03 調査報告
第3章 調査報告
なんとも不思議な光景だった。先ほどまで名前も知らなかった人間と食卓を共にしているなど、昨日の私に言ったとしてもきっと信じないだろう。
メアリーの作った朝食は至って普通のパンとスープではあったが、温かく優しい味わいは貴族の食事会で出るものよりも口に馴染みがあった。
メアリーに美味しいと伝えると、彼女はとても嬉しそうに笑った。
「お口にあって良かった。私の作るスープはけっこう評判がいいんですよ」
「うん、パンも美味しいよ。いつもありがとうメアリー」
アッシュもパンを一口呑み込んでからそう告げた。こういった和気藹々とした食卓は何年ぶりだろうか。なんとなくむず痒い気持ちになりながら、パンを口へと運んだ。
「そういえばアルジェントさんってここらへんでは見かけたことないですけど、外から来た人ですよね。どこから来たんですか?」
「仕事でね、帝都から来たんだ。この街には3日ほど前に着いたばかりなんだ」
「えっ、帝都!?」
私の言葉にメアリーは目を輝かせる。この年頃の少女にとって、帝都というのは憧れの象徴のようなものだろう。
「うわあ、すごい。ただならぬ雰囲気だとは思ってたけどまさか帝都から来た人だったなんて。いいなあ、ここと違って綺麗なお店とかたくさんあって、みんな綺麗なお洋服を着ているんですよね?」
私にとって帝都の街並みは見せ掛けばかりのハリボテのようなものだったが、少女の夢を壊すのは憚られたためここはお茶を濁す事にした。
「そうだな、私は仕事ばかりであまり赴いたことはないが、メインストリートなどは休日になると専ら着飾った女性達がショッピングに繰り出しているな」
おおよそ嘘は言っていない。部下たちが恋人に一日中荷物持ちに付き合わされたとよくボヤいているのを思い出した。目まぐるしく変わる流行についていくためには必須のようだ。私は軍服でしか参加した事がないためあまり詳しくはないが。
「ああ、そうだ。話が変わって申し訳ないが、この診療所はいつから開いていたんだ?ずっと前にこの街に訪れた時には無かったと記憶していてね」
「うーん、いつだったかなあ。私小さかったから覚えてないです」
「······9年前からかな。ずっと空き家だったここを改修したんですよ。まあ外側までは手が回ってないですけどね」
なるほど、9年前と言えば前の戦争が始まったばかりの頃か。この街は当時の前線とも近い位置にあったから負傷兵が多く流れ着いていた事だろう。この診療所はその名残なのだろうか。
「そういえば先生って何歳なの?」
「うーん、内緒」
「いっつもその返事。先生って若く見えるけど中身はおじさんみたいだからよくわかんないのよ」
「············」
どこか不服そうな表情を浮かべたアッシュだったがなにも言い返せなかったのか口を噤んでしまった。無言でスープに口をつけるだけに終わってしまう。だが確かに年齢の読めない男だ。見た目は20歳前後に見えるが、落ち着いた物腰は同い年と言われても不思議ではない。
「メアリー、男というものは少しばかりミステリアスなところがある方が魅力的に見えると思っている生き物なんだ。そっとしてあげなさい」
「はあ、そういうものですか」
「好き勝手言ってくれますね······まあいいですけど」
そんなくだらない話をしながらする食事の時間はあっという間に過ぎていった。気づけば日はすっかり昇りきっている。
「名残惜しいがそろそろお暇するとしよう。診療所の準備もあるだろうしな」
「長い時間お付き合いしてくださりありがとうございました。顔色が少し良くなったみたいで安心しました」
診療所の出入り口まで見送りにきたアッシュは、先ほど呑んだお茶の葉を包んで渡してくる。代わりに私は懐から数枚の紙幣を取り出しアッシュに握らせた。
「今日の礼だ。世話になったな」
「えっ、こんなに受け取れません!」
「野暮な事を言うな。それでメアリーに新しい服でも買ってやれ」
奥で片付けをしている少女を口実に手に押し付ける。腑に落ちない顔だったが諦めて受け取ることにしたようだ。
「ありがとうございます。くれぐれもお気をつけてお帰りください」
