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「世界に色が生まれたのは、生物が水から陸地へ進出してからのこと」
「太陽光の反射パターンを判別するシステムが生まれ、色覚につながったと考えられる。人間は類人猿の中でも特に豊かな色覚を持つ生命で、世界を識別する能力が高いと言える。だからこそ、ペルルブランシュと人の間には幾度も交流があったはずだ。彼らを正しく識別できるのは人間をおいて他にいない」
「……それがクルスベリーさんの仮説か」
「神を認識しうるのは、神の子ゆえの人の能力です」
ペルルブランシュの天敵は色覚の豊かな生物だったのだろう。生物が判別できる色覚の波長域はまちまちだ。人が認識しえない波長域を判別できる生命もいる。世界には色があふれていて、形があふれている。ペルルブランシュは見えないけれども、そこにいる。
見えない物体というものが、この世にはあるのだろうか。
クヅノ博士は本当にその生物の遺伝子を解析したのだろうか。ランカに第六感ともいえる能力がなければ、彼の言葉を信じられなかったかもしれない。彼女はペルルブランシュの存在を今では確信できている。
テレパシーの能力があったから。
クヅノ博士はなぜ、彼に気づくことができたのか。常人はその存在を知りえなかっただろう。ただの風だと思うに違いない。彼らの意志を感じ取ることができなければ。
「人に精神があるのは、なぜだと思いますか」
ニコルが不意に話題を変えた。クヅノ博士は酒を一口飲んでから答える。
「心はどこに存在するのか……人が人たり得るのは、心があるゆえのことですね」
「心は遺伝子ですか? 心は脳神経ですか? 心は肉体ですか? 心は心拍音ですか?」
人が人である条件は心を持つこと。いや、思考する自我を持つが故のこと。
ニコルは続ける。
「心は神が運ぶものなのです。我らは神の恩寵を数千年前から抱くようになりました。それまで、我らに思考は存在せず、他の動物と同じく地を這う動物に過ぎなかったのです。だが、我々は光を判別しえた……それ故に、神にささげられる生贄となったのです」
クヅノ博士はもう一口酒を飲んでから、ニコルを見つめ返した。ランカも改めて目の前にいる男の様子を観察する。彼はそう信じているということを知っていた。この男は研究者だが、研究者ではないのだ。神の子であるという自覚のある異端者だ。
無言のうちに、クヅノ博士はランカと目を合わせて確認をとっていた。この後のことをどうするか、と彼の視線は迷っているように見えた。そんな彼にニコルは告げる。
「博士……あなたはそのペルルブランシュに魅入られた一人です……我々はあなたの身を守らねばなりません……悪魔があなたの肉体を神から奪うために狙っているのです」
共同研究はやはり形の上の話だ。彼の目的はクヅノ博士の研究を宗教上で利用することなのだろう。ランカとクヅノ博士は困惑した表情になる。
ニコルは二人の表情が変わったことに気付き、軽く笑ったあと、酒に手を伸ばした。
「日本の方は宗教の話題が苦手らしいですね」
彼はそんなことを言いながら、クヅノ博士の杯に酒を注いだ。博士はあわてて杯に手を添えて酒を受け取る。