その三 政略結婚には愛がないと?
三話目は「政略結婚なんてお気の毒、彼を解放してあげて!」と婚約関係に口を挟まれたある婚約者たちのお話。
カロライナは突然目の前に現れた人物に目をぱちくりさせた。
薄紅色の髪に翡翠色の瞳で可愛らしい顔立ちの少女に見覚えはまったくない。青いリボンの色から二学年とだけ判断できた。
「カロライナ様! ジェラート様を解放してくださいっ! 貴女に縛りつけられてお気の毒ですわっ」
カロライナは左右を見渡してから背後も振り返ってみた。近くに同名の女子生徒がいるのかと思ったが、昼休み中の渡り廊下にはそれほど人影はない。数少ない通行人から注目されていて、どうやら人違いではなさそうだ。
カロライナは訝しげに首を傾げた。
「貴女はどちら様かしら? 初対面だと思うのですけれど・・・」
「ジリアン・ボールトです。ジェラート様のクラスメイトでとても親しくしているわ。彼がお可哀想で、わたくし、黙って見ていられなくて。
お金で彼の自由を奪うなんて無体な真似はやめてください!」
「・・・えーと、それはわたくしたちの政略結婚に関しての苦情かしら?」
カロライナには一つ年下の婚約者がいる。ジェラート・レイトン伯爵令息だ。金髪碧眼で温和な笑みが人気の貴公子で『微笑みの貴公子』と二つ名で呼ばれていた。
レイトン家とカロライナのハミルトン家は領地が隣接している。領地の境目には大きな河川が流れていて、氾濫を起こすと両家に被害がでる。護岸工事の共同事業が目的で婚約を結んでいた。
カロライナが10歳でジェラートが9歳の時だ。婚約してもう8年も経つのに、見目麗しく温和なジェラートに焦がれる令嬢は後を絶たない。貴族学園に入学してから茶髪茶目のカロライナでは釣り合わないと突撃を喰らうのはよくあることだった。
カロライナは困ったように頬に手をあてた。
「ジェラート様のお友達の方ですの? わたくしたちの婚姻は両家の決まり事ですので、当主でなければどうしようもないのですけれど?」
「だから、カロライナ様から当主へ働きかけてください。ジェラート様はお優しい方だから、領地のためを思って我慢なさっているのです。とてもお労しくて見ていられないわ」
ジリアンと名乗った少女は潤んだ瞳で両手を組んで見上げてくる。憂いた顔が儚げな美少女だ。
「ボールト様と言いましたね。それはわたくしたちの婚約を解消するようにという意味かしら?
その後にジェラート様と貴女が婚約を結ぶ予定がおありなの?」
「まあ! ジェラート様がお望みならば・・・」
ジリアンは頬を赤く染めて恥じらっている。ジェラートに気があるのは確定だ。カロライナは面倒事の予感を覚えて頭痛がしそうだった。
「・・・では、レイトン家とハミルトン家、両家の当主へその旨伝えておきますわ。それでは、ご機嫌よう」
カロライナは父親たちに丸投げしようと決めて、足早にその場を立ち去った。
数日後、カロライナはまたもやジリアンの突撃を受けた。
「カロライナ様! 嫌がらせなんてサイテーですっ。いい加減にしてください。ジェラート様を解放してあげてください!」
「まあ、一体どこのどなたかしら? いきなり、失礼ですわね」
カロライナに代わって不機嫌そうに応じたのは友人のロレッタだ。黒い巻き毛が美しい伯爵令嬢である。
ロレッタは扇子を広げて口元を隠した。じっくりと値踏みする視線をジリアンに向ける。
「貴女は確か、二学年の編入生だったわよね。ボールト男爵令嬢、だったかしら? 子爵令嬢のカロライナに対して無礼ではなくて?」
「学園では身分をひけらかすのは禁じられていますわっ。わたくしは失礼な真似はしていません!」
確かに学園ではジリアンの言うように身分を振りかざすのはよしとされていない。それは優秀な人材を見極めるためで、身分による忖度で成績を左右されないようにする用心だ。決して、礼儀作法を蔑ろにしていいわけではない。
ロレッタは呆れた目をしてジリアンを上から下まで眺めた。
「貴女、礼儀作法を学んでいらっしゃらないの?
