三十分の空白
九月一日
嫌な程快晴。ほんと嫌な程…。
蝉が五月蠅く鳴き喚く今日この頃。まあそんな事言っている場合じゃない。
今日は運命のテスト。命を懸けたテスト。
高校入試よりもかける思いは強いのかもしれない。
眠い。暑い。そんなモヤモヤが俺の脳内のすべてを襲って、昨日?いや今日につめこんだ知識を奪い去ろうとしている。
五感で感じる全ての刺激で負けてしまいそうだ。
第一こんなにか弱い、少女の身体で一晩やってのけたのがすごいと思う。これは俺の精神の強さなのか、秋桜の身体が以外にもタフだったのか。
そんな事はこの際どうでもよかった。結局は一睡もしなかったのだ。
もう今日の午前中までに、俺の今使えるすべての力を出し切るしかない。
如何にも入試試験のようなセリフを言っているのだが、これはあくまで実力テストだった。
何を血迷ったか、結局俺はこうせざるを得なかったのかもしれない。
もうテストは終盤に差し掛かっていた。順調に、英語、数学が終わって、次は国語だった。国語は英語の次に苦手教科で、はっきり言って、リスニングやら、長文読解やら、数学の二次関数やらを解くのに頭を使い果たして、今にも倒れそうだった。もはや気力だけで生きている自分をほめてあげたいとすら思った。
今から現代文と、古典を読まなきゃいけないと思う覚悟はそれなりに必要だった。
それでもやるしかない、俺は席について、テストが始まるまでに、必要な限りの集中力を高め、眼を瞑る。
すると、気付いたときは、テストが始まって三十分が経っていた。時計を何度見ても変わることはなかった。
俺の周りではせっせと問題を解く生徒達の姿。
どういう事だ。
俺は一瞬理解できなかった。
眼を瞑った時からの記憶がなかった。
そして今現在の記憶では、誰かに後ろから何かを投げられて、それが頭に当たって、気付いたのである。
これは…もしや!
俺は叫ぼうとしたところで、自分の手で自分の口を押えた。
危ない、今はテスト時間だ。
恐らくではない、テストが始まる数分前から、俺は今まで寝てしまっていたのだ。
目の前にテスト監督の教師がいるのだが、たぶん俺の寝方が、大胆な寝方ではなく、体を起こしたまま髪で顔を隠した状態で寝ていたからだと思った。
すると、なんだ。今俺にものを投げたのは…。
俺はテスト時の席順を確認する。すると、確か俺の右斜め後ろがジュンの席だったことを確認する。テスト中なので後ろをはっきりと見ることはできないが、俺は確信した。
俺はようやく、ジュンが自分を起してくれたのだと悟った。
そして俺は、とてつもない焦りと、不安と、そしてどこからか駆られる恐怖を味わった。
テストの点が取れなくて、秋桜に怒られる事でも、母さんに怒られる事でも何でもなかった。
自分があれだけ努力したのに、それが報われずに、自分の能力の限界を知るのが怖かった。
テストで寝てしまっていたとかは理由にならない。テストとは結果がすべてになる。回答がすべてになって。表示される点数がすべてになる。
俺は自分の努力が、悲惨な結果で現れるのを見たくなかった。
そして俺は思った。もう一度目を瞑った。寝ている訳ではない。
そうか、俺はそういう人間だったのだ、と。
今まで自分が努力をしてこなかったのは、やはり、自分の能力に恐れを感じていたから。本気でやっても出来ない事を知っていたから、俺は頑張ることを止めた。普遍性を求め、常に自分が満足する物さえ手に入れられればいいと考えていた。
けれど、それでは何も手に入らない。
俺はそう気づかされた。
昨日、秋桜が俺に見せてくれた笑顔だって、きっと、俺が頑張ったから見せてくれたのだと思った。
そして今、俺がこう考えられるのも、テストでいかにどうやって点を取ろうかと考える事を身に着けた。
体裁なんて関係ない。
努力する奴は、自分の事を真剣に考えていて、真剣に自分を知ろうとしている人間なんだ。
俺は眼を開けた。
瞼が重い。確かに重たかった。気力でどうにかできる問題でもないかもしれない。
それでも三十分間の睡眠と、ジュンの手助け、そして一晩の努力。秋桜の協力を無駄にはできなかった。
あと時間は三十分しかないというのに、俺はそこまで焦りを感じていなかった。
これは俺の限界に諦めがついたとか、そんな話じゃない。
今からでも十分にできる。そう思ったからだった。
テスト範囲に入っている、評論と、古文はすべて頭に入っている。今から問題の、本文は読まず、問題文だけ読んでいっても、俺は解ける自信があった。
頭が冴え渡る。シャープペンがどんどん動く。休むことがない。
俺は残り時間を見ることなく、時間いっぱい問題を解いた。
何とかタイムアップまでに、九割は埋めることが出来た。自分でも驚きだった。
それでも結果は解らない。ひどい点数で却ってくるんだろうな。
そう思いつつも、俺はテスト結果と今度こそ向き合おうとした。
まだテストは帰ってこない。明日になるはずだ。
今日は帰ってからすぐに寝よう。そして夕食までには起きて、夕食を作って、
そして明日は部活をしよう。
でもまず最初に、ジュンにお礼言っとかないとな。
そう思って俺はすがすがしく、席から立ち上がる。
教室の中から廊下を覗くと、俺の姿をした秋桜の姿と、かんなの姿があった。
俺はジュンの方へ行き、さっきの事を告げようとする。
すると、ジュンも疲れたのか、ただそうしたいだけなのか、机に突っ伏して、俺は無理矢理起こそうとする。
ジュンを連れて、秋桜の方へ行く。
俺の寝不足の顔が相当ひどいのか、秋桜とかんなは血相を変えて、心配してくれたが、当の俺は頭がくらくらするだけで、瞼が重たくて、足がもたつかないだけなのだ。どうも心配はいらない。
そして学校を出ると、朝通学で出た、自転車ではなく、なぜかそこには高級車のAudiがあって、その後部座席の扉が開いた。
俺はその運転席に乗っている人が、伸仁さんだという事を確認したのちの記憶が定かではなかった。
深い深い森の奥に誘われているように、俺の身体はゆっくりと、その高級車のソファに沈み、体を横たえる。
その静かな走りを提供してくれる車の中で俺は死んだように眠りについた。
その前に、前の方から声が聞こえたけれどはっきりとは聞こえなかった。
『大丈夫か、秋桜。悠介くんと、かんなから迎えを頼まれちゃって』
秋桜?
そっか、伸仁さんは俺たちの事…。そう思って、俺の意識は闇の中へ閉じ込められた。




