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東雲草の花言葉  作者: 水無月旬
第六章
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溜息

 九月二日


 肩にずっしりとくるこの重みが俺の全ての不安をつめこんでいるかのようだった。


 テストの次の日の朝だった。


 昨日は結局疲れてしまって、飲まず食わずで寝たものだから、胃の調子が悪かった。


 最も別の理由でも胃が痛いけれど…。


 背中に真っ黒い布のケースに入ったギターを持っていた。


 全国のバンドマン諸君。こんな思いをしたことがないだろうか。


 ギターを持ちながら自転車に乗っていると不愉快でストレスが溜まってどうしようもない、という事を。


 どんなに面倒くさいのかと具体的に言うと、ルーズリーフB5サイズでは到底説明しきれない程の物なのだが、代表的に言うと。


 背中が蒸れる。


 ギターの湿気が心配。


 荷物が多いと、リュックを背負う背中がなくて、カゴに荷物が入りきらない。


 とまあこんなところだ。


 ギターの重みが肩にずっしりとくる。それはまるで、自分の抱えている憂鬱が比例して質量を増しているようだった。


 昨日でテストが終わった。それはそれで、嬉しい限りなのだが、それで結果オーライになることなんてなかった。


 要は結果がオーライならいいわけだ。結果が!


 今日はテスト返しになる。


 うちの学校の手際が良いのか、他の学校もそうなのかもしれないが、テスト終了後、大体の教科は次の授業で却ってくる。


 いいよ返さないで、忌々しい。


 本当なら、あれ程できたことは初めてだったので、自分としてはうきうき気分で学校に行きたいはずなのだけれど、状況が状況だから。


 俺はそんな重苦しい気分のまま自転車を転がせた。


 一人でだった。


 まさか自分も一晩中帰ってから寝ているとは思わなかったので、朝起きてびっくりした。


 起きた時には、秋桜(あいか)とかんながもう学校を出ようとしていたからだった。


 そして玄関を出ようとするときに秋桜は言うのだった。


「今日楽しみだね」


 何とも屈託のない恐ろしい笑顔。


 俺の顔がこんな風に笑えるんだって思ったけど、是非その笑みは止めて欲しい。今思い出しただけでもぞくぞくします。


 ああ、学校か。


 学校の前に立ちはだかる、この長い長い上り坂を俺は一生懸命めんどくさそうに上った。



 チャイムが鳴った。


 朝、遅く起きても遅刻はしなかった。今現在チャイムが鳴っても、俺は普通に席に座っている。


 何やら男共の視線が厳しいのを感じた。


 なぜだ?


 もしかしたら、行きで汗かいて、汗臭いのか?


 俺は秋桜の身体で不本意ながら右腕のワイシャツの匂いを嗅いだ。


 前日の俺の洗濯がうますぎて、良い匂いしかしなかった。


 そうではなかった。


 遠くの男子も俺(秋桜)の方を見ている。


 もちろん同じクラスのジュンは見ていなかった。


 どうしてだろう?と俺は考えあぐねた挙句、前方のクラスの女子の方を見てわかった。そのあとに自分の身体を少し見つめる。


 そうかなるほど。汗で俺(つまり秋桜)のワイシャツが濡れて少し透けているのだ。


 もちろん下着が見える程のものではない。


 だが男子は、それでも少しのチャンスをうかがっては、俺の方を見て来るのだ。


 俺は溜息を一つ洩らす。幸せが一つ逃げた。


 ああ、なんなんだよ。まあ俺も入れ替わっていなければ凝視しちゃうかもな。


 彼らも一般の男子高校生。もしかしたらジュンの方が変わってるのかもな。男子高校生に(よこしま)な気持ちがない奴なんていない。


 それでも俺はそれが良しと思えるほど優しいものではなかった。


 それでもどうしようもできないので、無視することしかできなかった。朝からテスト返しの不安にあおられているのに、なんでこんな気分になんなきゃいけないのかと思うと、もうイライラして仕方がなかった。


 チャイムが鳴って少ししたのちに、うちの担任が来た。光源氏だ。


 なんとまあ、夏なのに暑そうな格好をしているのか。あれじゃあ熱いとも言えるな。


 ワイシャツの上に、防寒着みたいな少し薄いベストを着ているのだ。それも少し地味な色の。


 年寄りは暑さ寒さ、その他諸々の感覚が鈍いと言うが、それにしてもあの恰好はないだろう。


 下も、鼠色の暑そうなスーツのズボンで、他の先生は履物をスリッパにしている人も知るというのに、この先生は厚い靴下に、運動靴をはいている。屋内用だけれど。


 けれど、光源氏の恰好なんて関係ない。人それぞれだ、そんなもの。


 そうして光源氏は教卓について、連絡を告げていく。年相応の品格ある喋り口調だ。


「今日は、午前中で授業が終わります。四時限目が終了の後、ホームルームは無しにして、各自、帰宅、または部活動に向かってください。夏期休暇の課題は今日提出となっています。各教科の係員は、それぞれに集め、担当の教師の元へと持って行ってください。それと、最近、この近くで不審者が多く出ています。話を聞く限りでは、それらは同一人物であり、女子高生を主として狙っていると情報が入っています。くれぐれも不用意な寄り道は裂け、部活が終了したら早めに帰宅をすることを進めます。以上です」


 ああ、長かった。誰がそんな話を聞いているか。


 皆、今日が四時限で終わることを心待ちにしているのだ。それは、皆の顔を見ればすぐに分かる。


 それでも俺は秋桜という優秀な立ち位置を維持するために真面目に話を聞く態度はとった。


 ジュンはというと…、見た通り、寝てます。


 俺は窓の外を見つめ、高い所から見下ろす自分の住んでいる街並みと、太陽光を反射し、キラキラ輝いている海を見つめた。


 そうか、今日は四時限までか。


 部活が長くできそうだ。


 でもどうだろう、秋桜は俺のテストの結果を見て、機嫌を悪くしたりはしないだろうか。


 ため息がまた一つ漏れた。


 幸せがもう一つ逃げた。




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