業物
「最近、あの爺さん見ないよな。」
「爺さん?」
「ああ、ほら、いかにもって感じのする長い白ひげ蓄えてハゲの…」
「なるほど、もう御隠居なさったのでは?」
「でもよ、だとしたら後継者とかの通達が来るはずだろ?」
「それもそうだが、何か事情があるのでしょう。後継者候補が何処かに行って自由になんかしてるとか…」
「こいつにしようとしたは良いもののそいつが死んじまって別の場所に飛んでった、とか?」
「もしもそれだったら、同じ魂の主を探すのが大変だろうな。」
「ああ。こっちから見れば世界なんて星の数ほどもあるからなぁ…」
「どちらにせよ、戻ってくるか、通達が来るかしてくれるのを待つしかないだろう。」
~???会話記録~
目を覚ますと、板張りの天井が目に入る。その次に体中の痛みに気付き、顔をしかめる。
「痛てて、何したんだっけか…、ああそうだ、あいつと喧嘩したんだったな…」
最後のあの瞬間が脳裏を過る。自分にとって切り札の魔法を使ったにも関わらず、相手は動くことすらせず、消されてしまった。そのあと、やけになって突っ込んだは良いものの、見事に返り討ちになってしまった。
自分はこれから先どうなるだろう。親方が正式に客として人を見たのはとても珍しいことであり、それは同時に親方に認められたことになる。自分は少なくともそれに嫉妬してしまったのだろう。そして、その客に対して刃物を向けてしまったのだから、ここで仕事を続けることはできないだろう。あの客にも言われたように、全ての責任は自分にあるのだ。まったく良いものが造れないのも、親方に怒られてしまうのも、それをどうにかして発散させたかったのかもしれない。
このことは自分の責任なのだ。あの二人はまだ仕事を続けられるように親方に頼むしかないだろう。そう思って、立ち上がり、仕事場へ向かった。
「…すげぇ。」
仕事場で目に映ったのは、あの客と、そいつが握っているひと振りの剣。そして、その剣を振ると残る青い軌跡。見た目はシンプルだが、素人目の自分でもわかるくらいに素晴らしいものだと、ただそう思った。
「さて、これが例の剣から使える部分を取り出したインゴッドだ。」
そう言って親方が見せてきたのは、俺の持っていた濁った色の鉄ではなく、銀色のしっかりとした輝きを持つ鉄の塊だった。
「あれだけのものからこれしか取れないというのも少しあれだが、それでも素晴らしいな。」
「キレイ…」
「で、これからこれで剣を打つわけだが、少し手伝ってもらうことになる。」
「ん?それは構わんが、俺がやらないといけないのか?」
「ああ、さっきも言ったがこれは魔力を多く含んでいる。俺じゃあ如何せん魔力が足りん。そこであんたの出番だ。」
「だが俺は鉄を打った事なんて無いぞ。」
「何の為に日が昇り切る前にここに来てもらってると思ってるんだ?」
「なるほど、俺の修行も兼ねて、か。」
「そういうこった。」
「では練習用の鉄を用意しなくてはならんだろう。」
「それはもう馬鹿弟子たちにやらせた後だ。」
なるほど、さっきの鉄のインゴッド云々はこれだったか。
「では早速やってもらうが、軽くこいつを持ってみろ。」
そう言って親方が渡してきたのは大槌だ、ヘッドの部分は俺の顔よりでかい。
「…こうでいいのか?」
「よし、とりあえずは持てる見てえだな。じゃあ次腰を低くして構えてみろ。」
「わかった。」
言われた通り腰を低くしてみる。右足を一歩下げ、足に重心をかけてバランスをとる。
「ほう、言わなくてもそこまで出来るのはいいな。」
「そうなのか。」
「ああ。大体の奴はここで尻もちをつく。もちろんあの三人も、俺も一度ついている。」
「それはまた面白い話だな。」
「まあ昔のことよ。次に俺が尻もちをつくのはこの仕事から手を引く時だ。」
「生涯現役になりそうだがな。」
「そうなりてえもんよ。じゃあこれから鉄を打つまでの手順を説明する。聞き逃さないでくれよ?」
「わかった。」
さて、親方の説明をまとめるとこうだ。
まずは窯を熱するところから始まるが、この前に窯の中の埃、塵などを取り除いておく必要がある。これは鉄に限らず、全ての物に埃などが混じるとインゴッドの純度が落ちてしまうからだそうだ。
次に素材となる鉱石を窯の上から入れ、溶けたものを型に入れることによってインゴッドを作るらしい。この時に使う型は鉱石によって変えないと型になった素材が混ざって純金属が造れないらしい。
そして剣を打つ前にインゴッドを熱するわけだが、この熱する時間と言うのが重要らしい。長い時間やってしまえば一回叩いただけで型が崩れてしまうし、短ければ熱し直す必要がある。普通の金属ならばいいが、今ここにある魔金属や伝説と言われるオリハルコンとかだと、使い物にならなくなってしまうらしい。というか、あるんだな。オリハルコン。
次、熱し終わったら鉄を鍛えて剣の形にしていく。しかし、熱し終わったは良いものの、鍛え方が悪いと剣に芯が入らず、壊れやすいものが出来てしまうようだ。俺が創る剣がこれに当たる。ククリなどの形が多少変わった剣もわざと悪く叩いて曲げるのではなく、意図的に曲がるように叩かないといけないらしい。結構難しいものだ。
