冷めたコーヒーと冷めた自分
衝撃の事実を告げられその対応が追い付かない悠介はいったん思考回路を戻そうとお手洗いへと向かった。
しかしそこで待ち構えていたかのように待っていた人物とは…
………。
一瞬、というより数秒。時間がその時だけ流れていたことさえ不確かに思えた。
俺は母からなんと告げられたか理解できなかった。貧困?大根? 耳という感覚器官に入ってきた言葉がしっかりと感覚神経を通って大脳へ届いていないんじゃないか、という気さえあったが、顔を赤らめて言った母の言葉は、確かに『結婚』という言葉だった。
「け、け、けっ、けっこん? 結婚って………、えっ!?」
動揺が隠しきれない。大きな声をあげて、気づいたら席から立ち上がっていた。
まさか?母さんが! 俺の脳裏ではこれらの言葉が連呼する。
その後、俺を落ち着かせる為か、東雲さんがゆっくりと詳しい話を色々としてくれた。
そして俺は少しずつ落ち着きを取り戻し、いつの間にか乱れて荒くなっていた呼吸が正常になってきていた。
俺はふと思い出す。約一時間前の事を…
『あとで大切な事を話すから……』
『必ず「はい」って言ってほしいの……』
運転中、車内で言われたあの意味不明な命令の事を。そして頭の中で、今日の過去を繋いでいると色々な事に辻褄があってくるような気がした。
母さんも、また東雲さんまでもが本気で結婚したいらしい。恋愛事情が絡んでいたとしても、今から思うと俺はシリアスな話は苦手だった。先程の緊張感はここから逃げ出さないようになっている為の雰囲気づくりのようにも思えた。
東雲さんは母と同年であり、女優との離婚から、もう1年くらいたつという事なので、正式に結婚しようとのことだった。
苗字はもちろん俺たち横山家が、東雲になるという事だ。
「ちょっとまって。まだ聞きたいことがたくさんあるんですけど」
今住んでいる家の事。俺はどこで暮らすのか。秋桜さんとかんなさんもどうするのか。など、さまざまな質問を俺はした。
秋桜さんとかんなさんは驚く訳でもなく、心配する訳でもなく、只真面目に、動揺する俺を見つめている。この二人は知っていたのか……
「心配いらないわ、うちも伸仁さんちも、家がマンションだから、大きい一戸建てを買うつもりなの。そこで全員住むわ」
「えっ…じゃあ、俺も秋桜さんもかんなさんも?」
「当たり前じゃない」
「秋桜もかんなからも既に許可を得ている。最初は二人も少し抵抗があったんだが、俺が家にいない間男の子が一人でもいると安心なんだよ」
「……だからって……」俺は聞こえないようにそうつぶやく。
知らなかったのは俺だけだった。それは今の東雲さんの言葉ではっきりとした。
この二人だって、実は少しの抵抗だけではなくやはり易々許したわけがない。この二人だって現状の俺と母の関係と一緒。子は、生きる代償として、親の機嫌を取らなければならない。大人って勝手すぎる。
そして、今その立場に立たされた俺。
まず第一の前提として、母さんの再婚なんて予想もしてなかったし、期待もしていなかった。それどころか、母さんは俺のことなど一切考えていない。そして自分の幸せが一番に来る。それがその状況に置かれている身として腹が立って仕方がない。もういっそ俺がこの世に存在していなかったとしたらなら障壁が何もなく結婚が出来ていたはずだ。わざわざこんな高級なレストランの予約なんかも取らずして事を収められたはずだ。
一旦思考を戻し、考え直してみると、大体、家を買うってどこに?引っ越しなんてしたら今の生活環境だって変ってしまうし、もし遠い所への引っ越しならばせっかく受験して入ったレベルの高い高校を転校することになってしまうかもしれない。そしてそんなことになったら、きょう発足した部活動だってできなくなる。そんな事は絶対に嫌だ。雄平先輩にもジュンにもなんて言ったらいいのだろう。 という悪い想像がいくらでも頭に浮かんできてしまう。
あれこれと考えていると、今在る現実を受け入れる許容量が既に越えているのに、これ以上の難題が増やされるとなると、頭がパンクしそうだ。
秋桜さんとかんなさんはどうなんだろう。俺と違って前からこのことを知っていたにしてはまだ晴れていない、覚悟していないような表情をしていた。おそらく俺と同じ気持ちを持っているのだろう。
そんなことを考えていると、俺はすぐに心境が顔に出る性質なのか、東雲さんが俺の心境を読み取っているのかの如くこういった。
「心配しないでくれ。君に迷惑をかけるようなことは一切ないようにする。引っ越しする家も君が学校に通える範囲の家に決めてある。もちろん学校は今までと同じだ。秋桜とかんなは君と同じ学校へ転校することにした。秋桜もかんなもそのことは決心がついている。……どうか、この通り、奈緒子さんと結婚させてくれ!」
東雲さんは立ち上がって俺に頭を下げる。
以前に母から聞いた話によると、母さんは両親とずっと前から疎遠になっているらしい。
この東雲さんの言い方から、母さんの父さんに『お許し』を頂きに来た感じだ。
もう、この結婚の最終決定権は俺にあると踏んでいる。嫌だと言えば取り下げてくれるのかもしれない。
しかし、考えが詰まってしまった。答えがはっきりと出てこない。そりゃそうだ。一旦俺は気分をかえたかった。
「すみません、お手洗い行ってきます。コーヒー飲み過ぎたみたいで」
と言って部屋を出る。
結構勇気のいる行動だった。実際俺はコーヒーはあの最初の一口しか飲んでいなかった。コーヒーは今なお絶賛冷え中である。
とりあえず言ったようにトイレへ行く。ここはトイレですら高級感を漂わせる空間だった。
手を洗うと水が夏にしては冷たく、興奮状態だった俺を冷静にさせてくれた。
落ち着いた所で考えを戻す。
今の決定権は俺にある。たまにはエゴ的になったっていい。今重要なのは、自分にとって有益なのか、または損害が大きいのか、どっちかなのだ。
まず、結婚しなかった場合。今までの生活が続行になるだけだ。悪い点は一つ、母との関係が悪化する。これはだめだ。
次に結婚を許した場合…
と、別の客がトイレに入ってきたのでトイレから出る。もうこの際、今日は結論保留にしてもらおうかなと思っていた。その瞬間。
「あっ…」
驚いて声を出した。丁度、秋桜さんが女子トイレの前にいた。秋桜さんもトイレに行っていたのか?
「あの…」
「ん?」
「ちょっとお話があるの」
彼女はそう言ってこっちを見つめていた。
どうも水無月旬です。
忙しい週末でした。まだ課題が終わっておりません。
少し内容の事を書かせてもらいますと、伸仁さんと奈緒子(母)の結婚はマネージャーとその担当ですが、そんな結婚有り得ないじゃないか、と突っ込む人がいるのかもしれませんが、そこは許される事務所に所属していることにしてください。後々のプロットづくりや設定でこの設定ではないと非常に困ってしますのです。まあフィクションなのでわかってもらえたらうれしいのですが…
以上水無月旬でした。
来週は3連休なので頑張っちゃいます!!