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東雲草の花言葉  作者: 水無月旬
第七章
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痛み


 九月三日


 あれから次の日。


 準備はばっちりだった。


 ここ最近の不審者出現のデータをすべて、市内の地図に写したところ、確かに俺の家の近くの住宅街で多発している様だ。


 それも地図を見てわかる限りでは、人目の少ないところが多い。


 そして襲われる対象はほとんどが女子高生。うちの生徒に限らず、他校の生徒も多い。


 俺はその地図を見て思ったことは、犯行現場が重なる場所がないという事。


 人気のない所を探すのにも手間がかかるのに、犯行はすべて、別々の場所で行われているという事。


 それに、犯人はすべて同一人物であり、犯行現場の近くには必ず白い乗用車が一台無断駐車してあるという情報もあった。


 それだけ手に入れば十分だ。


 俺はこの町に詳しい。そして、東雲の財力を使って、近くの防犯グッズを売っている店で、色々なものを買い込んだ。


 中でも一番重宝しているのが、一撃で気絶可能のスタンガンだ。流石に高かったけれど。


 万が一のための防犯ブザーもある。流石に防弾チョッキとかは買わなかったけれど。


 そしてあと俺がするべきことは二つ。まず犯人が現れそうな場所を特定する事。


 これはもう済んでいる。


 きっと犯人はこの場所にするだろう。


 帰り道の、やはり人気の少ない所だった。


 作戦はこうだ。俺は自分が秋桜(あいか)の容姿なので、自分を囮にして、襲われたところにこのスタンガンを食らわせる。


 計画はばっちりだった。



 今日はやっぱり部活はやらなかった。


 ジュンと雄平(ゆうへい)先輩は普段通りだったが、かんなは学校を休んで、秋桜は別々に学校へ行った。


 帰る時もそれは同じだった。


 だから俺は安心して、犯人に一泡吹かせられる。


 何処か楽しんでいるような気がした。


 何処からか声がするけれど、耳を傾けなかった。


 もう止まることはできない。


 俺はスタンガンを強く握り締める。




 程よく空が暗くなり始めた。


 情報によると、五時から七時の間に襲われている確率が高い。


 そして俺は自分が定めた、犯行予想場所へと行き、そして…


 白い乗用車を見つけた。


 急に心臓がバクバクとなりだしているのが感じられた。


 隠す様に持っているスタンガンを持つその手にはじわじわと汗が出て、耳の近くのこめかみがずきずきして痛んだ。


 何を今さら恐れているんだ。


 犯人を捕まえる事しか俺にはできない。二度とかんなを襲わないように、秋桜に失望されないように、俺は最善を尽くすだけなんだ。


 そしていつもより不本意ながらスカートを短めにはいていた。囮がより上手く成功するようにである。


 そして、運命の時が来た。


 まさかここまで上手くいくとは思わなかった。


 もしかしたら、上手くいかない事を心のどこかでは願っていたのかもしれない。この心臓の動きはそれを意味しているのかもしれない。


 背に目はついていないが、背後から何かが来る気配を感じた。


 アスファルトに、その寄ってくる影の足音が響いて、確実に俺との間隔を狭めてくる。


 後ろをちらりとみると、夏なのに、黒の上下長袖を着ている男がいた。


 実際顔が見えたわけではないが、あの身長、体格を見れば一目瞭然だった。


 俺は少しずつ早歩きになる。


 俺がわざと犯人に存在がばれたことを示唆して、冷静に犯行を行えなくするためだった。


 そうすれば俺の勝ちが近づく。数日の連続の犯行で、警察も神経を尖らせている。見回りの警察官もいるはずだ。


 たとえスタンガンを上手く食らわせることができなくても、相手をうまく転がせられればいいのだ。


 そしてもう俺と犯人との差が足音で五mぐらいまで近づいた所で、俺は勢いよく振り向いた。


「観念するんだな」


 バチバチとスタンガンのスイッチを入れて、薄暗い中、青白い電流が流れる様子を見せる。


 多少格好つけてみた。俺も俺で気が動転しているのかもしれない。


「くそっ、罠かっ」


 犯人は、そして少し後ずさりする。そしてポケットから…。


 ナイフを取り出した。


 おい、ウソだろ!


