始業式はじめました。
八月三十一日
八月もまだ終わっていない晦日。なんで俺はこんな恰好をして学校へ行かなければならないのかと、少々納得のいかないままに学校へ向かっていた。
ピンク色の半そでのワイシャツ、灰色のベスト、ベストより少し濃い色のラインの入ったプリーツスカート。なんで?
街中の交差点で、引っ越し後初めて通る通学路。そして目の下には隠し切れないくま。夏の項垂れるような暑さに打ちひしがられる今日この頃、俺は桐原高校の女子転入生としての心構えをしていた。
それはおとといに起こった、天変地異と相変わらない出来事によって、俺、東雲悠介と俺の義理のきょうだいの同い年、秋桜という美少女の身体と精神が入れ替わったことによる。
そして何も解決策の生まれぬまま二日経ち、俺は高校の始業式に女子生徒の姿で行く羽目になってしまった。
そして今そんな状態で三人、眠い中街中に自転車を走らせている。
俺は徹夜近くで課題を終わらせ朝起きたら、
「悠!私の顔に何くま付けてんのよ!」と怒っていきなり、洗面所まで連れていかれて、何やら色々な事をさせられた。俺は女の物について、何も知らないもので、秋桜が何をしているのか全く分からなかったが、他人から見てあまりわからない程度までくまを隠すことが出来た。依然俺が眠い事に変わりがないが。
そうして俺は学校へ向かっていた。並走ではなかったが、一列に並んで俺、秋桜、かんなの順番で自転車をこいでいた。もっと言うと外見は秋桜、俺、かんなの順番だったが。
昨日、課題がすべて終了したのは今日の午前2時となっていて、いつの間にか帰ってきた親も、かんなも寝てしまったけれど秋桜が最後まで手伝ってくれて流石の秋桜も疲れが見えていた。俺は腱鞘炎になるかと思うほど鉛筆を動かして、秋桜はどっちかというと、自由研究や、社会のレポート、家庭科の課題などをパソコンをフル活用して終わらせてくれた。女子だけあってセンスも抜群だった。
そしてやっと終わって、もう寝ようかなと歯を磨いて部屋に入って寝ようとしたところで
「悠、これっ!」秋桜が何やら赤い包みに入った四角い箱を突き出してきた。
「これ何?」
「鈍感、さっさと受け取ってよ」またも強く箱を突き出す。
俺は受け取って、箱を胸にもってきて覗いた。手渡した秋桜の手は何故か小刻みに揺れていて、ふらふらと箱が揺れていたようだった。
そして俺はやっとのことで気が付いた。
「もしかして、誕生日プレゼント?」
「うん」秋桜は目を反らした。口調は強気なのに、微かに最後だけ語尾が弱かった。
「ありがとう、開けていい?」
「いいよ」
開けると中身は時計だった。腕時計、しかも文字盤が大きい男物のかっこいい腕時計だった。
「これ高かったんじゃない?」当たり前に値札がついていなかった。けれど結構したんだろうなぁとは感じられる。
「値段はどうでもいいの」
秋桜がそう言い張るから気にしないようにしよう。
「ありがとう」
俺は屈託のない笑顔を見せたつもりだったが、秋桜は急に表情を曇らせてこう言った。
「でもそれ男ものだからさ…」
秋桜が体の胸の前でもじもじと、両手の人差し指を合わせてくねくねさせていた。
俺はすぐに秋桜が何を言いたいのかがわかった。
「元に戻らないとな」
「えっ?」
「俺、腕時計するために戻るよ」
「うん」秋桜は眠たそうな顔でも綺麗に笑って見せた。まるで夜に咲く朝顔みたいに。
「でもこの時計するよ」
「へっ?」秋桜が素っ頓狂な声を出した。少し大きな声だったので、家族の誰かが起きないかが心配だった。
「この体でもしていいかな?」
「なんで?それ男ものだし、私の格好しててしてたらおかしいし」
「でも秋桜がつけるのもおかしいでしょ?」
「それは、そうだけど…」
「秋桜がつけている訳じゃない、俺がつけるんだ」
秋桜は少し悩んだ後顔をあげて口を開いた。
「うんいいよ、私と悠が戻る日まで」
そう言ったのを聞いて俺は流石にもう眠くなってきたので寝ることにした。
「お休み秋桜」
そう言って秋桜の部屋を閉めようとしたとき(親にばれると困るのでそれぞれで寝ることにしている)
「ちょっと待ってよ」秋桜が部屋を閉めようとするところに足を挟んで閉めさせまいとする。
「なんだよ」