そうして型が出来たら一度水に入れて冷やし細かく形を整えるらしい。水に入れた時に曲がってしまうようであれば、芯が入っていない証拠で、もう一度熱してやり直すらしい。親方は慣れているから一回で出来るものの、初心者などは少なくても3回、多くて10回以上やり直しをするらしい。
そして、鉄にももちろん耐久度と言うものがある。これが無くなると、鍛えている途中で粉々に砕け、インゴッドにするところからやり直しらしい。もちろん、この時使える部分は少なくなる。
で、今俺がやっているのは、インゴッドを熱している作業だ。親方曰く、おしい、とのことである。経験を積めば、余程扱ったことのない金属でもない限りタイミングを逃すことは無いらしい。こればっかりはスキル創造をせずに自力で習得したい。
「そろそろいいか。よいせっと。」
そして何度目になるだろうか、インゴッドが赤熱したのを確認して取り出す。すると、
「お、これなら大丈夫そうだな。ハンマー持って叩いてみな。」
「わかった。」
さっき持ったのと変わらない形でハンマーを持ち、叩く。すると、良い反発とともに鉄の形が変わるのがわかる。
「どうだ。これがちょうどいいタイミングで取り出した時の鉄だ。叩きやすいだろう。」
「ああ、驚いたな。ここまで変わるとは。」
実際、熱し過ぎたものと、しっかりと熱せていない物も叩いたので良くわかる。熱し過ぎたものはベシャリ、と言う感じで潰れてしまったし、あまり熱せていない者は反発が強く、腕が打ち上げられてしまった。
そしてそのまま剣の形になるように鉄を鍛える。それなりに形になったので一度水の中に入れ、冷ます。すると、
「む、少し曲がってしまったか。」
「いや、初めてでこれは結構良い出来だぞ。」
親方はこう言っているが、刃先が少し撓ってしまっている。まるで両刃の日本刀だ。
「さて、日も昇ってきたことだ、飯にするぞ。」
「あの三人はどうする?」
「そのままでいいんじゃない。まだ寝てるし。」
さっきから少しばかり喋ってはいたもののいつもと比べると静かだったエレナが口をはさんでくる。
「やけに静かだったな。どうしたんだ?」
「いや、邪魔したら悪いかな、って。」
「ほう、お前でもそこまで考えられるようになったか。」
「いつまでも子供じゃないもん。」
「そうか。」
そして、色々と話ながら、昼食を終えたところで、午後に入る。
午後に鍛えた鉄は、多少不格好ではあるものの使い物にならないことは無い、と親方に言われた。そして、
「じゃあこれからこの魔鉄を使う訳だが、お前さんに相槌を打ってもらう。魔鉄と言うのは特殊でな、インゴッドを作るところまでは良いんだが、いざ鍛えるとなるときに柔らかくする方法は熱じゃなくて魔力なんだ。」
「それで、良い状態を保ってもらうために俺に相槌を打ってもらう、と。」
「そういうこった。」
「じゃあ早速…」
魔鉄のインゴッドに手を乗せ、魔力を注ぐ。すると、銀色の魔鉄は紫色の光を放つ。そして、光が大きくなり始めたところで、
「それぐらいで良い。今からこの鉄を鍛える、お前さんは俺が打った後に、そのハンマーに魔力を乗せて打ってくればいい。言うまでもないが、形は極力崩さないようにしてくれよ。」
「わかった。」
…一体何分、いや何時間くらいたっただろうか、外はまだ明るいが、相当な時間が経った気がする。こっちの魔力消費が大きいからそう感じているだけかもしれないが。現在魔力は4割ほど使ったが、それでもまだ完成とは言えない形なのだろう。
「まだ、完成しないのか?」
「まだ、だ。まだこの鉄が終わらせるな、って言っているんだ。」
「そうか、なら、仕方がないな。」
一流や達人になると素材の声を聞くことができる者がいると言う。親方もその一人なのだろう。鍛え始める前は紫色の光を放っていたインゴッドが今は白い光を出している。まだ余裕のあった魔力の最大容量が、埋まってきているのかもしれない。俺の膨大な魔力を4割持って行っている時点で、この鉄は色々おかしい気がするが、そこは気にしない。もしかしたらハンマーの魔力伝導率が悪いのかもしれない。と、そこまで考えたところで、大方剣の形になっていたインゴッドが眩しいくらいの光を放つ。
「よし、振るのをやめろ。ここからはあんたが直接、魔力をこれでもかってくらいに流してやれ、鉄が弾けるまでな。」
「良いだろう。どうせここまで俺の魔力を持っていった奴だ。思いっきりやってやる。」
まだ眩しい光を放っているインゴッドに手を置き、叩きつけるように魔力を流す。激しい脱力感が襲ってくるが、ここで負けたら恐らくこの剣は完成しないだろう。そして俺の残りの魔力が一割を切ったところで、
―――パッァァァァァァアアアンッッッ
と光が弾けるとともに、風船が割れる音を甲高くして響かせた感じのおとが鍛冶場を包む、そして光が収まり、そこには見た目こそシンプルだが、俺でもわかる、ただならぬ空気をまとったひと振りの剣が置いてあった。それを手に取り、ひと振りすると青い光の軌跡が残る。そこまで確認したところで、
「…すげぇ。」
そんな声が鍛冶場の入り口から聞こえてきた。
7/8 2万PVありがとうございます。
リアルが忙しくてもできるだけ頑張りますのでこれからも宜しくお願いします。




