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お前なんか一生結婚できないって笑ってたくせに、私が王太子妃になったら泣き出すのはどういうこと?

作者: ヨルノソラ
掲載日:2025/06/13

「お前なんか一生結婚できないよ」


 あの日のカイルの笑い声が、今でも耳に焼き付いている。




 私の名前はエノレア・ベルモント。地方の小さな伯爵家の末娘。

 淡い青髪にブルーの瞳。背が小さくて、華やかさのかけらもない女。

 母からは「もう少し愛想よくしなさい」と言われ、姉たちからは「エノレアは地味だね」と笑われてきた。


 でも一番辛かったのは、幼馴染のカイルの言葉だった。


 侯爵家の次男で、私より三つ年上。

 金髪に緑の瞳で、一応は整った顔に値すると思う。だから社交界でもそれなりに人気がある。


 でも私はカイルが好きじゃない。

 昔は優しいお兄さんだったのに、いつからか私をからかうことが多くなったからだ。


「エノレアって、本当に女?」


「そんな地味な顔じゃ誰も振り向かないって」


「嫁の貰い手なんていないでしょ」


 最初はほんの小さなからかいだと思っていた。でも、だんだん本気に聞こえるようになって。


 私が何か言い返すと、「冗談だよ、冗談」って笑ってごまかす。


 そして私が十八歳になった日のこと。


「ようエノレア。誕生日おめでとう! でも残念だなあ、もう十八だってのに縁談の一つも来てないなんてな。それとも実は来てたりするのか?」


「う、ううん。まだきてないけど……」


「そうかそうか! そりゃ、そうだよな! 見た目もダメなのに、愛想もよくねえんだ! 誰も妻にしたいと思わねーよ!」


 その日、私は部屋で一人泣いた。枕を濡らして、声を殺して。


 私はきっと、一生独身で過ごすのだろう。ひっそりと、誰にも愛されず、生きていくのだろう。


 そう思っていた。




 運命が変わったのは、それから半年後のことだった。


 王都で開催される春の舞踏会。毎年恒例の華やかな催しで、貴族の子女たちが一堂に会する。私なんて招待されるはずもないと思っていたのに、なぜか招待状が届いた。


「エノレアも一応は伯爵令嬢だから」


 父はそう言っていたけれど、きっと数合わせだろう。

 でも、一度でいいから王都の舞踏会を見てみたかった。


 当日、私は母の古いドレスを仕立て直したものを着ていた。

 他の令嬢たちのような豪華さはないけれど、淡いブルーの生地は私の肌に合っていると、侍女のシルヴィアが言ってくれた。


「お嬢様、とてもお美しいですよ」


 シルヴィアは優しい嘘をついてくれる。でも、嬉しかった。


 舞踏会場は物凄く華やかだった。シャンデリアの光が踊り、美しいドレスを纏った令嬢たちが花のように微笑んでいる。楽団の音楽が響くその世界は、夢の中にいるみたいだった。


 でも、私はといえばやっぱり隅っこにいた。

 壁際の椅子に座って、お茶を飲みながらその光景を眺めているだけ。


 ──私なんかが踊ったら、お相手に迷惑をおかけしてしまう


 きっと笑われるだろう。あの地味な伯爵令嬢が何をしているのかって。


 そんな時だった。


「お一人ですか?」


 振り返ると、そこに立っていたのは王太子殿下だった。


 レオンハルト・アルバート・ロゼンベルク。王国の第一王子で、王位継承権第一位。銀髪に青い瞳、まるで絵画から抜け出してきたような現実味のない容姿。


 私の心臓が、ドクドクと音を立てた。


「あ、は、はいっ!」


 声が震えてしまう。

 どうして王太子殿下が私なんかに? 


