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みたまおと  作者: tomoya
第8話 停止
24/30

 通り過ぎる時、二人は一瞬足を止めて、互いを見た。ティエンを避けるようにして、ヨハンは通り過ぎる。ヨハンの周囲に黒服の男たちが寄り添い、耳に何かを囁く。ティエンは彼らを一瞥して見送った後、速度を落としてランカの方へやってきた。

 ランカは三脚をたたんで肩に担ぐ。カメラバックを持ち上げて、ティエンを見た。

 彼は不機嫌な顔だ。少しすねているようにも見えるが、見えないふりをして「心配性だね」と声をかけた。歩き出すと、ティエンがその背後を守るようにしてついてきた。

 ヨハンがタクシーに乗り込み、姿を消す。

 だが、神社に黒服の男が一人残っていた。通り過ぎる間際、彼と目があった。彼は小さく頭を下げて目をそらす。日系人だ。少し幼い顔の護衛だった。

 ランカの周りにいてもばれないように、日系人を選んで連れてきたのだろうか。

 諜報局の中でヨハンの地位がどういうものなのかを知らない。だが、複数の部下が周りを取り巻くような人間になってしまったようだ。

「本当は何か隠してるんだろ? あれってただの旦那じゃないよな?」

 ティエンが落ち込んだ声でそう言った。ランカは「ただの男よ」と答えて、西楼門へ向かう階段を下りて行く。背後で大きなため息が聞こえてきたが、無視した。

 曲がり角で、背後から風が吹いた。

 懐かしい香りがしたような気がして、ランカは足を止め、来た道を振り返った。

 拝殿の上に天狗が立っていた。それは赤い顔に長い鼻を持ち、鳥のような嘴と羽のある大男だ。彼女はとっさに何も声を出すことができず、息を止めたまま、数回瞬きをする。

 絵のようにきれいだ、と思った。美しいという意味ではなく、わかりやすすぎる、と。

「なるほど、ここは夢。あたしの記憶……あなたの顔をどこかで見た……たぶん、インターネットで検索した時にっ!」

 ランカは三脚をティエンに押し付けると、カメラバックを開けて、一番小さな一眼レフカメラを取り出した。とっさの撮影でよく使うやつだ。彼女はレンズカバーが付いたままそれをその場で構えた。

 ティエンは背後を振り返って、きょろきょろしている。ランカが何を見つけたのかがわからないようだ。だが、その視界の中であの男は動いていた。静かに詣でていた黒服の男が、突然、外に飛び出して、空を見上げた。

 ランカがレンズカバーをとっている間に、その天狗は両手に持っていた扇を動かして、空に舞い上がった。

 黒服の男の周囲にも強い風が吹き込み、轟音が聞こえた。彼の周囲に集まった空気の塊がマントを膨らませ、次の瞬間には彼は上空に舞い上がっていた。

 彼は能力者だ。いや、人の夢の中で何を始めたのか。

「風? 何っ、ペルルブランシュかっ! ランカッ!」

 ティエンが旋風に髪を煽られつつ、叫び声をあげる。ランカはフラッシュをたくことを忘れ、二回シャッターを切った。月光越しに暗所の写真。彼女はすぐに舌打ちして「ちくしょうっ」と叫び、カメラバックの中を手探りで探す。

 シャッター速度と連動できるフラッシュライトを取り付け、望遠レンズに付け替えている間に、黒服の男が瞬間移動した。ランカは視界の端で彼の消失を見ていたが、ティエンは「一体何っ! 天狗はどこっ?」と叫んで辺りを見回している。

 そんなティエンの手から三脚を奪い返し、カメラに取り付ける。

 上空を移動する羽の音がした。月明かり越しに木の葉が右回りに渦を作り、また、下方から持ち上がった別の竜巻にぶつかるのが見えた。それ以上は暗くてよく見えない。

「ここが夢なら撮らせろ!」

 彼女はそう叫んで走り出した。ティエンが後から追いかけてくるが、ランカは十キロ以上の装備を担いだまま、彼を引き離すようにして走り抜けた。

 天狗は黒い影にぶつかり、方角を不意に変えた。八坂神社の西楼門に流星のように向かっていく。その背後を鋭い槍のような黒い影が追いかける。楼門の真上に一度足をおいた天狗は背後から走ってくるランカを一度振り返った後、翼を広げ、ふわり、と風に乗った。

 東大路を北上し、泳ぐようにゆったりとしたスピードで通り過ぎていく。車の通りがなく、閑散とした夜の京都の街中を黒い影が羽ばたく。その方角は鞍馬山へ向かうものだろうか。ランカは空を見上げ、砂利道を駆けた。楼門を出て、急な階段を跳躍するように駆け下り、祇園の交差点を突き抜けた。

