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05 診療所にて①

第5章 診療所にて①



「で、あんな小芝居させた理由を説明してくださいよ、大佐」


メアリーを送り届けてから宿に戻ると、既にクロウフォード中尉とハインツ准尉は調査から戻っていた。ハドソン軍曹の言葉にクロウフォード中尉が反応する。


「なにか進展があったのですか?」

「いやそれが俺もよくわかってないんですけど……とりあえず、大佐は明日からしばらく貧民街の診療所で働くそうです」

「どういうことだ?」


先ほどまでの出来事を説明するが、クロウフォード中尉はいまいち納得しきれていないという様子だった。


「経緯はわかりましたが、わざわざ大佐がそんなことをする必要があるとは思えません。たしかにその場所なら多少なりとも情報は集まるでしょうが……」

「貧民街に負傷兵が集まっているともなれば我々が軍人であることもバレやすくなってしまうのではないでしょうか。可能性は低いですが戦場で大佐を見かけている者もいるかもしれません」


中尉と准尉のいうことももっともである。情報を集めるだけならば適当にハドソン軍曹に大怪我させて入院させるでもいいのだから。そのほうが手っ取り早い。しかし私自身、確証があったわけではないが、少々気になる点があの場所にはあった。


「なに、今のところ診療所の人間と明確な面識があるのも私だけだし、幸いにも助手の少女からの信頼も勝ち取ることができたわけだ。一番溶け込みやすいのも私だろう。それに、まあ、消去法というのもある」


ハインツ准尉はあのせまい診療所では動きづらいことこの上ないだろうし、ハドソン軍曹に医療現場で働かせることなど論外、クロウフォード中尉は……曲がりなりにも接客をするわけだから、少々愛想の面で問題がある。


「しかし、その……」

「なんだ准尉」

「大佐も愛想笑いとかできるんですか?俺と聞き込みしてた時も無表情だったじゃないすか。相手は平民といえども病人ですからね。大佐の仏頂面で人が来なくなったら本末転倒っすよ」


発言に躊躇している准尉に変わるように、軍曹が口を挟む。癪だが普段の私を見ていればその懸念が浮かぶのも仕方がない。


「私もそのぐらいはできる。貴官らは知らないだろうが、これでも社交パーティーの場などに呼ばれれば私も貴族どもの談笑に応じることも少なくないのだから。ほら、こんな感じだ」


にこりと笑顔を見せればこいつらも納得するだろう。いつも夜会では見かけに騙される馬鹿どもがうじゃうじゃ釣れるぐらいだ。しかし部下たちの反応は予想に反して酷く苦いものだった。


「なんだ、私の愛想笑いは完璧なはずだが」


鏡で確認してみるが、うむ、いつも通りの笑顔だ。


「はい、完璧な笑顔です。ですが……」

「その、普段の大佐を知っていると、何と言いますか……」

「めっちゃ不気味っすね」

「二階級特進したいらしいな」

「冗談です!とても素敵だと思います!」


ならば問題ないな。


「では明日から私は例の診療所に向かう。貴官らはこれまで通り町での聞き込みを続けるように」

「了解いたしました。大佐も色々とお気を付けください」


少し引っかかる言葉もあったが、一先ず話の決着はついたところで、今日は各自休息をとることとなった。




***




「ということで改めて、アルジェント・クロウフォードだ。しばらくの間世話になる」


私は早朝から診療所に訪れていた。昨日メアリーを家まで送った際に、朝食に間に合う時間にくると約束していたからだ。


「ず、ずいぶんお早いですね」

「メアリー先輩のご指示で私が朝食を作るからな」

「え!?アルジェントさんが!?」

「そんなに驚くことか?」


私にも多少なりとも料理の経験がある。それに、メアリーには近くに椅子で座ったままではあるが指示を受けて行うから、そうそう失敗することはないだろう。

アッシュが自分がやると言い出したが、黙って見ていろと下がらせた。心配そうに見つめるアッシュを余所に、メアリーと二人で朝食づくりを開始する。


「はい、じゃあまず手を洗って。まず卵をボウルにいれてください」

「了解した」


卵を三つ取り出して殻を調理台に叩きつける。すると卵は見るも無残な姿に変貌した。


「……これは私の分だな」

「アルジェントさん、もうちょっと優しくやれば大丈夫ですよ!」


メアリーの言う通りもう少し力を抜いてやると、少し殻は入ってしまったが、二個目と三個目はうまくいった。力加減が難しいものだな。


「その調子です!じゃあ次はハムを薄くスライスしましょう」

「わかった。これだな」


小さなハムをカッティングボードに乗せてナイフを手に取る。たしか食材を押さえる側は猫の手にするんだったな。……猫の手とは?