「お名前は?」


「エ、エノレアです。ベルモント伯爵家の……」


「ああ、ベルモント伯爵のお嬢様ですね。お父様にはいつもお世話になっております」


 殿下は微笑まれた。その笑顔があまりにも美しくて見惚れてしまう。


「もしよろしければ少しお話しませんか?」


「え、私なんかとですか?」


「なんかなんて言わないでください。あなたはとても魅力的な方だ」


 私が、魅力的? 


 度の過ぎた冗談だと思った。けど殿下の瞳に悪意の色は見当たらない。


 私たちはテラスに出て、夜風に当たりながら話した。殿下は私の話を真剣に聞いてくださって、時々相づちを打ったり、質問をしたりしてくださった。


 私は震える声で、日頃考えていたことを話した。

 税制のこと、教育のこと、医療のこと。きっと的外れなことを言っているに違いない。でも、殿下は最後まで聞いてくださった。


「とても聡明でいらっしゃる。そして優しい心をお持ちなのですね」


 そんなふうに言われたのは、生まれて初めてだった。


「そんなことありません。私なんか、ただの田舎の令嬢で……」


「またなんかと言いましたね」


 殿下は苦笑された。


「あなたは自分をあまりにも過小評価している。私から見れば、あなたは他の誰よりも輝いて見えますよ」


 瞬間、私の目に涙がにじんだ。

 目の前がぼやけて、うまく殿下の顔が捉えられない。


 殿下の前でなくなんて、とんだ不届きものだ。右手の甲で必死に拭う。


「なにか傷つけてしまいましたか?」


「いえ、違うんです! 嬉しくて、その、ごめんなさい、急に」


 殿下は優しく微笑んで、そっとハンカチを差し出してくださった。


「エノレア」


 殿下の声が優しく響く。初めて殿下に名前を呼ばれた……。


「今日、あなたとお話しできて本当によかった」


「わ、私も、とても楽しかったです!」


 殿下は少し躊躇うように口を開きかけたが、やがて微笑んで頭を下げられた。


「それでは失礼いたします」


 私は慌てて頭を下げる。本当に夢みたいな時間だった。




 それから三日後。ベルモント伯爵家に一通の手紙が届いた。


 王家の紋章が押された、正式な書状。


「お、王太子殿下からエノレア様宛にお手紙です」


 使用人のトーマスが震え声で報告する。


「なんですって?」


 母が立ち上がり、姉のクレアとアリスも慌てて駆け寄ってくる。

 父も新聞を放り出して、私に鋭く視線をぶつける。


「王太子殿下からだと? エノレア、お前なにか粗相をやらかしたのか?」


「え、してないと思いますけど……」


「エノレア、あなた本当に王太子殿下とお話ししたの?」


 母が心配そうに聞く。


「舞踏会で、少しだけ……」


「少しだけって、どのくらいっ?」


 姉のクレアが身を乗り出してくる。


「テラスで、三十分くらい……」


「三十分も!?」


 家族全員が驚愕の表情を浮かべた。


「そんなに長く? 一体何をお話ししたの?」


 アリスが詰め寄ってくる。


「内政のことや、民の暮らしについて……」


「政治の話だと?」


 父が眉をひそめる。

 不安が押し寄せてくる。私、何か失礼なことを言ってしまったのかもしれない。王太子殿下を怒らせてしまったのかもしれない。最後は泣いちゃったし……。


 不安を蓄える私をよそに、父が震える手で封を開いて中身を読み上げる。


「『ベルモント伯爵家令嬢エノレア・ベルモント殿へ。先日の舞踏会でお話しさせていただき、深く感銘を受けました。つきましては、正式にお嬢様への求婚を申し入れを』──」


