第一話
ズキン。またいつもの頭痛だ。
今は、4限目。この学校では3限目と4限目の間に昼休みがある。お腹がすく俺にとってそれはとても嬉しいことなのだ。
が、そんなことは今はどうでもよく。
授業開始10分、激しい頭痛に襲われた。
風邪をひいたときのようなズーンとした痛みではなく、ズキンズキンと時計が秒針を打つような痛み。
授業は50分。あと、40分もこの痛みに耐えなくてはならないのか・・・。
こんな時は寝たら気分がよくなることを知っている。しかし、今の授業は数学。
数学の担当は萩野。通称、つばとばし。その名の通り(いや、そのあだ名の通り)話すたびに唾が飛んでくる。みたところ40代前半といったところだが、その頭は額から頂かけて禿が広がっている。
わかるとは思うが、こんなあだ名がつく教師が好かれているわけがなく、とにかく口うるさいのだ。
そんな教師の授業で寝れば、説教されるのはもちろん、点数を容赦なく下げられてしまう。
ならば、「体調が悪い」と告げて保健室にでも行けばよいのだが、ここは進学校。静まり返っている教室でそんなことは言いづらい。
この教室が教師の話を聞いていないくらいざわついていれば。と、この時だけはそう思った。
終われ・・・終わってくれ・・・。
耐えきれなくなり、机に突っ伏した時、俺の目に入ってきたもの。
人にしては白すぎるくらいの真っ白な足だ。
なんで、そんなものが机の上にあるのか。
教室内は萩野の声が響いているはずなのだが、その声もどこか遠くから聞こえているような気がした。
誰もソレの存在に気付いている様子もなければ、何も言わない。
俺の席は窓際の後ろから2番目。普通なら後ろの席のヤツが何か思うはずだ。
俺にしか、見えていない。
ゆっくりとその机に乗っている足を辿って見上げてみる。
そこには白い肌に白髪の女の子が立っていた。
目が青く、耳には耳当て、セーラー服。上にセーターを着ているのになぜか靴下を履かず素足だった。見たことのない制服だった。この学校の制服は女子も男子もブレザーだ。
じっと眺めているとソイツと目があった。
「私のこと見える?」
「え。」
喋った。周りの反応は全くない。やっぱり俺にしか見えていないのか。
「ね。見えてるんでしょ?」
ソイツは屈んで俺の目線に合わせてきた。すごく端整な顔立ちをしていた。
「う、わっ!!」
びっくりした俺はおもわず声を出してしまった。
「どーした、渡瀬。」
黒板に向かって数式を書いていた萩野がこちらを向いて俺に問いかけた。
俺のバカ野郎。
「いや、なんでもないです。すみません。」
周りからの視線が突き刺さる。迷惑という意を示していることが嫌でも伝わってきた。
萩野がそうかと授業を再開するとその視線もなくなった。
俺が入ったクラスは学年の中でトップのクラスだった。
俺がここを志望した理由は、家から近いからだ。
昔から容量はいいほうだし、成績もそこそこいい。
しかし、俺は失敗した。高校というものに憧れていた俺はしてしまった。「高校デビュー」というものを。髪を明るく染め、制服を着崩した。真面目そうな奴らばかりの中、俺はクラスから浮いた。
「・・ねえ!ねえってば!!話聞いてる!?」
ソイツの声にハッとしたのと同時に授業終了のチャイムが鳴った。
みんなノートをとっている中、俺は教室から出た。次の授業はサボろうと思った。
「ねえ、驚かしてごめんってば」
コイツと話すためだ。
俺は人気のない、屋上に続く階段の踊り場へ向かった。
「授業受けなくていいのー?」
俺の後を着いていたソイツは普通に歩いていた。飛ぶのかと思った。なぜなら、人に見えていない+奇妙な恰好ときたら幽霊か何かの類だと思ったからだ。
「お前、なんなの。なんで周りのヤツには見えてない?どうして俺には見える?」
キョトンとした顔で首をかしげてソイツは応えた。
「私はねー、レイルっていうの。周りの人には見えないよ。なんで君にだけ見えるのかもわかんない。だからね、見えてるってわかったときすっごく嬉しかったのー。よろしくね、渡瀬千影くん。」
まったりとした口調の高い声でレイルといかいうソイツは言った。
「まて、なんで俺の名前知ってんだよ。」
「なんででしょー。」
そう言ってふふっと笑った。頭が混乱しすぎて真っ白になってしまった。
つまり、こいつは人間ではない。それだけはわかった。
「嬉しかったのは分かった。でも、よろしくはしない。だから俺に話しかけんな。じゃあな。」
「待って待って待って!それは困る!!」
立とうとした俺は後ろからカーディガンを引っ張られ、バランスを崩した。
「何すんだよ・・」
「私ね!ナニカを探しに来たの!!それを一緒に探してほしいの。誰も私のこと見えないし話もできないし頼れる人がいないの!!お願い・・・」
半分泣きそうになりながら、俺に頭を下げた。
「いや、待てよ。ナニカってなんだよ。」
「わかんない。」
「わかんないものを探せってか?」
「だって私、自分の名前以外何も覚えてないんだもん!!」
「そんなこと言われたって手がかりが何もないものを探すのには無理があるだろ。」
「そんなあ・・・・」
ソイツはまた涙目になった。
「うわっ。」
めんどくさっ。
「わかったよ。探してやる。でも、学校が終わるまではおとなしくしてろ。」
「・・・わかった」
しかし、今から教室に戻ることはできない。
「とりあえず、この授業が終わるまで話を聞かせてもらいたい。」
「うん。わかった。」