ナイフを構えて食材に切り込みを入れる。しかし切れたのはハムではなく私の指だった。


「わあああああ!!」


アッシュが飛んできて私の手を取ると、素早い動きで傷口の洗浄・止血・消毒を行った。慌てていてもその手つきは迅速かつ丁寧だった。


「あの、アルジェントさんは座っていてください……!僕が作りますので!」

「このぐらい怪我にも入らない、私は大丈夫だ」

「僕が大丈夫じゃないです!寿命が縮みます……お願いですから座っていてください」


そこまで言われると私も強くは出れない。すっかり先ほどとは立場が逆になってしまった。不甲斐なさを感じながらも、キッチンに立つアッシュを後ろから眺める。ああ言ってはいたが、アッシュもメアリーに手伝いを頼んでいることを考えると、私と然程変わらないのではないか?お茶を淹れるのは上手かったが……。

そんな私の心配とは裏腹に、食材を刻むアッシュの手際は鮮やかだった。私の手つきとは比べようもなかった。


「なんだ、普通に料理ができるのか」

「一応一通りはできますよ」

「先生は手が器用だからお料理も上手なのよ。お裁縫とかも得意だしね。でも自分の事となると変にずぼらで、ご飯も抜いたりするから私が作りに来てるんです」


なるほど、そういった経緯だったのか。まあアッシュの事だからメアリーに仕事を与えるためにもそうしているのかもしれないな。和気あいあいと朝食づくりに励む二人を眺める。結局足を引っ張ってしまったな。この後の診療所の業務で挽回せねば。

軽快なリズムで聞こえてくるナイフの音に、懐かしさを覚えた。不意に、あの日診療所の前で見た幻影が、再び私の目に写る。一人の女性がキッチンに立ち、横にある鍋からは湯気が立ち上っている。


『アル、もうすぐご飯ができるわよ』


私によく似た、けれど優しい雰囲気の女性が振り返って声をかけてくる。少女は駆け寄り彼女の作ったスープを器に注いで———


「アルジェントさん、ご飯できましたよ」


いつの間にかアッシュがこちらを心配そうにのぞき込んでいた。人にやらせて置いて自分はぼうっとしてしまっていることに罪悪感を覚えた。


「すまない、ぼんやりしていた。配膳は手伝わせてくれ」

「いえ、それよりまだ体調が悪いですか?前に来た時も具合が悪そうでしたし……。そもそも、診療所のことだって、貴女が心配する事でもないんです。むしろ、メアリーがこうして無事なのは、貴女のおかげなんですから」


何も言い返す事が出来ずにいる。もともとここにいる理由もかなり無理があるものであったし、仕方がないだろう。だがこのままでは私の捜査は滞ってしまう。多少の情報開示は止むを得ないか。見かけによらず聡い男だ、アッシュも私が何らかの思惑を抱えている事に気づいていそうだ。


「すまない、私がこの場にいるのは仕事のためなんだ。隠していて悪かった。もちろん、メアリーの傷に責任を感じているというのも事実であることを念頭に入れて聞いてほしい」

「お仕事、ですか?」

「とりあえず冷めないうちに朝食を食べましょう。食べながらでも話はできる筈です」


アッシュの言葉に一先ず料理を運び、全員席についた。相変わらず美味しそうな食事が食卓に並んでいる。食前の祈りを捧げ、冷めないうちにオムレツを切り分けて口に運ぶ。


「······美味いな」

「あはは、久しぶりだったのでちょっと不安でしたが、お口に合ったようで何よりです。先生が良いからかな」

「アルジェントさんもちゃんと練習すればきっとできるようになりますよ!また今度一緒にやりましょう」


二人ともフォローを入れてくれているつもりなのだろうが、むしろ自分の惨めさが浮き彫りになった気分だ。この機会に練習するのも悪くないかもしれない。


「それで早速ですが本題に。アルジェントさんがうちに来た理由とは?」

「以前ここに訪れた時に仕事でこの街に来たと言っただろう。あの時は簡単に土地の調査に来たと言ったが、正確には帝国内の各地域の戦災状況の調査なんだ。統計を元に各地に人員を配置する予定でな。町の中心部での調査は終わったのだが、こちらの区画の調査が難航している。どうにもここの住人は警戒心が高い」

「なるほど、それでうちを利用しようとしたんですね。うちには人が集まりますし、ここの手伝いに来ているとなれば多少なりとも皆さん口を開いてくれると思います」

「政府の調査となると警戒を強められそうだったからな。いずれは話すつもりではあったが、隠していてすまなかった」


嘘と本音を織り交ぜて話す。実際に戦災状況の調査自体は平行して行っていた。そちらの調査資料は随時軍に向けて報告している。それを元にまた役所の奴らが人員配置のために下見にもやってくるはずだ。しばらく先にはなるだろうがな。


「じゃあアルジェントさんはお役人なのね。たしかにそう言うとこの辺りの人たちは警戒しちゃうかも」

「ここは負傷兵も多く在留しているとも聞く。戦時中の混乱で支援を受けられてもいない者たちにも、この機会に受けることができるだろう」


私の言葉にアッシュは考え込むような素振りを見せた。私の話の信憑性を疑っているのか、はたまた別の理由か······。やがて意を決したように顔を上げた


「わかりました。メアリーの傷が完治するまででしたらここを利用しても構いません。ですが患者さんへの聞き込みも無理強いはしないことが条件です。あとは診療所の手伝いもちゃんとして貰いますからね」

「もちろんだ。協力に感謝する」


そう言って頭を下げると、アッシュは少しばつの悪そうな顔をする。真っ先に患者への気遣いを口にするのが彼らしかった。この町の住人は治療費の安さだけではなく、この男の人の好さに惹かれて来ているのかもしれない。


「時間も押している事ですしさっさと食べちゃいましょう。あ、朝食ですけど僕が明日から作るのでメアリーの送迎だけお願いします」

「む······そうか。わかった、あの有様では当然だな」

「えー、アルジェントさんあんなにやる気あったのに可哀想よ先生」

「············今日と同じ時間に来るなら教えますよ。ただし、材料費は頂きますからね」


人が好すぎるのも考えものかもしれないが。

あまり話が進んでませんが、キリがいいので今回はここまでです。

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