 父は手紙を持ったまま、その場でフリーズした。


 水を打ったような静寂。


 そして、母が卒倒した。


「お母様!」


 大騒ぎになった。父は腰を抜かし、姉たちは目を見開いて私を見つめている。


 自分の目でも手紙を確認してみたが、父の読み上げた内容に相違はなかった。

 間違いなく、王太子殿下からの正式な求婚状だ。


「舞踏会でちょっと話しただけで求婚? そんなことがある!?」


 クレアが信じられないといった様子で首を振る。


「エノレア、あなた何か隠してることがあるんじゃないの? 本当にただ話しただけ?」


 アリスが疑うような目で見つめてくる。


「本当に、ただお話ししただけです!」


 父がよろよろと立ち上がって、手紙を何度も読み返している。


「ともあれこれが本物なら、我がベルモント家にとって千載一遇の機会だ……」


「でも、どうして? どうしてエノレアなの?」


 アリスがつぶやく。その言葉に、私の胸がちくりと痛んだ。


 そうだよね。どうして私なんかを選んでくださったのだろう……。





 翌日、正式な返事を出すために王宮を訪れた。

 馬車の中で、私の心は激しく揺れ動いていた。


 本当にこんな私でいいのだろうか? 

 王太子妃なんて務まるのだろうか? 


 鏡に映る自分を見つめる。相変わらず地味な顔。華やかさのかけらもない。

 どうして殿下は、私なんかを選んでくださったのだろう。


 王宮に到着すると、使用人たちの視線が痛いほど突き刺さった。


「あの方が……」


「王太子殿下の……」


 ひそひそと囁かれる声が聞こえる。

 殿下は執務室で私を待っていてくださっていた。


「お呼び立てして申し訳ありません。早速ですがお返事を聞かせてもらえますか?」


 私は深呼吸をして震える声で答えた。


「は、はい。謹んでお受けいたします! でも」


「でも?」


「本当に、私でよろしいのでしょうか? 私は地味で、取り柄もなくて、殿下にはもっとふさわしい方がいるんじゃないかなあと……」


 殿下は優しく微笑まれた。


「エノレア、あなたはなぜそんなに自分を卑下するのですか?」


「だって、私なんか……」


「またなんかと言いましたね」


 殿下は立ち上がり、私の前に歩み寄る。


「でも、私には他の令嬢のような美貌はないですし」


「他の令嬢などどうでもいい。私はあなたと生涯を添い遂げたい。他の誰でもない、あなたとです」


「殿下……」


「私があなたの低い自己評価を変えて見せます。いかに魅力的な女性か証明します。ですからどうか、私の傍にいていただけませんか?」


 殿下がそっと右手を差し出してくる。

 私はボロボロと涙を落としながら、その手を取った。


「は、はいっ。よろしくお願いします!」


 殿下の顔に安堵が浮かんだ。


「一生かけて幸せにすると約束します」


 その言葉に、私の心は温かくなった。


 婚約が正式に決まると、王都の社交界は大騒ぎだった。


「あの地味な伯爵令嬢が?」


「王太子殿下の目は確かなのか?」


「きっと何か裏があるに違いない」


「あんな田舎者が王太子妃だなんて」


 そんな声が飛び交った。街を歩けば視線が痛く、社交界では陰口を叩かれる。

 私の不安は日に日に大きくなっていった。




 でも、一番辛かったのは、故郷に帰った時だった。



「ハッ、いったい何の冗談だよ、それ」



 カイルの声が震えていた。いつもの余裕がない。


 私たちは実家の庭園で話していた。彼が急にやってきて、殿下との婚約の話について突っかかってきた。


「お前が王太子妃になんてなれるわけねーだろ」


「本当だもん。私、レオンハルト殿下の婚約者になったの。正式に」


 カイルの右頬がグイッと釣り上がった。そして、みるみる赤くなっていく。


「ありえない! そんなこと絶対にありえねえんだよ! 馬鹿な冗談はよせよ!」


「冗談で、こんなこと言わない」


「大体、お前に王太子妃なんて務まるわけがない! お前なんかが王太子の目に止まるわけないんだ。そ、そうだ! わかったぞ! 王太子はお前を見せ物にして国民全員で馬鹿にするつもりなんだ! 恥かく前に婚約は撤回してもらったほうがいい! は、はははは」


