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短編祭り作品

わたくしの婚約者が「気の毒に……」とよくいわれるのは全てわたくしのせいだった件

作者: 相生蒼尉



「ソフィア、明日の昼までに隣国の王位継承順位と、その背後にある四大公爵家の力関係をすべてそらんじられるようにしておくように。私と同じように、だ」


 第二王子であるライオス殿下の冷静な声が、王宮の図書室に小さく響いた。


 金髪碧眼、彫刻のような美貌を持つ彼は、わずか十四歳にして「王家の頭脳」と謳われる才子だ。

 王太子は既に兄王子に決定しているというのに、ライオス殿下を王太子にと望む勢力がなくならないほどの優秀さがある。


 対するわたくし、マーシャル伯爵令嬢ソフィアはその言葉を事務的な手帳に書き留め、深々と頭を下げた。


「承知いたしました、ライオス殿下。明日までには、殿下のお言葉をそのまま実現できるまで叩き込んで参ります」


 わたくしの完璧な、そして無機質な返答に、ライオス殿下の眉が一瞬だけぴくりと動いた。


 ライオス殿下は何かを言いかけたように唇を戦慄かせたが、結局は吐き捨てるように「……下がれ」とだけわたくしに命じた。


 命じられたまま退出する際、図書室の入り口でわたくしは一人の少女とすれ違った。


 セルバンス侯爵令嬢ウルド。

 この国の「地上の天使」と称される絶世の美少女だ。


 ウルド様はわたくしを残念なものを見るような目で見つめた後、ライオスに向かって愛らしく近づいていった。


 ウルド様の視線を思い出しながら、わたくしは心の中で彼女に深く、深く謝罪した。


 ごめんなさい、ウルド様。

 でも、もう少しだけ待っていてほしい。

 わたくしが「完璧な影武者」として仕上がれば、ライオス殿下はあなたを安全な場所で愛することができるようになるはずだから。






 わたくしがライオス殿下の婚約者に選ばれたのは、もう3年も前のことだ。


 当時の社交界は騒然となった。

 誰もが「ウルド・セルバンス侯爵令嬢こそが王子妃にふさわしい」と信じて疑わなかったから。


 しかし、選ばれたのは歴史こそ古いが権力はさほどないマーシャル伯爵家の娘であるわたくしだった。


 父も母も「なぜうちの娘が?」と驚いていたが、わたくしだけはライオス殿下の顔を見た瞬間にすべてを察した。


 ライオス殿下の顔が……化粧をしていないわたくしと全く同じだったから。


 わたくしの曾祖母は第6王女で、王家から正式に降嫁した王女だ。

 当時の王家は子だくさんだったため、年齢の釣り合う降嫁先が伯爵家まで含まれてしまったという事情があった。


 その血は偶然の悪戯によって、わたくしに王家の特徴を色濃く残した。残してしまったのである。

 金色の髪の質感、碧眼の輝き、そして何より鼻筋や輪郭の角度が、わたくしとライオス殿下は驚くほど似通っていた。


「……なるほど。これは『影武者』としての採用だわ」


 わたくしは即座に結論を出した。

 王族には味方ばかりではなく、敵も多い。特にライオス殿下は有能すぎるがゆえに、常に命を狙われていると聞く。


 そこで、曾祖母から王家の特徴を受け継いだわたくしを影武者として男装させようとしているのだろう、と。

 いざという時の身代わりに仕立て上げるために……婚約者ならば最も近くでライオス殿下を真似ることが可能である。そういう理由なら納得だ。


 ついでに、本命であるウルド様を敵の目から逸らすための「隠れ蓑」としての役割も兼ねているに違いない。きっとそうだ。そういうことなんだ。


 わたくしはライオス殿下との婚約をそういうものだと認識したのだ。






 その考えを肯定するかのように、ライオス殿下は王子妃教育でもいろいろな要求をわたくしに突きつけてきた。


 いわく 「私と同じように三ヶ国語を身につけること」や「私と同じように隣国の歴史もそらんじること」など、何か口にする度に「私と同じように〇〇」という枕詞が入るのだから、これは間違いなく影武者として求められているとわたくしは確信した。


