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東雲草の花言葉  作者: 水無月旬
第五章
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嵐の予感

 

 緊張した。何度も行っている学校なのに、何度も来ている場所なのに、教室の前に立つと冷や汗が体を駆け巡って気持ち悪さを出していた。


 蝉の鳴き声がまだ頻りに鳴り響いていて中から聞こえる担任の鐘光源氏(かねみつもとじ)の声がするけれどあまりよくは聞こえなかった。


 それでもあの一言は良く聞こえた。


「今日は転校生が来ています。それでは来てください」


 年寄りだからしゃがれていて聞きづらい声だったが、はっきりとその慇懃な口調が伝わってきたので俺はまたさらに緊張した。持ってきたタオルで汗をぬぐった。タオルからは良い匂いがした。いつも通りに俺が選択したタオルなのに、女の子のタオルというだけで匂いがまったく違かった。これで少しは緊張がほぐれた気がした。俺は教室のドアの上にある1年4組と書かれたプラスチックのカードを見て引き戸を開ける。


 中には他クラスだけど少し見慣れた生徒が何人かいた。その中には興味深そうに俺を見る人も、別に興味がないという人もいて、さらには学校の変わり者担任の光源氏(ひかるげんじ)が教卓の前に佇んでいた。そしてその中にはジュンがいた。真っ直ぐと俺を見つめて放すことはなかった。俺も彼を見続けた。


 教卓の前まで妙に女の歩き方を意識して、立ち上がる。


 教室はやけに騒がしかった。しかも男子が。


 俺に聞こえるぐらいに「ちょー可愛くね」とか「うわぁーこれ学年でもトップクラスだよ」という声がしきりに聞こえた。


 本人に聞こえているし、しかもその本人中身男だし、とか思っても何も言わずに無言で立ち尽くした。緊張でものが言えなかっただけかのしれない。


「それでは紹介してもらいましょうかね」またもしゃがれた声で光源氏はそう言った。クラスががやがやしていたので別段とまでにはいかないが結構大きな声で言ったと思った。


 俺は黒板にある白いチョークを持って黒板に文字をなぞり始めた。黒板に書く音だけが教室に響いて、クラス中の皆が俺に注目していることを察した時やけに緊張して、手が震えた。


 字が上手なほうではないけれど、秋桜に注意された様に女っぽく綺麗にそして優等生っぽく書くよう心掛けた。なかなかうまくかけたと自分でも思った。


東雲秋桜(しののめあいか)です。親の都合でこのたびN女子大付属高校から転校してきました」俺は手を前で組んで女性の礼の仕方をまねた。これも昨日秋桜にスパルタ教育された成果だ。


「名門じゃね」


「うわぁー可愛いし超お嬢様じゃん」


「なまえも可愛い」


 という声がやまなかった。俺はそのせいでその次にいう事を忘れてしまい。何と言ったらいいかわからなかったが「よろしくお願いします」とだけ言って礼をした。


「じゃあさ、あそこに席置いといたから、あの開いている席に座ってください」


 光源氏は窓のすぐ横の日が当たっている机を指差した。日が直接当たっていて見るからに暑そうではあったがその席の前がジュンだったので安心した。彼はまた普通の天然さんのようにぼーっとし始めていた。


 俺は急に思うところがあった。既に始業式が終わっていたので後は授業がなかった。掃除の時間があってその時に


 秋桜とかんなはどうだろう。


 という心配が頭から浮かんでは消えなかった。


 掃除の時間が終わった後にでも秋桜とかんなに会いに行こうかと思ったが、転校生最初の質問攻めが俺を襲っていた。どうせ数日たったら飽きてくるくせにと思っていた。


「6組に転校してきたかんなちゃんと双子なの?」


「そうだけど」なんだかんなは6組だったのか。じゃあ俺(秋桜)と一緒だな。


「じゃああの横山君の苗字が変わったのも何か関係が?」


 えっ?もう広まってたの?