「ああ、またな」
「······さようなら」
同じ挨拶は帰ってこなかった。私もなぜ『また』なんて言葉を使ったのか、自分でも分からなかった。だがまたこの男とは顔を合わせる、そんな予感がした。
***
あの診療所での出来事から数日後、帝都へと報告と情報収集に行っていた部下たちが戻ってきた。ほとんど進展のない調査報告は当然、上層部連中は気に入らなかったようで随分と部下たちは寿命をすり減らしたらしい。
「次は大佐が行ってくださいよ~。もしくはリディアちゃんとかさあ」
「ルーク、大佐に失礼な口を叩くな。あと、ちゃんとクロウフォード中尉とお呼びしろ」
軽口を叩く金髪の男、ルーク・ハドソン軍曹とそれを諌める大柄な男、バルド・ハインツ准尉。私の副官であるリディア・クロウフォード中尉を含めてこの3人は優秀であり、付き合いも長く信頼もある。この極秘任務はこの少数精鋭でもって遂行するのが最良だった。
「ハルティア・マーガレットの説得に最も有力なのが大佐なのですから万が一にも備えてこちらに残ると決めて貴方も納得していたでしょうハドソン軍曹。それとも大佐の命に逆らうとでも言うのですか」
「そこまでは言ってないじゃないですか中尉!というか実際のところ大佐が将軍たちに会いたくないだけでしょう!」
「うむ、まあ否定はしないが。だが本部での情報収集に関しては貴官が最適だろう。そして軍曹の手綱を握ることならハインツ准尉の右に出るものはいないしな」
ハドソン軍曹は優秀な男だがなまけ癖があるのが玉に瑕だった。軍曹という階級に甘んじているのもそれが原因だろう。幼馴染でもある生真面目なハインツ准尉なら軍曹のお守にはぴったりだった。
「中央の狸おやじどもはなにか言っていたか」
「まあいまのところ足跡ひとつも見つけられてなかったですからね。そりゃあもうねちねちと文句を言われましたよ」
「しかし帝都の方でも中央軍から別動隊を使って調査を行っていたようでしたが、そちらも足取りはつかめていないようでした」
我々とは別に上層部は帝都でもハルティア・マーガレットの捜索をしているようだが、予想通り難航しているようだ。
「それで?貴官らは本部の方ではなにか情報は掴めたか」
「はい、まず一応マーガレット博士に関する資料をもう一度洗い出してきましたが、帝都を出る前に調べた時とほとんど成果に差はないですね」
軍曹が机にハルティア・マーガレットに関する情報をまとめた資料を置いた。ざっと眺めたが軍曹の言葉通り、既に持っている情報と相違はない。
「ですがこれを見てください。マーガレット博士が逃亡してから三日後の地方誌に載っていた写真です。大佐にご確認していただきたく」
准尉が取り出したそれは新聞からの切り抜き写真だった。戦場からの帰還兵たちが駅のホームで家族と抱き合い再会している様子を写した写真だ。その写真をよく見ると、再会に喜ぶ人々の後ろに一人の女性が小さく写っているのが見えた。華奢な体型に黒く長い髪、その顔立ちには見覚えがあった。
「ハルティア……」
見間違えるはずがなかった。最後に会った時の記憶より少し大人びてはいるが、そこに写っているのは紛れもなくハルティア・マーガレットその人だ。
「偶然写りこんでいたようです。帝都ではほとんど出回っていない地方誌でしたので中央軍もまだつかめてはいないかと。こちらの駅は先日我々が調査した区域にある駅です。あの町では足取りは掴めませんでしたが、この町を含め近くの町に潜伏している可能性は高いです」
「動けば動くほど証拠が残りやすいっていうのはあちらさんもわかっていると思いますしね。あとは情報部と保安部隊の方からもういくつか話を聞いてきましたよ」
得意げに軍曹が懐から手帳を取り出した。軽薄そうに見せているこの男は軍内部での人脈が異常に広い。情報の出所がすべて女性というのがこの男らしいところだが。
「マーガレット博士が逃亡した際に警備部隊の一人が出しゃばって博士に発砲したらしいです。その際、銃弾が足に命中していたようです。博士の専門からしてすぐに自分で処置したとは思いますが、怪我の具合によってはどこか医療施設に訪れている可能性は高いですね。あとは博士が持ち出したと言われる研究資料についてですね」