 ランカの横から、上空に跳ね上がる黒い風の存在があった。黒いスーツを着た少年のような男が、雑居ビルとアーケードを縦横無人に駆け抜けて、壁を駆け上がっていく。彼には重力の影響はないようだ。あっというまに劇場の真上に到達し、片手で風を切るようなしぐさで天狗に風をぶつけた。天狗は彼と交差するようにして、下に飛び降りる。

 それが走ってきたランカの目の前に突如降り立った。

「あっ!」

 抱えていた三脚とカメラを抱きしめて身を丸め、天狗の体にぶつかった。とっさの判断だ。自分の身より数十万するカメラ機材の方を守る。結果、無防備な状態で天狗の腕の中に飛び込んでしまう。

 抱きしめられた瞬間、苔の中に流れる清水のような香りが鼻に届く。野生の森の香りがした。背後から包まれるようにして、真っ白い翼に抱かれた。

 覆いかぶさるようにして大きな存在がランカを受け止める。その生物は赤く焼けた肌と穏やかな青い目をしている。彼らの思考を心に感じた。それは天から降ってきて、心の中で点滅する。


――小さな星の、小さな生命よ。


 天狗は人をさらうという。女であれ、男であれ。

 姿を見せずに高笑いをし、風を起こし、礫をぶつける。

 森の中に住む、山の神。それは、空に狗のしっぽのような姿を見せる。この国では、流星は、乱世を告げる凶兆である。

 途切れがちな音の渦を拾って、彼の言葉を感じる。


――お前が必要だ。なぜならば、


 ほしがぶんれ つ しうみが あかく なる てんにひか  りがはしりい  なづまのよ うな てんた いがやっ て くるみえない や みがそら をおお いう みがまちを  おそうだいち  がおちおお くの せいめ いがまじ り あいぎんがが ぶ つかるた つまき がそ らにもちあ  がりおおきな  ゆきがふっ てく るさか ながそら を とびさばくに あ めがふり こおり がく ずれしろい  もりがふえる  そらにおお きな あなが あきうみ の そこからおお う ずがまき あがり りく のものがう  みにかけこむ  かおがふた つつ ばさが はえるた ま ごのからはや ぶ れるなな いろの かわ がながれこ  がねのだいち  にゆきがふ りだ いちは なにもう み ださずほのお に やかれる くろい もの がほしをの  みこみあかい  ぎんががあ らた にうま れるとき は のびちじみき え しはきえ せいは きえ そんざいは  きえじかんは  きえるいく たび もくり かえすな ん どもくりかえ す そのきお くがか くじ つになるま  でうまれては  きえていく ぱる すわた しがここ に いるというあ い ずそのし ぐなる がせ かいをそん  ざいしつづけ  るゆいいつ のほ うほう くりかえ し たそのこうい だ けはあな たのそ んざ いをしめす  ぷろせすはじ  くうそのも のこ のくう かんがそ ん ざいしたきお く をうちゅ うはき おく するしんし  ゅくをくりか  えしはっせ いし ょうめ つしんじ ゅ んはじまりの と きからし ゅうえ んを しるものい  くたびもいく  たびもいく たび もここ にあれ


――幾度も生きて死ぬがいい。そのプロセスを繰り返し、宇宙の胎内へ奉納せよ。


 星の止まる音が聞こえる。ポールシフトだと誰かの記憶が。丸い駒が回っている。軸足はすでにぶれてよろけている。駒の周囲に張り付けた模様にゆがみがある。北部に大陸が集まり過ぎているから、これから倒れるのだ。地球の一部分の大気が停滞して濁り始めている。表面積は同じ速さで回っていない。

 雲は北半球で早くなり、南半球で停滞する。ブラジル上空で真っ青に澄んだ海が見えた。その場所から時空が透き通り、空に向かって穴が開く。ゆがみが広がっていく。その場所はもう止まり始めている。

 表面の皮がよじれ、しわが大きくなっていく。ブラジルの少し北にある海域にとても重たい存在がある。鉄のような固くて重い物質が沈んでいる。それが地球の内部を引っ張り、星の自転とは反対の作用を生んでいた。アメリカから日本、フィリピン、インドネシア、オーストラリアへと衝撃が走っていく。最初に噴火するのは、オーストラリアの近くにある海底火山だった。

 古いコアにしがみついていた皮がその場所からはがれていく。

 一枚一枚、その繋ぎ目がほころんでいく。

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