33. 桃色に染まる戦と心
1週間前――東京・霞ヶ関。
新設されたビルの一室でセミナーが行われていた。
質疑応答の時間にすっと手を挙げる女性。
彼女の名は、桃山咲イチカ。
しなやかな声、芯のある瞳。
絹のような髪に、ほのかに香る桃の気配。
セミナー終了後、誰かの視線に気づいた彼女。
ふと、胸がざわめく。
懐かしくて、少し怖い。
振り返るとそこにいたのは、スーツに身を包み圧倒的な存在感のあるひとりの男。
――それが織田だった。
イチカはすぐに気づいた。
「……変わらないわね。兄さま」
織田はフッと笑う。
「……その呼び方を、現代で使うとはな。思い出したのか、すべてを」
「ええ。夢の中で、何度もあなたの背中を追ったわ。でも、同じ場所で立ち尽くす私ではいられなかった。あの戦火の中でも……あなたの背中は、いつもまっすぐだった」
彼女の目に浮かぶのは、驚きでも涙でもなく、“誇り”。
「ならば立ちあがれ。もう、そなたは“妹”ではない。この時代の、“戦士”だ」
「はい。私はもう、ただ守られるだけの女じゃない。私自身の意志で、誰かを救える存在になる」
沈黙が流れる。
けれど、その空間にはたしかに温度があった。
「時代が変わっても、守るものは変わらぬ。そなたの刀で救える者がいるなら――迷うな」
「兄さま。あなたが進むなら、私はその隣で“揺れる者たち”の声を拾います」
※※※
「桃の調和戦士、スーツ侍・イチリン! 沈黙の涙は私が未来へ繋ぐ。誰も置き去りにしない職場――この手で創る!」
【桃の調和戦士、スーツ侍・イチリン】
桃色のスーツにマント、桃色の扇を所持する。髪はポニーテール。
職場の「見えない負担」「働きにくさ」を可視化・調整するとともに、「歪んだ構造」や「過剰な我慢」を浄化する力を持つ。
「……来たか。イチリン」
ノブナガが声を漏らす。
「私が浄化するわ! 桃色・調整解放!」
イチリンが扇を広げると桜の花びらが舞い、コンフリクトのモチベーションダウンの力が無効化されてゆく。
「なんだよお前!」とコンフリクトが慌てている。
「私は声なき声を見過ごしはしない……必要なのは共感。企業の精神を蝕む者は許さないわ!」
「スーツ侍・イチリン……?」とヒデヨシ。
「新たな戦士か……?」とシンゲンも驚く。
「どこかで見た顔だ」とイエヤスも言い、「調和の戦士。彼女ならコンフリクトに対抗できる」とケンシンが確信する。
「……なるほど。だがこの組織にはすでに“対立固定陣・共感拒絶エリア”を設定済。 互いの立場を否定し合い、すれ違いが修復不能になるのさ」
イチリンが耳を澄ませる。
営業担当が「クリエイティブは口だけ!」と言い、クリエイティブ担当は「営業はセンスがない!」と言っている。
「“調整役”なんて意味がない!」という呪いのような言葉も耳の奥に響いた。
イチリンは、静かに目を閉じて2枚の扇を広げる。
「調整解放・両断扇陣!」
扇から桃色の風が吹き、社内で対立する全員の発言、感情、背景を即座に読み取る。そして“表に出せなかった言葉”を可視化し、各部署に投影した。
そこに映るのは――
営業:「本当は提案に自信がなかった。けど部長に逆らえなかった」
時短社員:「時短で申し訳ないと思ってる。けど、戦力外扱いされるのは辛い」
若手:「本当は調整役に憧れてた。でも怖くて言えなかった」
それを見た社員たちが口々に言う。
「みんな心の中では遠慮していたのか……」
「俺たちはちゃんと向き合うべきだった」
「今からでも……遅くないかな?」
イチリンが目を開く。
「すれ違いの根にあるのは、否定ではありません。“言えなかったこと”です」
「チッ……“沈黙の声”を武器にするとは……」とコンフリクトが舌打ちをした。
さらにイチリンが扇にパワーを込める。
「さぁ、皆さん。思い出すのです! 共鳴花乱舞!」
桃色の風と光がフロア全体に広がる。すべての未発言・誤解・矛盾を和らげ、共感へ変換する調和の一撃だ。
やがて社内の空気が澄み、誰かが静かに言った。
「……調整役って、すげえな……」
コンフリクトは悔しそうにしていた。
「うぅっ……苦労して作りあげた“対立固定陣・共感拒絶エリア”を破るなんてっ……今日は退散!」
彼はすっと姿を消した。
イチリンは静かに扇をたたむ。
「人が人を許し合える職場が、未来を変えます。私は、それを咲かせたいだけです」
その後、配置転換されていた時短社員・渡辺は元の部署に復帰。“仲間に支えられる職場”が再構築される。
ライジング・ブランディア社は、風通しの良い組織に戻ったのだった。
※※※
天下トーイツ・カンパニー会議室にて。
「もう彼女は“市”のままではない。戦える“侍”になっておる」と、織田が4人に言う。
「あのお市も転生していたとは。俺、昔っから狙ってたんだよな」と豊臣。
「豊臣は美人に弱いな」と武田につっこまれる。
「彼女も黒田の力でこの時代に?」と徳川。
「謎多き美女は気になるな」と上杉。
そこにイチカと黒田が入って来た。早速イチカが5人のほうを向く。
「あなた方が転生したあとに、私もなんらかの力によって転生したのです。私は前世で妻として、母として……そしてひとりの女として生きた。だけど兄さまや他の武将に守られるだけで、本当にやりたいことができなかったの」
5人は戦国時代を思い出す。あの頃は戦がすべてで、男が中心となって国を創っていた。
「その思いが通じたのか、この時代で誰かの声なき声が聞こえた。それは職場で共感され、尊重されたいというもの――その声に呼ばれるように私はここに来た」
彼女もまた、現代のサラリーマンたちを救うために転生してきたのだった。
「そして織田社長……兄さまに再会してすべてを思い出した時に、このネックレスが目の前に現れた。あとは気づいたら変身していたわ」
イチカのネックレスには、桃色の宝石が埋め込まれたチャームが付いていた。
「おそらく、兄上である織田社長にも導かれたのでしょう。これでスーツ侍が6人になりましたね」と黒田も言った。
「そうだな。ダイバーシティ推進の面でイチカにはこれからも活躍してもらうぞ」と織田。
「はい!」とイチカが元気に返事をする。
「ところでイチカちゃん」と豊臣がじっと見る。
嫌な予感がするメンバー一同。
「……彼氏いるの? この後よかったら俺とご飯行かない?」
ため息をつくメンバー一同。
イチカはにっこりと笑う。
「ふふ。光栄です。でも“女性は褒めて誘えばいい”時代は戦国で終わりですからね?」
「うっ。笑顔でぐさっとくるぅ……でもそういうのも良きかな」
「コラ。何言ってんだ」と武田にも言われる。
「だって俺、惚れちゃいそう」と豊臣。
「やれやれ……」と徳川が息をつき、「相変わらずだな」と上杉も呆れる。
「さて。今日は帰って明日に備えるのだ」と織田。
皆が退社していく。
帰り道――
イチカは織田を思い浮かべながら呟く。
「兄さま……素敵。けれどこの想いは、胸の内に仕舞っておきましょう。戦場で揺れる心ほど、弱くも強くもなるのだから」
11月に入り、街にはすでにクリスマスツリーが光る。
クリスマスに織田と一緒に過ごしたいと思いながら、イチカは夜の風に吹かれていた。




