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みたまおと  作者: tomoya
第7話 再来
20/30

 たった一点の光から、全ての時間が始まった。

 時空を認識する前にそれは増殖を開始する。消失点から動き出す光は、あまりに眩しくて速度を覚えない。無限の光線が集まればそれは光の集合である。インフレーションは激しく、光は火の玉であった。宇宙が晴れあがり、闇が生まれ、ようやく光の姿が見えるようになる。時空が冷え固まり、こぼれるように固体へと変異する。

 物質があふれる。物質同士のぶつかり合い。共鳴が記憶を生み出し、時間と空間にその事象を固定させた。記憶は物質。物がぶつかった時の共振。衝撃から生まれた残像。

 風に運ばれて寄り集まり、無と有の狭間で河を形成する。白い光の川に生命が宿る。

 トンネルの中は光が点滅している。

 長い闇の記憶。その場所を知っているはずだった。出口を示す点灯が続いている。その方角に行けば間違いがない。

 通り過ぎていく車のヘッドランプが縞模様のように連なる。車のヘッドランプだと思っていたが、それは宇宙船だった。楕円状の光が通り過ぎ、トンネル内の明かりは点滅を早める。どちらが出口になるのだろうか。前方か、後方か。

 我々はどこへ向かっているのだろうか。

 その光の輪の外に、赤い肌をした先住民族がいた。時の流れから外れて絶滅してきたものたちがこちらへ歩いてくる。サーベルタイガーが長い牙をむき出しにしてトンネルの外側から中へ侵入しようとしている。彼らの爪が構内をひっかいた時、トンネルの中が大きくうねるような感じを受けた。

 浸食される。時の流れを変えられる、と感じた。

「あれは絶滅したわけではなかったの?」

 ランカは追いかけてくる彼らを見てそう聞いた。

 絶滅したトラはランカが乗っている車を追いかけてきた。そのトラをどこかでみた。鞍馬山で対になったトラの銅像だ。彼らは背中に翼が生えている。スピードに追い付けず、彼らは大きく前足を踏ん張ってから空へ飛びあがった。ランカの視界から消える。

 背後にいた男が答える。

「タイムラインを交差させるわけにはいかない。我々は彼らが絶滅した後の世に生存している存在だ。彼らが生きている未来との交流は危険だ」

 背後に誰がいるのか。だが、その声は懐かしい。ランカは視線を車の外から中へ移動させた。薄暗い車内に彼がいるはずだった。ヨハンが。

 だが、その視線の先に、窓ガラス越しに映るネオンに照らされたティエンの顔があった。

 彼は運転席に向かって声をかけていた。

「ポントチョー、は、ゲイシャのまち? 有名ですね?」

 運転手が機嫌のいい声で答える。

「そうですよ。芸者、きれいですよ。お兄さん、中国の方でしょう」

「あ、ごめんなさい。よくわからないです」

 ティエンが照れくさそうに笑うと、運転手が英語交じりの奇妙な日本語で「オーケー、大丈夫。芸者、きれいきれい、ビューティフルや!」と答えた。

 ここはどこだろうか。いや、車の中だ。

 いつから車に乗っていたのか。

 ティエンが気付いて、ランカに目を向けた。彼はほっとした顔になり、英語で話しかけてきた。ランカは時空を消失したような感覚になって、戸惑っていた。

「先斗町は細長い場所だってね。美味しい日本料理を出してくれる店があるらしい。河原四条から北上したら、芸者を見られるかもしれないと書いてあるんだけどさ……八坂神社まで歩くのは少し遠くない? 先に撮りに行く?」

「え? 誰が?」

「ランカが言ったんだろ。八坂神社で幽霊を撮りたいって」

「はあ? 幽霊……それはマイキーのジョークよ」

 ランカは車内を見回して、もう一人の姿を探す。ヨハンはいない。クヅノ博士もいない。ニコルたちもいない……記憶が混乱した。いつから、意識がないのだろうか。

 彼女は一度腕時計を確認して、現在の時刻を見た。

 午後二十一時三十分。

 ティエンはランカの異常に気が付いていない。何が起きたのか理解できないのは、彼女だけだ。ランカは今目覚めたわけではないらしい。ティエンはランカが今「目覚めた」ということに気が付いていない。いや、その前に「ランカが八坂神社へ行く」と言ったらしい。彼女はそんな台詞を覚えていない。

