、とか。
知るか! そんなもん!!
ステータスが開示されるのは王侯貴族(3~7歳くらい)だけ。
オーパーツのため数が少なく、ついでにコストも馬鹿ならない。
貴族は(一定の地位以上)回数制限ありの複製を持っており、自分より下位の者に使用できる。
職業選択の自由は、本当に重要な地位を貴族が占めるため。
平民は7歳ごろになると招集され、学園の寮で生活する。
基本的に重役には就けない。
近くなら通いでもいいが、基本的に辺鄙なところにあるため、貴族への処置。
多くは一人部屋だが、希望すれば一人部屋になれる。
(総合点10以内と各科目3位。重複可で繰り上がりなし。)
主人公は魔方陣理解で2位。他が壊滅的。
特に歴史と数学は前世の知識が足を引っ張る。