 俺は頭が真っ白になった。


 そのナイフは、ただの果物ナイフとかの物ではなく、鋭くとがった。本当に人が死ねそうなほどのサバイバルナイフだった。


 そんな事は頭に入れていなかった。


 でもよく考えてみれば、それは当たり前の事ではなかったのかと思う。


 女子高生を狙うくらいの奴だと、服を引き裂くくらいのナイフを持っていたっておかしくはない。


 やっぱり気が動転していて、そこまでの思考へだどりつかなかったのだ。


 そして足が竦んだ。いざというときのための防犯ブザーを買ったのに、それを引く手さへ動かない。


 犯人がだんだんと詰め寄る。


 俺は足が竦んで、後ずさりも出来なかった。


 犯人の持つその得物が、きらりと光沢を見せる。


 バチバチをなるスタンガンもいつの間にかスイッチを切っていて、今はもはや重たい重機でしかない。


 涙がでた。滴り落ちた。


 ようやく俺はかんなの怖さを理解した。


 そして俺はまた自分の馬鹿さ加減に愛想が尽きた。


 本当に自分が犯人を捕まえる必要がどこにあったのか。


 それでももう手遅れだ。


 生き残るために最善を尽くすだけなのに、そう考えると余計体が金縛りのように動かない。


 あいつを倒すつもりでいかなきゃダメなのに、それでもあいつが怖いという思いが拭えなかった。


 そして俺は眼を瞑った。


 もうどうにでもなれと思った。


 ただ重たいだけのスタンガンを道にガシャンと落として、肩や、手や、足をわなわな震わせて、涙を流すだけである。


「…う」


 ん?


「…う!」


 その時。どこからか声が聞こえた。


 さっきまでの自分を抑制しようという心の声ではない。


 耳に確かに振動を感じ、そして暖かさを感じる声だった。


 それが自分の声だったというのがさらに驚いた。

 

 俺の目の前、黒い服装をした男の後ろに。全国どこを探しても点在していそうな、少年の姿があった。


 それはまさしく俺だった。


 俺であって、俺でなかった。


(ゆう)!」


 秋桜の姿があった。


 息を切らしているようだった。はあはあと呼吸を落ち着かせているようだった。


 そしてこう言った。


「何してるの」


「秋桜…」


「何してるのって言ってんの!」目には涙を溜めていた。


 男なのに涙を溜めていた。


 それは紛れもなく、秋桜の姿だった。


 犯人は、俺と、秋桜のふたりに縦に挟まれて、少し落ち着かないようだ。


 横に半身の状態で向いて、そして道路の端の壁の方へ後ずさりする。


 俺と秋桜はその隙に、まるで打ち合わせをしていたみたいに、中心へと寄った。俺は地面に落ちたスタンガンを手に取っていた。


 やがて俺と秋桜の距離が一メートルくらいになった。


 犯人とも感覚が二メートル近くになった。


「悠が、何をしたかったのか大体分かる。それでもあとで絶対怒る」


「ごめん…」


「謝ったからって許さない。でも、それでも私は許さなくても、私は…私は悠と一緒に生きて帰りたい」


「うん…」


 犯人はそんな俺たちの会話を聞いて、そしてきょろきょろと周りを気にする。


 まだこの状況に気付いた人はいないようだ。それでも時間の問題だろう。


 俺は身体の感覚が戻ったので、いつでも防犯ブザーを引ける状態にあったが、それでもひかなかった。


 そうしたら、犯人は一目散に逃げてしまう。


 この状況を維持して、犯人の気が紛れた時に、このスタンガンを食らわす。


 俺はまた汗でぐっしょり濡れた掌でスタンガンを握り締める。


 それでも犯人はまだナイフを持っていた。


 俺と秋桜は未だ動かないでいた。


 すると、遠くからまた声が聞こえた。


 この道路の曲がり角のあたりからだった。


「おい!そこで何をしている」


 見てみると、警察官だった。俺が先程までいた方向。秋桜がいた方と逆の方向にいた。


 安心した。胸をなでおろした気分になった。


 しかしそれが仇となった。


「くそっ!」


 と、また同じように吐いた犯人は、当然のことながら、警察と真反対の方向にある、白い乗用車の方へと駆けようとした。


 いやそう見えただけで、実際はそうではなかった。


 警察の方を見ていた俺は、また犯人の方へ振り向くと、手元では力強くナイフを握っている様子が見て取れた。


 まずい!