知人でもない相手をいきなり呼び止めて怒鳴りつけるなんて失礼でしょう。大体、格上のカロライナを名前呼びなんて、知人でも何でもない方がしていいことではないわ。それとも、カロライナの友人だとでも言うのかしら?
わたくしは義妹になるカロライナの友好関係を把握しているけど、貴女のお名前はなくてよ」
「ええ、ボールト様とは友人でも知人でもないわ。彼女はジェラート様のクラスメイトだそうよ」
カロライナが兄の婚約者でもあるロレッタに説明した。そして、ジリアンに向き直る。
「ボールト様。嫌がらせとは何のことでしょうか? さっぱり身に覚えのないことです。おかしな言いがかりはやめてください。迷惑ですわ」
「言いがかりですってえ! 我が家に多額の慰謝料の請求を寄越しておいて白々しいわよっ。どうして、貴女の婚約解消の費用請求がくるのよ?」
「あら、わたくしとジェラート様の婚約を解消させて、ボールト様が彼の婚約者に収まるおつもりでしょう?
我が家とレイトン家の共同事業は終盤に入っていますけど、婚約解消となると中止することになります。これまでかかった費用が無駄になってしまいますもの。
貴女が次の婚約者になるなら請求するのは当然ではありませんか」
「だからってあんな金額なんて払えるわけないわよ! 彼を手放したくないから嫌がらせしたのでしょっ」
「あらあら、ご存知ないのかしら? ハミルトン家とレイトン家の共同事業は下流域の領地にも関わってくることなのですよ? 我が家も含まれているわ。
わたくしとカロライナの兄君の婚約も共同事業のためで、我が家からも資金提供しているの。その分も計算されたはずよ」
「ええ、ロレッタの言う通りよ。関わりのある家全ての分が計上されているわ」
カロライナが当然のごとく頷く。裕福な貴族家といえど、容易く払える額ではなかった。
「ジェラート様との政略結婚をやめろと言うならば、婚約解消に伴う損害を補償するつもりはおありでしょう?
請求するのは当然ではありませんか。だから、当主に働きかけろとおっしゃったのではないの?
我が家もレイトン家もそのつもりで動いただけですわ。苦情を言われる覚えはございません」
「そ、そんな・・・。
ジェラート様がお労しくて助けてさしあげたかっただけなのに。年上で見目も釣り合わない相手と政略結婚なんて、ジェラート様がお可哀想だわ」
ジリアンが瞳を潤ませて悲壮感を漂わせるが、ロレッタもカロライナも白い目を向けた。
「本当に失礼な方ね、ジェラートのどこが可哀想なのよ。貴女の目は節穴だわ、眼科にかかることをお薦めするわよ」
「ジェラート様から婚約に関してご不満を伺ったことはございません。ボールト様の勝手な思い込みで非難されるのは迷惑です。いい加減になさらないと、ご実家に再び抗議させていただきますよ」
「酷いわっ、権力を笠にして! わたくしが男爵家だからと見下しているのね」
「被害妄想よ、ご自分の無礼を棚にあげて何を言いだすのかしら?」
「ボールト様が男爵家だから抗議するのではありません。
わたくしとジェラート様の政略結婚には複数の貴族家が絡んでいるのです。ハミルトン家とレイトン家だけで済む話ではないのですよ。それを正当な理由もなく反故にしろと言うならば、抗議されるのは当然でしょう?」
「だ、だからって、愛のない政略結婚だなんて・・・」
ジリアンはほろりと上品に涙をこぼした。
ジリアンは病弱な幼少期を領地で療養していた。子供の頃の交流は平民である領民の子供たちが相手だったから、貴族の常識や感覚には疎いところがある。
ジリアンは療養を終えてから、貴族の教育を受けたが、入学式には間に合わなかった。家庭教師に学んで何とか合格点を得て二学年に編入したが、未だ平民の感覚のほうが強い。恋愛結婚に憧れていて政略結婚には納得がいかなかった。