「資料について情報がつかめたのですか?」
中尉がその言葉に思わずといったように反応をみせる。中尉の反応は最もだった。任務の重要事項に『持ち出された資料の奪還』が挙げられていたが、その資料の詳細についてはまったくと言っていいほど知らされていなかったのだ。上層部に問いただしても口をとざしており、我々の中でも大きな疑念となっていた。
「情報部が管理している資料の中には博士が所属していた医療部の資料も保管されていました。ですが管理されている資料の中で行方が分からなくなっているものはないそうです」
「・・・・・・他の部門のものは?」
「その可能性も考えましたが情報部の管理している資料で欠けているものは一切ないそうですよ。情報部のヌシが言ってたから間違いないっす」
「あのご婦人か……」
情報部にある資料をすべて記憶しているという古株の職員がいることは記憶している。ヌシというのはその人物のことだろう。
しかしその情報が本当ならば、ハルティア・マーガレットが持ち出した資料は情報部でも管理していない極秘資料ということだ。上層部が血眼になって捜索していることからなんとなく予想はしていたが、なんともきな臭い話になってきたな。
「ご苦労だった二人とも。ひとまず今日のところは休息をとれ。調査は明日の朝から再開するからくれぐれも遅れるなよ」
「了解いたしました」
三人が揃って敬礼をして退出していった。一気にがらんとした部屋で大きくため息をつく。
(一体、君の身に何が起きたと言うんだ……ハルティア)
ふと、軍曹が置いていった資料をもう一度眺める。ハルティア・マーガレットに関する情報。上の方に事務的にまとめられた彼女の情報が載っている。
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氏名
ハルティア・マーガレット
学歴
•国立高等女学校
•国立帝国大学 医学部
o飛び級制度を利用し卒業
o卒業時主席
o在学中より複数の臨床論文に名を連ねる
職歴
•帝都中央病院 勤務
o外科・感染症治療を中心に担当
•前大戦勃発後、
o帝国軍医療部門の要請により前線派遣
o治療法・薬剤改良案の提供を開始
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業績概要
前線環境に適応した簡易治療法の体系化
外傷・感染症の治癒率向上に寄与
医療物資不足下での代替薬品運用において顕著な成果を示す
当該成果は複数の医療部隊に導入され、
戦況安定化に一定の貢献を果たした。
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評価
極めて優秀な医学的知識と判断力を有する。
若年ながら現場対応能力が高く、
想定外の状況下でも冷静な処置を行った。
一方で、研究・治療に対する独自性が強く、
軍医療部門の既存運用と齟齬を生じる場面も見られた。
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取扱区分
本人の研究成果および技術資料は
機密指定の上、軍医療部門にて管理。
当該人物は戦後混乱期において
一部重要資料を携行したまま所在不明となる。
現在、参考人扱い。
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備考
マーガレット伯爵家との政治的配慮により、
本件の公表範囲は慎重に制限すること。
そこに羅列しているのはハルティア・マーガレットという人間について過不足なく簡潔に要約された文章だ。彼女の他とは一線を画す華々しい経歴。彼女を知らない人間がこれだけ見ればまるで順風満帆な人生に見えるだろう。名門貴族出身、名門大学を飛び級で卒業し、国で一番の医療機関に属する才女。
思わず乾いた笑いが口からこぼれた。国から期待された天才は今や逃亡犯だ。
「・・・・・・必ず見つけ出してやる」
一人呟いたその言葉は誰の耳にも届くことはなく、夜の闇へと消えていった。