 そう。実は王子妃教育ではなく、これは影武者としての「訓練」なのだ。

 そうでなければウルド様を差し置いてわたくしが選ばれるはずがない。


 そう確信していたわたくしは、伯爵家では胸に布を巻きつけ、侍女の助けを借りて男装の練習に励んだ。

 胸に巻きつける布はその締め付けに慣れるために毎日のこととなった。


 王子妃教育で王城へ行けば、ライオス殿下を真剣に観察した。

 ライオス殿下の癖を盗み、できるだけ低い声の出し方を研究し、感情を殺して事務的に接することを徹底した。


 すべては、いつか来る「その時」のために。


 ライオス殿下が愛するウルド様と結ばれるまで、わたくしが影武者としてライオス殿下の危機を防ぐのだ。


 それが、王家の血を引き、影武者という大役を任されたわたくしの忠誠の形だった。






 しかし、わたくしの訓練が進み、わたくしの「ライオス殿下の再現度」が上がるにつれ、なぜかライオス殿下は「気の毒に……」と言われるようになっていった。


 ある日の夜会でのこと。

 わたくしはいつものように壁際からライオス殿下を観察して、彼の影武者となった時には完璧に演じるのだと気合を入れていた。


 そこへ、ウルド様が業を煮やしたように詰め寄ってきた。


「ソフィア様……。あなた、いつまでそうして壁際にいるつもりなの?」

「いつまで、と申されましても……」


 この影武者としての婚約者役が終わるのは、きっとわたくしが完璧にライオス殿下になり切れた時だろうと考えていた。

 それがいつになるかはわたくしにも分からないので答えようがない。どう答えたらよいのだろうか。


「夜会だというのに婚約者と踊りもせずに見つめているだけなんて……。見つめる視線にしてもそう。普通はもう少し熱のこもった視線になるでしょう? 婚約者なのよ? そんな冷静な視線なんて……まあ、その部分はライオス殿下とよく似ているとも言えなくはないけれど……」

「それは……」


 よく似ている。


 ライオス殿下の完璧な影武者を目指しているわたくしには嬉しい言葉。

 ああ、流石はライオス殿下の想い人である。


「ライオス殿下は私と話す時、いつもあなたのことで苦しそうに顔を歪ませて悩んでいらっしゃるわ」

「……左様でございますか」


 わたくしは淡々と答えた。急に気持ちが冷めていく。


 ライオス殿下がわたくしのことで顔を歪めるのは、鏡を見ているようで落ち着かないからだろうと思う。これは仕方がないことである。


 あるいは、自分の身代わりとしていつか死ぬ運命にある女を見て、良心が痛んでいるのかもしれない。


「……お気の毒な方なのです。ウルド様、どうか……ライオス殿下を支えて差し上げてください」

「なっ……何を他人事みたいに! あなたの婚約者でしょう!」


 そこへ、騒ぎを聞きつけたライオス殿下が割って入った。


「セルバンス侯爵令嬢。余計なことをソフィアに言わないでもらえないか?」

「余計なこと、ですか? 殿下? それならばご自分のお口で、きちんとお伝えになることをお勧めしますわ。では、失礼します」


 ウルド様はわたくしとライオス殿下を残念なものを見るようにしてから、優雅にその場を立ち去った。


 ……わたくしのせいで、ライオス殿下とウルド様の間に亀裂が!?


「……ライオス殿下。すぐにウルド様を追って下さいませ」

「セルバンス侯爵令嬢を? いったい何のために?」

「それは……」


 ライオス殿下が秘めた思いをわたくしが口にする訳にもいかず……どうしたものかとわたくしはうつむいてしまった。


 ライオス殿下はそんなわたくしの手を引いて、バルコニーへと出た。


「……ソフィア、さっきの話は何だ。私が『気の毒』だと聞こえたのだが?」


 夜風に揺れるライオス殿下の声は、震えていた。


 ライオス殿下は貴族たちに「気の毒だ……」と言われていることをどうやら知っているらしいとわたくしも理解した。


「……ソフィア……君まで、いや。君が私を『気の毒だ』などと……」


 ライオス殿下が困惑の表情を浮かべている。これは珍しい。よく観察しておかなければ。


「そ、そういうつもりではなかったのです……」

「では、どういうつもりだったのだ?」


 ライオス殿下のいつもとは異なる自信のない声。

 わたくしは思わずまじまじとライオス殿下を見つめてしまう。


 ……ひょっとして、ライオス殿下はわたくしが影武者であるということを王家から知らされていないのでは?