「カロライナ嬢、ロレッタ嬢、何かあったのかい?」
訝しげな声をかけてきたのは話題のジェラートだ。カロライナとロレッタと一緒に出かける用があって馬車乗り場で待っていたのに、二人が遅いから様子を見にきたのだ。
ジェラートは紳士らしく泣いているジリアンにそっとハンカチを差しだした。
「ボールト嬢、何かお辛いことでもあったのだろうか? 警備員を呼ぶから医務室に案内してもらうといい」
「ジェラート様、わたくし、貴方がお気の毒で仕方がないのです。愛のない冷たい政略結婚で、貴方の意思など関係ない婚姻を結ばされるなんて。ジェラート様がお労しくてお救いしたかったのに・・・」
ジリアンはハンカチを差しだしたジェラートの手を両手で握りしめてはらはらと涙をこぼす。ジェラートはいつもの微笑みをひくつかせて、目を瞬いた。
「えーと、申し訳ないが、何を言われているのかわからないのだが? 私は君に同情される覚えはないし、お救いすると言われても、別に困っていることはないから気にしないでほしい」
「お優しいジェラート様はご自分が我慢さえすれば良いと思って耐えておられるのでしょう?
そんな自己犠牲はいけませんわっ。ジェラート様のご家族だって、ジェラート様が犠牲になるのを望んでいるとは思えません。
きちんとご自分の想いを告げられたほうがいいわ」
「すまないが、手を離してくれないか? 思いきり握られて爪もたてられて痛むのだが?」
珍しくジェラートが微笑みを崩して顔をしかめると、ジリアンが慌てて手を離した。
「まあ、申し訳ありません! ジェラート様、今すぐに医務室へ参りましょう。わたくしが付き添いますわ」
「いや、遠慮する。これから、カロライナ嬢たちと出かける用事がある。これ以上、遅くなるわけにはいかないのだ」
「そうね、テレンス様がお待ちだわ」
「ジェラート様、ひっかき傷が・・・。馬車に応急手当てセットが備えてありますから、それで手当てをいたしましょう」
ロレッタとカロライナがジェラートを促すと、ジリアンが彼らの間に無理やり割り込んだ。ジェラートの腕に手をかけて、彼女たちから引き離そうと引っ張る。
「卑怯だわ! そうやって、ジェラート様の邪魔をするつもりねっ。お気の毒だわ、彼を解放してあげて!」
「解放するのは君のほうだ。私の婚約者の目の前でずいぶんと無作法な真似をしてくれるな。手を離せと言っただろう」
「きゃあああっ」
ぎょっとしたジェラートに強く手を振り払われて、ジリアンが叫び声をあげた。そのまま、バランスを崩して尻もちをついてしまう。
先ほどからの口論もあって、周囲の人の目が一気に集中する。彼らの周りに人垣ができて注目の的になっていた。
ジェラートが気まずげに周囲を見渡してから、ジリアンから距離をとった。紳士としては良くない態度だが、下手に助け起こしてまた絡まれるのは御免だった。
『微笑みの貴公子』の評判が下がってもいいから、これ以上ジリアンに関わりたくない。
「ボールト嬢、君が私とカロライナ嬢の婚約を不服に思っていると聞いたが、君にはまったく何の関係もないことだ。勝手に私を被害者扱いして騒いでいるようだが、迷惑だからやめてほしい。
君とはただのクラスメイトで、それ以上でも以下でも何でもない。
ボールト家に我が家からも抗議文を送ったはずだが、目を通していないのか?」
「そんな、ジェラート様! 無理をなさらずともよろしいのです。ご自分の心に素直になってください。勝手に結ばれた政略結婚なんてお嫌でしょう?」
「素直になっているから、君と関わりたくないのだが?」
ジェラートに不思議そうに首を傾げられて、ジリアンが大きく目を見開く。