 一瞬でそう感じ取った。


 犯人が向かったのは白い乗用車ではなく、秋桜、俺の姿をした秋桜の方だった。


 俺は反射的に体を動かした。


 犯人が手にしているナイフの高さから見ると、それは秋桜の腹部を刺さんかとしていた。


 犯人と俺たちの間隔は二メートル。俺と秋桜の間隔は一メートルだった。


 間に合うのか。


 恐らく犯人は、この場から逃げる時に、女の俺だと追いつける余地はないが、しかし男である秋桜はどうだろうか、犯人に追いついてしまうのではないか、と考えていたのかもしれない。


 それを恐れて、秋桜に刺しかかろうとしている。


 本当にこの数秒で俺がそれだけの事を考え付いたのかはわからないが、ただ、もう反射的に体を動かすしかなかった。


 もう何も失いたくはない。その一心だったと思う。


「あいかぁぁぁぁ!」


 俺は秋桜に飛び込む。もう犯人に飛びこもうとしては遅い。せめて、秋桜の代わりに自分が刺されてしまえば、秋桜は助かるのだ。


 少し倒れ込んで秋桜に飛び込んだため、犯人のナイフの軌道は変わらずとも、刺さるものは変わった。


 俺の身体の、右の肩にそれは刺さった。


 そののちに斜めった体は倒れ込む。秋桜を押し倒したように倒れ込んで、ようやく俺は自分が刺されたことを知る。


 ナイフはまだ歯が見える程でそこまで深くは刺さり込んではいなかった。


 ただ、ものすごく痛い。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い!!


 ナイフは犯人の手から離れ、まだ俺の肩に刺さっている。


 肩と言っても、胸に近い位置で、丁度鎖骨の下あたりに刺さっていた。


 ピンク色のワイシャツは赤色に染まって、そして激痛が走る。もう感覚が分からなくなるくらいまで神経にダメージを与える。


「ヴぐぁ、あああぁぁああ」女性の声ではない声が出た。


 うめき声に近いその声は俺の真下にある秋桜にも届いたようで、


「悠!悠!ゆうぅー!!」涙をいっぱいに溜めて、ひどい顔をしていた。


「大丈夫か、秋桜…」


 そう言って俺は犯人を睨みつける。


 もう獰猛(どうもう)に化した俺の精神は、痛みを寄せ付けなかった。


 ひぃ、とおびえたような声を犯人はあげて、そしてそのまま立ち去ろうとする。


 走って逃げようとする。


 その反対側からは警察官が走って来て追いかけようとしていた。


 それでも俺はそんなものに眼をくらませず、肩を刺されても尚握り締めていたスタンガンを見た。


 右の肩を刺され、もうその腕から先にある感覚はないと言っても等しい位なのに、俺はまだスタンガンを持っていた。


 すぐさま、左手で右の肩を支えて、立ち上がる。


 犯人は逃げようとしているだけで少し腰が抜けたのかまだ逃げていない。俺の睨みでまだおびえている。


 そして俺はそのまま、感覚のない右手で、スタンガンのスイッチを入れて、そして犯人に振りかざした。




 そして俺はどうなったのだろう。


 犯人は倒れたのか?


 捕まったのか?


 どこかで声がする。


『…うっ』


 なんだろう。


『うっ』


 よく聞こえない。


 闇にその体は引きずり込まれそうだ。


 それでも死ぬわけじゃないことはわかっていた。


 刺しどころも奇跡的にまともなところだろう。出血もあまりないし。


『ゆうっ』


 あれ?これって俺の声?


『悠っ!』


 あれ秋桜の声?どっちだ?


 確かに秋桜の声はしたけれど、目の前で見えるのはまだ涙を溜めている、いや流している俺の姿だった。


「秋桜…」


 

 そして目の前が真っ暗になった。


 どこからか蜩の鳴き声が聞こえる。




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