平凡と天才と…
もう限界だ。
そう思ってから既に時は数時間も経っている。はっきりって今日一日で寿命が三年は縮んだと言ってもそれは誇張ではない。
窓を開けた外からは静かな風の音。それに住宅街なのによく聞こえる虫の声。そして俺の周りを駆け巡る本当にうるさい蚊。
夜になると、秋が近づいているのか、熱帯夜になることもなく、心地よかった。
家で電気がついているのは俺の部屋だけだった。
母さんたちはまた一夜通しての仕事があるらしく明日まで帰ってこない。出番なくなったんじゃね。
そんな事を考えている暇はなかった。あと覚えるべきものが、漢文の暗唱例文9つと、単語240単語…。英文法の例文12個。殺す気か。時はもう既に午前三時で、これはもう徹夜ものだった。それでも、テストで確実に点が取れると思うまでの勉強は程遠く、自分は数学が得意で本当に良かったと思った。数学は勉強をしていなくとも、公式さえ頭にぶち込んでおけば、本番で何とかなる。まあ寝不足状態でテストに挑んだことがないので、不安はあるが…。それでも数学に時間を割く必要はなかった。あとは覚えるものだけだった。現代文のテスト範囲の評論も読み終わったし、英語長文の意味も何となく理解できた。もうあとは確実に点数が伸ばせる暗記物だけ。
それでも俺に残されている時間は長くはなかった。恐らく英単語を覚えるのにも、二時間くらいはかかってしまう、漢文と英語の例文は合わせて一時間。ギリギリの範疇だった。
明日は弁当は作れないから、買う事にしよう。秋桜にもかんなにもそれで勘弁してもらって、テストでいい点を取ることが出来れば…。
でも本当に俺は高順位をとることが出来るのだろうか。
今までは本気を出せば何とかなるなんて思っていた。テスト勉強も、まあろくにした経験もない。それでも俺の頭は、一晩の努力だけでどうにかなるものなのか?
テストで高得点が取れる奴らは、本当に、もう授業を受けただけで頭にすべてが入ってしまう天才と、毎日努力を惜しまず、少しずつ積んでいくやつもある。
俺はそのどちらでもなかった。
俺は平凡が売りだし、何よりも普遍性を求める奴だった。普通が良い。人生をそことなく楽しんで、そして普通に死んでいくのが一番いい。そう思っていた。
なぜか限界を超えた俺の頭は急にそんな事を考えだし、そして何故今まで自分がまともに生きてこなかったのかに悔んでいた。
それもこれも、そんな心境の変化も、全部、夏休みの前と、間の出来事の所為なんだよな。
それでも、俺はそれを、所為などと言っていいのだろうか。自分が更生するきっかけにでもなるのだろうか。
でも俺はテストで高得点とることは無理だろう。それははっきりとわかっていた。今ひたすらに書いている英単語だって、全然頭に入ってこない。
もういいや、寝てしまおうか。結局俺が死ぬほど勉強したって、秋桜が得をするだけで、俺は得をしない。仮にこの後に俺の精神が自分の身体に戻ったとしても、今やっている勉強の何割、いや何パーセントが大学試験に出ようか。
俺は区切りのいいところでやめて寝てしまおうかと思った。既に眠気の限界を超えて、そして午前三時だから、空腹も当の限界を超えている。次第に腹が痛くなってきた。別に何かを食べればいいだけの話なのだが、食べている時間までもがさっきは惜しかったのだ。
そして区切りのいいところで終わった。約100単語は覚えた、つもり。
机の上の電気スタンドを消そうとした直前。俺のしめ切った部屋のドアからノックする音が聞こえた。
誰だこんな時間に、母さんが帰ってきたわけでもない、なぜなら携帯にメールが来ていないからだ。
じゃあ誰だ、今は午前三時だぞ。かんなや秋桜だったら驚きだ。
「だれ?」俺は恐る恐る訊いてみた。
眠気で目がかすんだ。それでも俺はドアの方を凝視して、ドアが開くのを待った。
ガチャリと、ノブを回す音が聞こえて、俺は生唾を飲んだ。
「悠?」
低い男の声が聞こえた。
だからと言って家に侵入した不審者でも何でもなかった。それは俺が最も知っている人物の声であり、それが誰であるかも知っている。
「何、秋桜。こんな時間に」
秋桜は手元に小さい平皿を持っていた。それがなんであるのかがすぐにわかったが、それは甚だ信じがたい光景だった。