「え、ジェラート様、何を仰っているのですか? ジェラート様はいつもわたくしにお優しくしてくださったではないですか」
「クラスメイトとして当然の範囲だ。特に親密になったりはしていないが?」
「で、でも、わたくしが困っているといつも助けてくれて。わたくしが失敗しても優しく微笑んで励ましてくれたではないですか!」
「ジェラートは割と誰にでもそうよ、『微笑みの貴公子』ですもの」
「ジェラート様は人当たりが良い方ですから。貴女を特別扱いしたわけではないわ」
ロレッタが肩をすくめて、カロライナは苦笑を浮かべている。ジリアンは二人をきっと強く睨みつけた。
「嘘よっ! 噂ではジェラート様は政略結婚で釣り合わない婚約者にうんざりしてるって。
だから、ジェラート様は学園で婚約者と親しくしてないのだって言われてるわ。登下校も一緒ではないし、ランチタイムだって別々だし。
ジェラート様は婚約者と距離を置いているのでしょう?」
「あらやだ、まだそんなデマを流している輩がいるの?」
ロレッタが顔をしかめると、ジェラートも険しい顔になった。
「カロライナ嬢とは学年が違うのだ。学舎だって別だし、男女別の授業の都合もあって予定が合わせづらいから、一緒にいられる機会がないだけだ。
他の同年ではない婚約者たちも似たようなもので、私たちだけではない。
ボールト嬢、おかしな妄想で非難するのはやめてくれ」
「でも、カロライナ様は今年のデビュタントだったのでしょう? それなのに、参加しなかったと聞いてます。婚約者のエスコートがないからで、お二人は不仲なのだって」
「まあ、ボールト様は本当に貴族の常識に疎くていらっしゃるのね」
蔑みの視線を向けたのはロレッタだ。
大人の仲間入りのデビュタントは成人年齢の18歳になる年の初めに行われる。諸々の事情で18歳以降になる場合もあるが、それ以前の参加は認められていない。エスコート役も18歳以上とされているので、年下のジェラートがエスコートする場合は彼の成人年齢に合わせてもらうしかない。
婚約者がいなかったり、婚約者がエスコートできない場合は身内の男性がエスコート役を務める。カロライナは父親や兄がエスコートしてもよかったが、ジェラートが名乗りをあげたので彼と一緒のデビュタントにすることにしたのだ。
「不仲ならわざわざ私がエスコートするわけがないだろう。
ボールト嬢は無責任な噂に踊らされることなく、しっかりと情報収集して判断することをお勧めするよ。貴族令嬢の社交は情報戦が主なのだから、できないと将来的に困るだろう?」
ジェラートがにこやかな笑みだが、目だけは無表情で告げてくる。暗に貴族令嬢として失格と詰られていた。
「そ、そんな・・・」
「ボールト嬢は恋愛結婚派らしいが、婚約者のいる相手に言い寄るのはマナー違反だ。常識外れなことばかりしていると、恋愛相手も見つからないぞ。気をつけたほうがいい」
青ざめるジリアンにジェラートはいつもの微笑みを向けて忠告した。そのまま、カロライナたちを促してその場を立ち去る。
後には尻もちをついたせいでまだ地面に座り込んだままのジリアンが残された。
「まだうるさく囀っているのはどこの家だ?」
「ボールト嬢の耳に入る噂となると、二学年の貴族派かしら?」
首を傾げるロレッタの目の前では膝抱っこした婚約者をむぎゅうっと抱きしめるジェラートがいた。いつもの微笑みは完全に消えて無表情である。
カロライナは彼の頭をナデナデしながら宥めるのに大忙しだ。
「落ち着いて、ジェラート。害はないのだから、また粛清しようとか大袈裟なことはダメよ?」
「害ならすでにある。ボールト家は完全に潰すが、煽った相手も同罪だ」
