現状を把握してみましょう。
あーあー、とか言いながら周りに控えていた侍女たちが床を拭く。主と同じく耳の長い彼女達はわたしのほうをちらちらと窺いながら、一定の距離を取っているようだった。
(怯えてる?)
視線をめぐらせると侍女は平気そうな顔をしている風だけど表情は強張ってるみたいだった。
「リュアクス様。先ほど申し上げました、『迷い人』です。」
『迷い人』という固有名詞があるという事はわたしのような人が頻繁に来ることがあるのだろうか。また後で聞いてみよう。
「マツヤマ・サトコと申します。」
一応、日本式に正座できちんと礼をしてみる。
顔を上げると主はわたしを睨むように凝視していた。若干腰が引き気味なのでこの人も怯えているのだろうか。
「サトコさん、この方はリュアクス・アルハタート様。この屋敷の家長でアルハタート家の当主でいらっしゃいます。」
紹介をされた主は今更ながらに姿勢を正してふんぞり返った。
「それで、なんでマルミミがいるんだ。此処に?」
「だから、先ほども申し上げましたが…。『迷い人』です。裏庭に倒れているのを見つけて保護いたしました。」
どうやら主はあんまり話を聞かない性質のようだ。バダは多少うんざりした様子で説明を繰り返す。
「ふん、まあいい。バダ、お前世話をしてやれ。」
そしてその説明の途中で話は終わりだといわんばかりに手のひらをひらひらさせて下がるように言った。
「帰るというなら舟の手配もお前がしろ。」
「は、はい。」
それきり主は傍らに置いてあったワインを飲み始めた。
「すみません…。」
後ろで扉が閉まると、バダはうなだれて謝る。
「…あなたが謝ることじゃないわ。待遇に文句を言える立場じゃないようだし。」
「ここではサトコさんのような人は『マルミミ』と呼ばれています。」
耳が丸いから「マルミミ」なんだろうなあ。単純というか…。
「ドリヌイとは違う人種で、…未知の生物といった認識なので、皆さんああいう風に驚かれるんです。」
わたしは鬼か。
昔話の時代の異人さんのノリなんだろうなあ。
明らかにわたしよりあの主の方が山賊みたいな風情だったと思うんだけど…。
「そういえば、帰るとか、船とか言っていたけど…帰れるの?」
「はい、海を越えるとマルミミの国がありますから。」
そうなんだ。漠然ともう帰れないものだと思っていたからほっとする。
「でも…。」
「でも?」
「海の向こうにある『マルミミの国』に行くのは簡単なことではないんです。」