「いや、なんか寝付けなくて、起きてみたら、悠がまだ勉強してるみたいだったら、お腹が減ったかなって思って」
「それは何?」俺はとぼけたように聞いてみた。あまりに信じがたい光景だったら、目も覚める勢いだ。
「何って、見れば分かるでしょ、おにぎりよ。買ったんじゃないからね、私がしっかり握ったの」
「えっ、マジ?ありがとう」
「本当ならね、こんな時間まで、私の身体に勉強させたくないし、起こさせたくはないの、次の日隈がひどくなっちゃうし、何より顔がひどくなる。それにこんな時間に何も口に入れて欲しくないし、そんなことするとあっという間に太っちゃうし、それに…」
「秋桜」俺は秋桜の長ったらしい説教じみた言葉を遮った。
その言葉に秋桜も気づいたようで、何か納得しないような不機嫌な顔をしていた。
「何よ」
「早速だけど、食べていいか?俺腹が減って死にそうだったんだ」
そういうと、秋桜は自分の手元に持っている小さなさらに一つ乗っかったぶきっちょなおにぎりを見つめ、そして皿ごと手渡す。
「そう、はい。別に料理下手だからって、塩と砂糖を間違えるとか、そんなベタな間違いはしてないからね。しっかり念入りに確認をしてっ…て、あっ!」
俺はたぶんにやにやした顔つきで、皿に乗っているおにぎりをとったんではないかと思う。そしてそのおにぎりを口にほうばってみる。
「どう?」心配そうに見つめる秋桜、ではなく俺の顔があった。
「うん、上手い」正直な感想だった。
「本当?」
「うん、上手いよ。正直びっくりだわ」
秋桜は喜んだ顔をする。
「そう、よかった。たかがおにぎりだけど、って思ったんだけど」
秋桜は笑みを浮かべた。その顔を見ると、俺は、自分がこんな顔で笑うことが出来るのか、と思った。友達とふざけてるわけじゃない、お笑い番組を見ている訳じゃない。こんなにも人を安心させる笑いができるのかと思ってしまう。
自分もこんな笑みが作り出せるのだろうか?いや作り出すものじゃない、笑みは。彼女はこの笑みをすることが出来る心を持っているのだと、俺は今初めて気が付いた。
「ありがとな。おかげでやる気出て来たよ」
すると彼女は心配そうに、
「まだやるの?」と問いただした。
「うん、やるまでやってみる。納得するまでやらなきゃ、秋桜にここまでしてもらって申し訳ない。いや、そういう事じゃない、秋桜の為だけど、自分の為でもあって」
気持ちがごちゃごちゃして整理がつかなかった。さっきまでテストはあきらめようとか何とか言っていたのに、さっきの秋桜のおにぎりと、笑顔を見てしまったら、衝動的に、寝てもいられなくなった。
「うん分かった」秋桜は止まった俺の言葉を遮るように、言い放つ。
「私はもう寝るよ。頑張ってね、悠」
秋桜は背を向けてドアの方へ向かう。その姿を見つめて俺は、少し寂しい気持ちにもなった。せっかく元気が出たのに、今からまた孤独にテスト勉強をしなければならないかと思うと、それは辛いものだった。
だから俺は、伝えることを、伝えて、また頑張ろうと思う。
今この時を後悔することの無いように。
「秋桜」
「ん、何?」
「ありがとな。秋桜にこんなこと言うのも、なんだけど、お互い頑張ろうな」
秋桜は口元を緩めた。
「言う様になったね。順位、悠には負けないからね。 それと、どういたしまして。おやすみ悠」
パタン、とドアが静かに閉められた。
また、網戸の外から、静かな風の音、そして虫の声が静かに響いていた。
どーも水無月旬です。
今回は学園ものによくあるテストの話。
いくらラノベであったとしても悠介には自分と同じテストを受けてもらおうと思い、自分の通っている学校と同じレベルの範囲のテストにしました。
毎回240単語と漢文と英文を10個ずつ。
評論を三つに数学ですね。
私も数学は悠介同様公式を覚えて何とかなります。
そう言えば
先程、15話~23話に出てきたモデルとなる夏祭りへ行ってきました。
そこで、悠介達が遭遇したような出来事がありまして
不良の話ではなく、同じ中学の人と会う話。
私は部活の仲間と行ったのですが、途中で逸れて、女子と二人になりました。
そこで中学の奴に会ってみたいな話があって。
別に好きでもなかったのに、ああいうのって少しときめきますよね。自分男ですけど…
妄想じゃないですよw
話がそれました。
それではまた次回もよろしくお願いします。