俺はドアに挟まった音が以外にも大きかったのでまたもや起きてしまわないか心配した。
「明日の事なんだけど」秋桜が俯いた。どうやら話しにくい話らしい。
俺と秋桜は秋桜の部屋に入って話を始めた。
部屋の中では女子部屋の匂いと、お風呂に入ったばっかりのよく解らないけど甘いいい香りが混じってドキドキした。ここで寝るのか?今日。
「ん?それって今日の事か?」それくらい頭は回った。
「うん、そう、私悠の格好して学校行くでしょ。クラスの人の名前とかわからないし、まず悠クラス何処?」
まためんどくさい事になりそうだった。
今日寝れたのは結局3時位だった。あれから色々とあったのさ。
「悠だめ、蟹股禁止!」
とか
「自己紹介もっと上品にできないわけ?」
質問攻めにされて…
「学校の先生の特徴とか教えてくれない」
「ああーもう寝たいんだよ!」
「だめ、まだ聞きたいことがあるの」
「じゃあ聞きたい事紙に書いておいてくれ、俺が明日の朝一気に応えてやるから」
「それじゃあだめ、私悠の課題手伝ったじゃん」
うっ、ここでそれを使うのか…
「わかったよ、付き合うよ」
本当に眠い。
そのあと俺のクラスメイトの話とか、どの先生が面白くて、どの先生が厳しいとか、学校の校則、地図、授業の進み具合を聞かれてすべて真面目に応えてあげた。
「知らねー」とか適当な生返事をしていると秋桜に凄く怒られるのだ。でもなぜか秋桜はとても楽しそうだった。
そのあとも、俺が東雲秋桜としての過ごし方とか、女のしぐさまで教えられて、しまいには自己紹介の内容まで覚えさせられた。
結局これでくまが出来てしまった秋桜が出来上がっても仕方のない話だと思うのだが、秋桜はそれを許さなかった。
以外にもさらりと何も眠くない素振りをしている秋桜を見ると、本当に俺の身体なのかと目を疑いたくなるほどだった。
そして俺たちは学校へ着く、日本の夏特有の蒸している感じで、空はとても心地の良い快晴なのに、不快指数で表すととんでもない数字になってしまいそうだ。さらには我が学校の最大の特徴、山に位置しているという事が一番俺を苦しめた。秋桜たちも「なんでこんなところにあるのよ」とか「もう無理降りていい?」などと弱音を吐いてやっとのことで自転車でコンクリートの逃げ水と数多の蜃気楼が見える坂を上り切った。俺はさらに秋桜のか弱い体なので余計きつく感じられた。
俺は学校へ着いた途端、何かの違和感を感じられた。それを感じたのはどうやら俺だけではないらしいのだ。
「ねえなんか私達見られてない?」秋桜が急にそう言う。体育館の下の坂を下りてすぐにある自転車置き場に置いて歩いていると彼女がそう言ってきたのだ。
「俺もそう思った」
「注目を集めてるんじゃない?一応私と悠介って美少女だし?」かんなはにやにやして知ってきた。
「悠介じゃなくて私よ」彼女は男の俺のふくらみはないが厚い胸に平手を置いて自分だという事を主張していた。
「何自分が美少女とか言ってる秋桜」
それだったらかんなもだろう。
「ち、違う!」
「でも注目が集まっているのは確かだね」俺はそう言った。
「そうね」秋桜が返事をしたが、俺はあることに引っかかった。
「あのさ秋桜、もうここは家じゃないんだから、俺の声ではできるだけ男っぽく話してくれない?」
「わかってる」彼女は頬を膨らませて怒っていた。頬っぺたには自分が作ってしまったニキビがあってそれも赤く膨らんでいた。
「じゃさ、これから俺とかんなは事務室に行ってくるから、先に教室行ってて」
「一人で?」秋桜が心配そうにこちらの二人を見つめてきた。
「昨日教室の場所を教えて来たでしょ、しかも転校生ってあとから教室に入ってくるじゃん」俺は急いでいたので早く事務室の方向へ急ごうとした。
彼女は本当に困った顔をしていたけれどどうにもできなかった。まああれだけ人見知りみたいな性格だったら初対面は厳しいかもしれない。それに相手が自分を知っているという状況で。
「たぶん四組にジュンがいるからさ」
「わかった、自己紹介よろしくね」
俺たちはコンクリートの校庭で別れた後に彼女は秋桜はそのまま生徒の教室へ俺とかんなは着々と事務室へ向かう。何度も行っているからそこはまっよたりはしなかった。