 ありうる。

 お優しいライオス殿下がその事実を知れば……どうなることか。


 しかし、今、わたくしはそのライオス殿下に問い詰められてしまった。

 これはわたくしの失態……。


 ならば、誠心誠意、ご説明するしか、ない……。


「ライオス殿下、わたくしは誤解しておりました」

「誤解というのは?」

「わたくし、ライオス殿下はご存知だと思っておりました」

「私が? 何を?」

「わたくしが……ライオス殿下の影武者として……そのための訓練を行う理由として、婚約者に選ばれたということを……」

「えっ!?」


 やはりご存知なかったのだ、と。

 ライオス殿下が珍しく表情を大きく崩すところを見て、わたくしはそう確信した。


「……いったい、何の話だ? ソフィア」

「おそらく王家は……国王陛下は、お優しいライオス殿下を傷つけないように……」

「いや、待ってほしい。何かがおかしい」

「おかしくはございません。影武者とは命がけの大役でございます……わたくしのような者の命であったとしても、ライオス殿下は惜しんで下さるか、と……」

「いや、それは当然そうだが……いや、違う。そうじゃない。なんなんだ、その話は?」


 普段とは異なるライオス殿下の様子に、わたくしはいつもの観察眼を発揮する。

 こういうお姿もあったとは……どおりで婚約者のままでいるはずだ。


 わたくしはまだまだ未熟な影武者でしかない……修業が足りていないではないか。


「いったいどこから? 誰がソフィアを私の影武者などと……」

「婚約はそのためなのでしょう? ライオス殿下が知ってしまわれたので、国王陛下にご確認あそばれますよう……」

「いや、父上は……陛下は私の影武者など……そんな話? ありえないんだが……本当に、誰からそんなことを?」


 誰から言われたか?

 いえ、誰にも言われては……いない。


 それでも、それ以外にはわたくしとライオス殿下の婚約に理由は……。


「……わたくしとライオス殿下の婚約に、他の理由があるとは思えませんけれど?」

「いや、あるだろう? 普通に? というか、一番当然の理由が? 私には政略での婚約者は必要ない。だから陛下は……その……」

「陛下は……?」

「くっ……実は拷問なのか……?」

「拷問、でございますか?」

「いや、そうではない。陛下は私に……その、なんだ。ああ、その……好きになった女の子と婚約してよいと、政略は気にするなと、そうおっしゃったから……」

「……はい?」


 わたくしはそこで思い切り首を傾げました。淑女としてはありえない角度で。


「……え? ウルド様は?」

「セルバンス侯爵令嬢か? 彼女はただの幼馴染でしかない。妹のような……いや。最近はよく相談に乗ってもらっていたので、姉のようでもあるが……」

「相談?」

「あ、いや、その……どうすればソフィアと、その……うまく話せるか、とか、そういう話を少しばかり……」

「はい?」

「い、いや。そういうことがあまりよくないとは! 私も理解はしているのだ! だから決して浮気とか、そういうことではなく!」

「いえ、浮気? 本命がウルド様ですよね?」

「私の本命は君しか、ソフィアしかいない!」


 真っ赤なお顔でそういい切ったライオス殿下。


 今、わたくしは意識せずとも……ライオス殿下と全く同じ表情になっているのだろうと思う。


 ライオス殿下は恥ずかしそうにわたくしから目をそらす。

 もちろん、わたくしも同じ。


 二人でシンクロしている。今だけはわたくしも完璧な影武者なのかもしれない。


「……まさかソフィアがそんな……勘違いをしているとは……」

「あ、その……申し訳……」

「いや、いい。いつか君にそのような偽りを吹き込んだ者を見つけ出し、必ず処刑すると誓うよ」

「ライオス殿下、それは……」


 わたくしの命が風前の灯火でございます、と。


 弱々しく、わたくしは自分で勝手に勘違いしていたのだと、ライオス殿下にご説明するしかありませんでした。






おまけ。


「……ところで」

「なんだい、ソフィア」

「どうしてライオス殿下はその……『気の毒だ……』などと言われていたのでしょう?」

「いや、それは……」

「何か、あるのですね?」

「その、なんというか……胸が……」

「胸?」

「あ、いや。私の好みとは関係のない男たちの下世話な話で!」

「?」

「……いや。ソフィアはどちらかというと慎ましい方だろう……」

「あ!」


 ……申し訳ありません、ライオス殿下。


 わたくし、脱いだらすごいので。

 しかし、初夜まではそれを内緒にしましょう。このことは……。


 男性の皆様と下世話な話をしていた制裁でございます!






相生、勝手に新春短編祭り3作品目

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― 新着の感想 ―
 影武者になるのは女性には難しい。勘違いだったんですね。 私と同じように、が勘違いの理由ですね。
これからも外でサラシを巻く人生はつらいので 結婚したら少しずつサラシを緩くしていきたいですね。 突然ボインになったら胸のことをさらに話題にされそうだし… いや、結婚後だと余計に下世話な話になるのか? …
私と同じように、とかいらんこと言うから面倒なことに。 顔が同じの件は、自分の顔って自分自身ではあまり見ない、というか見えないので、本人的には似てるけど違う感じがあるんだろうなと。 まあ何にせよ、黙って…
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