「うん、親同氏が結婚してね」


「じゃああいつ秋桜さんと一つ屋根の下なのか?もう許せないあいつ!」男子生徒の眼が燃え上っていた。なんだよあいつって、名前で呼べっての。


 それでもよかった。うちの親があの東雲伸仁(しんじ)だとまだばれていないようだ。


「部活は何に入るの?是非サッカー部のマネージャーへ」元気のよさそうな短髪のツンツン頭の男子生徒が話しかけてきた。それを追う様に「野球部だよね」「テニス部へようこそ」という声や。女子からは「美術部どう?」「合唱部は?」「吹奏楽部やろう?」なんていう勧誘も始まってしまった。


 耐えきれず、窓際にいるジュンを見ると依然と机の上で床伏している様子が見て取られた。


「ごめん部活はまだ考えていないんだ」そう答えた。


 本当はアンサンブル部だけど、夏休み前にできた部活だから、誰もその存在は知らないと思った。ひっそりとやるタイプの部活だし。


 そんな風に俺は初めての転校生を演じたわけだ。なかなか新鮮だった。恐らくかんなも同じ様に質問攻めにあっているだろうな。


 俺は席に着いて窓の外を見た。ここは一応港町だから海の匂いが窓の外から流れ込んできた。太陽の光を浴びてキラキラ光る海を見ているとそこはかとなく懐かしい様子がした。


 帰りのショートホームルームが始まった。担任になる光源氏が教壇に立ってプリントを配っている。


 何やらプリントを受け取った生徒たちがしきりに騒がしくなった。何だろう。俺は一番後ろの席なので未だ知らない状態だ。


「ほい」


 ジュンが俺に前からわたってきたプリントを渡してくる。ジュンは一応俺の正体を知っている。昨日メールで伝えたところ、信じることのできないような突発的な出来事なのにジュンはあっさりと受け入れた。だまされやすいタイプなのか、本当に俺の事を信じてくれているのか…


(なんだろう)俺はプリントを覗くB5サイズのコピー用紙で、内容は何か表のようなものが書いてあった。


 主題にはこう書いてある。


『夏期休暇課題テスト』


 数秒俺は硬直した。頭の中でシナプスがつながってテストというのもがどんなものかと思い浮かべていた。


「はぁ~夏期休暇課題テストですとぉぉぉ!!」俺は席を立ちプリントを前方にもってきてこう叫んでしまった。


 実施日程9月1日。つまり明日。


 叫んだ後に俺は周りを見て気付いたのだが、相当大きな声を出してしまったらしく、周りのクラスメイトの目線の釘づけとなっていた。さらに担任の光源氏もびっくりしてしまったようで俺はもうクラスの浮いた存在となっていた。立ち上がった瞬間勢いで椅子が倒れてしまったようで俺は急いで顔を真っ赤にしながら倒れた椅子を元に戻した。


「あっ、すみません!」俺は深々と頭を下げた。


 そののちに数秒の沈黙がこの人数が40人くらいいるこの教室で立ち込めていたが、光源氏が間を読もうと急いで立て直そうとして話し始めた。


「明日から課題テストがあります。これも成績に含まれるのでしっかり課題を見直して勉強してくるようにしましょう。ではこれで今日のショートを終わりにします」担任が生徒の一人に目線を張って


「起立、気をつけ、礼」目線の先の生徒が号令をかけた。


「さようなら」


 今日一日が終わりを告げた。俺の人生が終わりを告げた。


 この身体でテストを受けるの?容姿端麗成績優秀、名門校出身の彼女の身体で。


どーも水無月旬です。


今週はえらく頑張りました。本格ミステリも書いていたら気づいたときには4万文字行っていて、色々とまとめるのが大変です。

今書いているのは悠介より十歳上の男性を主人公として書いていまして、両方書くと表現がまちまちで大変困っています。早く両方終わらせたい!


そして昨日の更新で言い忘れたことが、東雲草の花言葉は昨日の更新で第5章に突入しました。

もう終わりが見えてきそうで、残り恐らく二章あたりで終わるのではないでしょうか。

ライトノベルとしては華がない当作品ですが(笑)読んでいただけたら幸いです。

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