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みたまおと  作者: tomoya
第7話 再来
22/30

 タクシーをもう一台呼ぶことにして、先にクヅノ博士とティエンが先斗町へ行くことになった。ニコルは自分の部下を幾人か彼らと行かせ、新たなタクシーを呼び寄せる。クヅノ博士が戸惑っていたが、ニコルは「先斗町には一度行ったことがあります」と答えて、ランカに笑いかけた。

 ニコルが、女性と一緒に行きたいのだ、という意思表示をすると、クヅノ博士の表情が少し崩れた。ランカの反応を気遣うように見つめる。ランカは片手を振って「道順なら、さっき見てきた」と笑みを浮かべた。

 彼女が同意を求めてティエンを見たとき、その笑みは少しひきつった。彼はあからさまな態度でニコルを睨んでいた。彼にとっては警戒すべき人物だ。ブラジリアではそういう対象だったのだから。

 ニコルも彼の視線に気が付いて、身を改めた。

「二人きりでどこかへ消えるようなことはしませんよ」

「当たり前ですよ。彼女は仕事でこちらへ来ているんです。撮影スタッフなので、勝手な真似は控えてください」

「そのつもりです……タクシーが来ましたね。こちらが先導しましょう」

 ニコルは新しく来たタクシーにランカを誘って乗り込んだ。彼にエスコートされている彼女を見て、ティエンの機嫌はますます悪化する。ランカは困った顔になり、クヅノ博士に「後はよろしく」と声をかけた。

 二手に分かれてタクシーに乗りこみ、河原町へ向かう。

 五条通から川端通へ向かい、京都市街を南北に流れる水位の低い鴨川沿いに北上する。昼間は渋滞する道も夜間は込み合うことがなく、流れるように進む。

 ニコルは短い時間にランカに話した。

「彼らにも時間を思いのままには操れまい。ただ、時間の流れに合わせて『記憶』を作り替えているだけだ。遠隔操作でなぜそんなことができるのかわからないが、彼らにとって不都合な未来を避けるために、予知能力のある人間を傍に置いているだろう」

「未来を読み取って、脳内の記憶を変え、その人の行動を操っているということ? ペルルブランシュとクヅノ博士の件がどうして彼らの脅威になるの」

「私は君に何をどこまで話したのだろう……私の記憶は既に作り替えられている。日本に来てからの記憶が錯綜している。私は二度、この町に来た記憶がある……だが、そんなことはありえない」

「……プライベートで来たとか」

「あなたとこの町に? 今まで、私にプライベートなんてなかったよ。彼らに組織が記録している書類まで書き換えられるとは思えない。後で確認してみよう。私が日本に何回来たのかがわかるはずだ」

 ニコルは切ない笑みを浮かべて、座位を改めた。後部座席で少し姿勢を崩し、窓の外を見て、場所を確認する。商店街を通り過ぎ、河原に出ると道沿いに北上した。

 前席に座っている彼の部下が不安そうに背後を振り返った。彼は後部座席にいる仲間と目配せをして、微かに首を振っている。ニコルの言葉の内容がわからないようだ。

 今、自分の身に何が起きているのかを感じ取っているのは、ランカとニコルだけだ。

 夜景を見ながら、彼は再び口を開いた。

「ペルルブランシュは人間を操る精神波をもっている。あれが生物なのか、幻影を見せるシグナルに過ぎないのか、私にはわからない。我々はペルルブランシュの検体をもっていない。クヅノは既にその記憶を忘れている……こうして、闇に葬られていくのだろう。もともと、彼は自身もその存在を疑っていたために、この研究を一人でやっていた。彼の記憶が失われたと気づくものは少ないだろう。そうしている間に、遺伝子情報を入れた検体が失われていくに違いない。彼に記憶がないのなら、その検体を保護することは難しい」

 こうしている間にも、覚えたはずの記憶が、幻のように儚く感じられてくる。この肉体で体感した「現実」を失っていく。この記憶は勘違いではないのか、と。

 この世は記憶でできている。確たるものは何一つとしてない。

 手で触れる触感も、時々刻々と変わりゆく嗅覚も、視覚も、聴覚も何もかもが。

 神経のパルスによる記憶。

 ニコルは片手で額をなでた後「サングラスをあの店に忘れたはずだ」と言いながら、自分の眼を隠す。ランカは彼の様子を見て、にんまりと笑った。彼は自分の眼を外にさらすことを好まない。サングラスをかけていない状態に違和感を覚えたのだ。だからこそ、彼はその感覚に気づいたに違いない。偽りの記憶があることに。

 前席にいた男が携帯電話を取り出して、会話を始めた。 

 運転手に店の位置を伝えて、裏通りに入っていく。先斗町は車の出入りができない小道沿いに店が軒を連ねている。そのうちの一つに席を取って飲むことになった。

 車を降りるときに腕時計を見た。ヨハンが来る時刻を計算する。また、同じような事態に陥ることは避けたい。だが、彼に説明してもらわなくてはならない。

 今、何が起きているのかを。

 ニコルが外に出てきたとき、すぐ後ろにタクシーが止まった。中からティエンが飛び出してきて「ランカ!」と大きな声で呼ばれた。ランカは片手をあげて無事を知らせる。

「一つ一つの記憶を作って与えるのは手間だろう。奴らはただ奪っただけだ。我々は起きたままREM睡眠を体験しているのかもしれない……現実の姿を見合う形に調整しているのだろう……今、もしかしたら、まだ眠っているのかもしれない。現実にとても近い感覚で。ここが夢でない可能性を考えてみたまえ」

 ニコルはそう言ってランカの傍から離れた。ティエンは二人の間に割り込むようにして飛び込んできた。少しニコルを睨んだあと、小声で「大丈夫だったか」とランカに問う。ランカはそっけなく「当たり前よ」と答えたが、ニコルの言葉に少なからず衝撃を覚えていた。今、自分は起きているだろうか。確実に現実の中に存在しているだろうか。

 その確信を持つことができない。

 足元に触れる固い大地が大きく揺らぐような感じがして、おびえた。

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