 その言葉は、昔と同じように私の心を刺した。

 私はその場で俯き、拳をグッと握る。


「そんなこと、ない。殿下は私のことを幸せにしてくれるって」


「お前みたいな地味で冴えない女が、何を勘違いしてるんだ!」


 カイルの声が裏返った。


「ど、どうせ王太子の遊びだ! 美人に飽きてちょっとお前を弄ぼうとしてるだけなんだ! お前なんか、すぐに捨てられる! そしたらお前はどうなる? 王太子に捨てられた女として一生笑い物だぞ!」


 涙が出そうになった。でも、必死に堪える。


「カイル、どうしてそんなひどいことを言うの?」


「ひどい? 現実を教えてやってるんだ! お前は昔から何も変わってない! 地味で、つまらなくて、魅力のない女なんだ!」


 苦しい。言葉の刃は時に本物の刃物よりも鋭い。


 耐えていた涙がいよいよ溢れてきそうになった、その時だった。


「──口を慎め」


 凛とした声が響いた。振り返ると、レオンハルト殿下が立っていた。


「レ、レオンハルト殿下……!?」


 カイルの顔から血の気が失せた。

 殿下は今日、私の婚約発表の準備で王都から来てくださる予定だった。でも予定よりずっと早い……。


「君は、カイル・ハーヴェストだな」


「は、ははい」


 カイルの膝がガクガクと震え始めた。


「エノレアの幼馴染らしいな。しかし幼馴染がこのような暴言を吐くものなのか?」


 殿下の声は静かだったけれど、明確な怒りがにじんでいた。


「も、申し訳ございません……その、つい……」


「つい?」


 殿下の瞳が鋭くなった。


「エノレアを侮辱することを私は許さない。たとえそれが幼馴染であろうとな」


「も、申し訳ございません、申し訳ございません!」


 いつの間にか、私の溢れそうだった涙はどっかにいっていた。


 だって、私にはこの人がいるから。この人は私のことを見てくれているから。


「エノレア」


 殿下が私の手を取られた。


「少し歩こうか。君に会いたくて予定より早く来てしまった」


「はい。殿下」


「婚約者になったんだ。そろそろ、名前で呼んでくれないか」


「れ、レオンハルト様……」


 私が照れくさそうに呼ぶと、レオンハルト様は柔らかく微笑んだ。


 彼に連れられて踵を返すと、後ろでカイルが何か叫んでいた。


「エノレア! 待ってくれ! 俺は、俺は!」


 でも、振り返らなかった。ううん。もう、振り返る必要なんてない。


「なんでだよ! なんで、なんでだ! 俺が、俺のほうが先だったのに……!」


 耳に届いたのは、しゃくり上げるような泣き声。


 カイルが、泣いている。

 直接、その姿を見たわけではないけれど、背後から聞こえた嗚咽に、私はそれを感じた。


 結婚なんてできないって、嘲っていたくせに。


 今になって泣くなんて、どれだけ身勝手なんだろう。


 ──お前なんか一生結婚できないよ


 あの声は、もう私を傷つけることはない。


 私はもう「なんか」じゃない。

 誰かの価値で測られる人生は、もう終わったんだ。

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― 新着の感想 ―
カイル君は好きだったんだろうけどこれだけ傷つけて(それを理解できない程度の人間性で)結婚したりできる(したい)と本気で思っていたならもうつける薬はないと思う
お相手以外誰も主人公の価値を見ていないというどころか、家族が率先して貶しているのがどうなのか。幼馴染は所詮他人な上に、王族に釘を刺され主人公からも情を切られたので今後幼馴染自身がどう思おうと手出しは出…
カイルくんは何がしたかったのかな 散々貶めて婚期を遅らせても、好かれなければ意味が無いだろうに。。。 仕方ないからもらってやるよ、がやりたかったんですかね。 そしたら結婚してからも事あるごとに「もら…
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