「うーん、でも、ボールト嬢って人の話を聞かなそうじゃない? 相手には煽ったつもりはないかもしれないわよ?」
「それでも、不愉快な思いをさせられたのには変わりがない。害虫駆除は速攻で確実に、が基本だ」
「確認をとるまで待ちなさいよ。また勝手に暴走されては後始末するテレンス様の身にもなりなさい」
ロレッタがため息をついてジト目になった。
テレンスはロレッタの婚約者でカロライナの長兄だ。
テレンスは一つ年上で昨年までは学園に通っていた。ジェラートの入学と同時にカロライナに対する女子生徒の当たりが強くなって、過剰反撃を仕掛けるジェラートの抑えに大変だった。
ジェラートの領地は希少な野鳥の生息地で愛鳥家たちの後ろ盾がある。王弟殿下もお忍びで訪れる観測地なのだ。昨年、カロライナに不名誉な噂を流した相手はレイトン家からの要請で完全にシメられている。
今年も新入生が入った当初は騒がしくなったものの、被害がでないようにテレンスの根回しもあって噂も下火になったはずだった。
編入生で社交に疎かったジリアンがどこから噂を仕入れたのか確認する必要がある。
「ボールト様は社交に疎かったから貴族派に利用されたのではないかしら?」
カロライナたちの婚約は下流域の広大な穀物地帯を安定させる目的で、王命ではなかったが、王家からの後押しがあるものだった。隣国との貿易で利益をあげている一部の貴族派からは歓迎されていない。
ジェラートはむすっとしたまま苦々しげに口を開いた。
「どこからか入れ知恵されたにしても、家にはもう抗議してあるのだから、あの態度はないだろう。
むしろ、私たちに謝罪に来るべきなのに、令嬢教育をし損ねたボールト家に非がある。報いは受けてもらうさ」
無表情のまま冷気を漏らす婚約者にカロライナが困り顔になった。彼の首に腕を回してぎゅううううっとしがみついて耳元で囁く。
「貴方との時間が害虫駆除で潰されるのはイヤだわ。これ以上はお兄様にお任せしましょうよ」
「・・・私もカロとの時間がなくなるのはイヤだけど、あの非常識にまとわりつかれるのもうんざりなんだ。抹殺したらもう煩わされることはないだろう?」
ジェラートもカロライナの茶髪に顔を埋めてすりすりする。それをロレッタが呆れた目で眺めた。
「ああ、もう。わたくしの存在を二人とも忘れていなくて? イチャイチャは二人きりの時になさいな」
「カロ不足なんだ。癒されないと死ぬ」
「貴方のその姿を晒してやれば、『微笑みの貴公子』に憧れている女子生徒も目が覚めると思うのだけどねえ。まあ、テレンス様のお許しがなければ無理かしら?」
真顔でのたまうジェラートにロレッタが思案げにぼやいた。
もともとジェラートは無愛想な子供だった。彼が生まれたばかりの頃に領地が水害に見舞われて両親が領内を駆けずり回っていたせいだ。乳母がついていたとはいえ、両親の顔を見ることもない孤独な幼少期のせいでジェラートの表情筋は発達しなかった。
それが婚約してからカロライナのおかげで少しずつ改善されていった。
なにしろ、初顔合わせでカロライナは『ジェラートって美味しそうなお名前ね』とキラキラと目を輝かせて彼の両手を握りしめてブンブンと振り回したのだ。無表情なジェラートに臆することなく、元気いっぱいだった。
ジェラートに素っ気なくされても、めげない、へこたれない、怯まない、と鋼の神経の持ち主である。
カロライナにまとわり付かれるのに根負けしたジェラートはあちらこちらに連れ回された。活発なカロライナに引きずられるうちにジェラートの行動も活動的になり、表情も豊かになっていったのだ。
それでも、ジェラートの標準装備は無表情が多いが、本人的には一番楽ならしい。
さすがに外でも無表情のままでは社交にさわりがあるので、営業スマイルを身につけることになった。