 ランカは後部座席に座り直し、顔をそむけて車外の風景を見た。

 川沿いに北上しているのか、浅瀬を流れる水の動きが闇の中にかすかに見える。人通りは多くない。夜の九時を回れば、人通りは減るという。商店街の多くが既にシャッターを下ろしている。閑散とした様子の中、京都市内を走るバスを待つ人の列が見えた。何が起きているのかわからない。ランカは心の動揺を隠すようにして腕を組んだ。

 ティエンはガイドブックを見ながら、日本語で会話を続ける。

「京都の夜は楽しみです。何か面白いものはありますか」

「せや、お兄さん、芸者呼ばはるんなら、もう、今日は遅いで。今頃は町家に行ってももう誰もおらへん。もっと早うせなかん。今からやと何があるかな? そっちの姉さんのように肝試ししたらええかもしれへんけど、冬はやめとき。寒いだけや。冬の幽霊が出るには少し早いしねえ」

「は、はあ……」

「ちょっと前までは、八坂さんも夜にライトアップしてたんやけどね。京都の夜景を見るなら、少し戻って、京都タワーに登らはったらどうやろ。あまりパッとせんと思うけど。京都はね、景観を大事にしはる街や。今は、環境にええことしてピーアールしてるんです。環境なんたらって国際会議が開かれたんですけど……なんやろ、英語は苦手でよう言われへんけど、そんな感じで夜は暗いんです」

 早口でいろいろ説明されているのだが、ティエンは困った顔でICレコーダーを握っていた。後でマイク起こしをするつもりなのだろう。

 ランカの体が振動を感じた。

 彼女は一瞬、びくっと体を震わせて固まった。ポケットの中から、振動が広がる。ティエンもそわそわした様子で自分の体を触っている。運転手が日本語で「あ、携帯電話ですか、お客さんの音?」と言いながら笑う。

 ランカは自分の携帯電話を取り出し、ティエンに合図をしてから電話に出た。

 九時半……マイキーからの連絡ではないだろう。

 電話の向こうから、懐かしい彼の声がした。その声を聴いた時、ランカは体から力が抜けるのを感じた。

「今、関空だ。今日中に会えないか」

 ティエンはぼんやりした顔つきで彼女の様子を見ていた。ランカはティエンから目をそらして、電話機を別の手に持ちかえる。

 何も答えずにいたら、ヨハンが続きを話した。彼にしては少し珍しい優しい声で。

「無事でよかった。普通に話せるのか? どこかに障害は残らなかったか」

 彼の言葉に戸惑った。障害が残るような何かがあったのだろうか。直後、ランカが混乱している今の状況を、彼は理解できているのではないかと勘付いた。ランカには説明できないことだったが、ヨハンは何か答えられるだろうか。

 ランカはようやく口を開いた。

「何が起きたのか、わからない。今の時間は夜の九時半……一時間近く記憶がない」

 ヨハンはすぐに答えた。

「こちらも切羽詰っていた。突然巻き込んですまなかった。君の脳には影響を与えないように注意をした。君が意識を失っている間、我々も彼らを見失った……今、君の傍には誰がいる?」

「……言葉にしなくてはダメ?」

「いや……いいよ。確かめたかっただけだ。彼らがいないことを」

 彼らがいない、と言う。だが、彼がいる、とは言わなかった。ランカはかすかに胸の痛みを感じつつ、ティエンを見つめる。ティエンは少し切ない顔で彼女から目をそらした。

 ランカは気持ちを入れ替えて、背を伸ばす。

「一時間後に会いましょう。あなたに聞きたいことがあるわ」

 ヨハンは電話の向こうで「わかった」と答えた。京都に着いたら連絡する、と言ってから通話は切れた。ランカは電話を耳から離して、ティエンを見る。

 彼は呆れた顔で黙っている。

 次の瞬間、二人は同時に声を出した。

「元旦那だけど文句ある? 日本に来たらしいわ。仕事よ、きっと」

「どうして、いちいち俺の顔を見るの? 別にいいよ、行けばいいだろ」

 再び携帯電話の音が鳴る。ランカとティエンがあわてて手を動かしたら、運転手が「あ、今度はわしや」と答えて、笑った。

 運転手は無線を切ってから、携帯電話に手を伸ばす。信号が赤になった時、彼は一度頭を下げて自分の電話に出た。

 ティエンはため息をついて、自分から電話をかけ始めた。ランカは彼にどこにかけるのかと聞こうとして口を開いたが、直後に辞めた。ティエンは電話に向かって話し始めた。

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