異国の沙汰も金次第のようです。
案内された部屋はバダの居た部屋の倍ぐらい広かった。世話をするからといって用意された客室は、正にお客様を招いた時用なのだろう。高価かもしれないと思われるような壺やら布(タペストリーっていうんだっけ?)やらが飾られていた。
そしてベッドにはいわゆる天蓋が。
あの主、見た目がいかついわりにお貴族様なのね…。
壁の布や絨毯は模様が凝っていて中東を思わせる。でも天蓋つきのベッドはヨーロッパの雰囲気。それが不思議と調和が取れてるのは家の造り自体がシンプルだからだろうか。
窓の外は昼過ぎごろの日差し。屋敷は小高い丘にあるみたいで、眼下にある森の緑の間から見える白い漆喰の真四角な家が角砂糖みたいでちょっと可愛かった。
窓を開けるとぬるい風が吹き込んできた。湿り気は感じなかったので乾燥地帯なのかもと思った。
「あ、砂漠から砂が飛んできますから、窓を開けるのは朝方か夜だけにしといてください。」
「そうなの?ごめんなさい。」
窓を閉じて窓際に置かれたソファに座る。生粋の日本人の割りにこういう部屋ではあの主のように地べたにはなんとなく座りたくないのは何故なんだろう。やっぱり畳があってナンボなのかも。
わたしがソファに座ったのを見て、バダも失礼しますと言って正面の椅子に腰掛ける
「それで、帰れるけど…難しいって言ってたけど、どういう事なの?」
「はい。海を越えると『マルミミの国』があると言いましたが、交通手段がないに等しいんです。」
彼の話を要約すると
ドリヌイの国とマルミミの国を分かつ海はとんでもなく広く、しかもはんぱなく荒れていて船で航海するのは無理だという事。
そして飛行機なんてものはなく…。
「それじゃ無理なんじゃないの?」
「いえ、ひとつだけ『舟』という手があるんです。」
「船?」
「いいえ、『舟』です。」
これって口で言ってるだけじゃわかんないんだけど。
「水に浮かぶのを『船』。空に浮かぶのを『舟』と言います。」
「それは、具体的に飛行機とどう違うの?」
するとバダはおもむろにぱちんと指を鳴らした。
ぱしゃ
バダとわたしの間にあるローテーブルの上に小さな水溜りが出来た。
「ドリヌイの国には『精霊の息吹』というものが絶えず空間にあります。それは場所によって濃さは違いますが。そして、ドリヌイはその個人の適性によって精霊の息吹を『力』や『現象』に変換することができます。」
「つまり、魔法みたいなものね。」
「まほー?」
ううん、と首を振って先を促す。
「僕は水を操る適正がありますが、単純にこの『精霊の息吹』を『エネルギー』としてある一定の濃度で蓄えて、『舟』という大きな入れ物を浮かべるんです。」
「それって…結構大変な…?」
「そうです。舟を浮かべて安全にマルミミの国に行くにはこの『精霊の息吹』を大量に蓄える技術とそれを集める労力、加えて舟自体を造る時間と…まあ、ひっくるめて金銭面でかなりの負担がかかるということです。」
はふ。
わたしはソファの背もたれにおもいっきりもたれかかって天井を見上げた。
「帰りたいなら、稼げ。という事か。」
結局異国(異次元?)に行ってもサラリーですか…。世知辛いわっ。
「でも、サトコさん。幸いなことに、うちアルハタール家は『精霊の息吹』を蓄える研究をしているんです。決して途方もないことではないですからね。」
一生懸命フォローにまわるバダ…。なんていい子なのかしら。
「でも舟の手配とか言っちゃって、責任マルナゲじゃないよ。あんたの主は。」
こんこんと控えめなノックがあった後にカートを押しながら女の子が入ってきた。
緑色の髪の毛をてっぺんでお団子にした娘。見た目は(あくまでも見た目)二十歳くらいかなぁ。にっこり笑うともっと幼く見える。
「失礼いたします、お茶をお持ちしました。お菓子などは…」
そこでわたしと目が合った
「うひゃぁぁぁぁぁぁっ!ま、ま、マルミミぃーーーーーっ!!」
奇声をあげてへなへなと腰を抜かしてしまった。
「毎回、これかいっ!」