タレ目のせいか口角を少しあげただけで温和に微笑んでいるように見える。ジェラートが感情を動かすのはカロライナ相手が多いので、その他の有象無象には社交用の笑みで十分だった。最小の労力で社交的に見せかける『微笑みの貴公子』の出来上がりだ。
テレンスから円満な人間関係のために紳士教育を叩き込まれたが、外面を取り繕っただけだ。中身は昔も今もカロライナファーストである。
カロライナも外ではお転婆ぶりを封印して淑女らしくしているが、巨大な猫を被っているだけだ。領地では乗馬にアーチェリーに、時には狩猟にと活発に過ごしている。
二人とも婚約者と過ごすと気を抜いて本性がでそうだから、学園では必要以外の接触は控えるようにテレンスから厳命されていた。いつも妹と未来の義弟のやらかしの後始末をしているのはテレンスだから、外ではなるべく紳士淑女の皮をかぶっていろと泣きつかれているのだ。
カロライナとジェラートは始まりは政略でもしっかりと絆を築いて、相思相愛の仲だ。横恋慕する相手には政略結婚に絡む複数の家の権力を総動員しての排除が決定事項である。
カロライナがうふふっと笑みをこぼす。
「学園で一緒にいなければ不仲って、浅慮だわ。留学や年が離れていて一緒にいられない婚約者同士も珍しくないのだし。
自分の見たいことしか見ていない人たちなのでしょうね。わたくしたち、学園外ではずうっと一緒に過ごしているのに」
「そうだね、カロ。私たちの時間を邪魔されたくない。
義兄上がちょうど領地から出てこられたし、今回は義兄上にお任せしよう」
「ちょっと、何を言っているのよ! わたくしだって、テレンス様と逢瀬を楽しみたいのに。
厄介事を押し付けないでちょうだいな」
ロレッタが目を剥くと、カロライナがこてりと首を傾げた。
「でも、ロレッタ。ジェラートだとやりすぎてしまうわ。後始末でお兄様の出番になるから、結局は同じことではなくて?」
「この機会にちょうどいい塩梅を覚えてちょうだい。テレンス様のご指導で、カロライナが制御役になればよいのよ」
婚約者との時間を確保したいロレッタが力説する。彼女も政略でも婚約者と恋愛感情が育っている仲だ。
「ああ、そういえば、王弟殿下のお好きな野鳥の絵画がオークションに出るって聞いたっけ。
大至急抑えて進呈すれば殿下のお力を借りられるかも」
「だーかーら、やりすぎないでと言っているでしょう!」
ジェラートの呟きにロレッタが全力でつっこんでカロライナがくすくすと笑う。
政略でも彼らの仲は良好なのだ。勘違いのお花畑思考に付き合う気はない。
情報収集もまともにできない娘の手綱をとれない貴族家は淘汰されて然るべきだった。
政略で損得勘定抜きにはできないだろ〜なと思いまして。もし、支払い能力があってもカロライナとジェラートは相思相愛の仲なので、横恋慕する相手は抹殺対象。合掌ですね。
最後までお読みいただきありがとうございます。短編集はこれにて完結です。
面白かったら評価していただけると嬉しいです。
明日の10時40分より新連載「愛があると思っていた」を投稿します。
【あらすじ紹介】
スタンリーは脚の骨折で貴族学園の入学が遅れてしまった。友人から婚約者のパトリシアが第三王子クリフォードと親しくしていると忠告されたが、本気にはしなかった。それなのに、パトリシアから「他にお慕いしている方がいる」と婚約解消を告げられる。スタンリーは解消後に留学を命じられ、姉の店も潰されてと踏んだり蹴ったりだ。一方、パトリシアは一年後にクリフォードと婚約するが、順風満帆にはいかなかった。
連日投稿で十話くらいの予定です。興味がありましたら、ご覧いただけると嬉しいです。