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32. 新たな風

 天下トーイツ・カンパニー会議室にて。

 臨時で役員会を開催することになり、豊臣、武田、徳川、上杉の4人が社長の織田を待つ。


「社長、急にどうしたんだろ?」と豊臣がペンを回している。

「また買収の話だろうか」と武田も言う。

「ブラック企業団のことかもしれないぞ?」と徳川。

「奴らに何か動きがあったのだろうか」と上杉。


 少ししてドアが開き、織田が入って来る。

「待たせたな。では臨時役員会議を始める。今日の議題は“ダイバーシティ推進室”の設置についてだ」


「「「「ダイバーシティ推進室?」」」」


 4人が一斉に反応する。

「多様性を推進し、すべての従業員が尊重される仕組みを支援する部署だな。私もダイバーシティを勉強しているが、日常業務もあるからそこまで手が回らないのだ」

 こう言うのは人事部長の上杉である。


「そうだ。我が社は女性も増えてきておる。両立のための働き方を見直してほしい、という意見もあるからな」と織田も言う。

「いいと思うぞ。だが――誰が室長をつとめるんだ?」と武田。

「確かに。ダイバーシティに一番詳しいのは上杉だとは思うが」と徳川も腕組みをする。


「フフ……それならもういる。入ってくるんだ」

 織田が入り口に向かってそう言うと、ひとりの女性が会議室に入ってきた。

 やわらかな雰囲気の中にも芯を持った眼差し。凛としたスーツ姿にほのかな桃の香り。ロングヘアをなびかせた美しい女性に、その場の空気が変わる。


「……桃山咲(ももやまざき)イチカと申します」



【桃山咲イチカ】

 ベージュのスーツに桃色のインナーを着た、聡明な女性。大手総合商社の人事部で、育成・評価制度改訂や女性管理職育成プログラムなどを統括。織田に実績を認められ、天下トーイツ・カンパニーのダイバーシティ推進室 室長へ――。調和と改革を掲げ、制度と現場を結ぶ交渉のプロ。



「……び、美人!」

 豊臣の目がハートになっている。

「社長、いつの間にこんな優秀な人を……」と徳川。

「人生は巡り合わせの連続。セミナーでスカウトしたのだ。出会いは偶然だが―― 彼女の理念と実行力は、我が社に必然であった」と織田。


「どうぞ、よろしくお願いします」

 綺麗にお辞儀をするイチカに、全員が釘付け状態となった。



 するとコンコン、とドアの音。

「失礼します。あっ……」

 黒田がイチカを見てドアを閉めようとしたが、彼女は「では、本日よりよろしくお願いします」と言って退出した。

 入れ替わるように黒田が入ってくる。


「皆さん。新たに問題が起こっている会社を見つけました……ブラック企業団の仕業かと」


 5人は頷き、ネクタイピンに手を当てる。



 ※※※


 

 グローバル広告代理店「ライジング・ブランディア」は、華やかな見た目とは裏腹に内部では部署間の対立が激化していた。

 クリエイティブ部と営業部が常に衝突し、時短勤務社員が肩身を狭くして働く。さらにリーダー会議は毎回不毛な責任転嫁大会となっていた。


 このような異常な空気の中――時短勤務の女性社員・渡辺が突如配置転換となる。

 それまでクリエイティブ部で手腕を発揮していた彼女だったが、妊娠による体調不良で遅刻や早退が続いていたのだ。異動先は窓際部署とも呼ばれ、事実上の降格である。

 

 もちろんそれは実力不足ではない。ただ“環境”が、彼女の努力を見えづらくしているだけだった。

 

 しかし「職場の空気を乱した」「調整できない人」というレッテルを貼られ、社内には妙な声が広がっていた。

「まあ仕方ないよね、みんな忙しいんだから」

「妊娠するのは自由だけど、職場は戦場だし」

「あの人、繊細すぎない?」


 渡辺は保育所にいる子どものお迎えに行きながら呟く。

「やっぱり今は仕事を辞めた方がいいのかな……」


 だがその空気は“誰か”が作っていた。敵はすでに職場の中にいたのだ。


「調和? そんなもの、幻想ですよ。“みんな違って、みんな不満”が現実でしょう?」


 ダイバーシティ推進室に新たに就任した小柄な男が、部署間の摩擦、感情のズレを煽り、組織を内側から腐らせていく。


「所詮、組織は“人”で成り立っているもの。空気が悪くなればおのずとブラック化できる……人は理解し合えない。だから組織は壊れる。 僕はただ、それを少し“早めて”いるだけさ」

 男はくすりと笑って、自席につく。



 その時。

 夕陽の隙間に5つの影が浮かび上がる。


「そこのお前。今何と言った。組織は“人”で成り立っているからこそ、お互いを思いやり敬うことが大切なのだ」

 白の人事侍が義刀を手に、窓際に現れた。

 

「スーツ侍・ケンシン! この義刀がお前の歪んだ思想を斬り裂いてみせよう」


「――出たな人事侍! 何が思いやりだ! 他人なんか信用なるものか!」

 男はしゅっと衣装をチェンジさせる。黒いスーツに緑色のマントをなびかせた姿となった。


「ミスター・コンフリクト……やはりお前か」

「ふん! もうこの会社の人間関係は木っ端微塵さ!」

 コンフリクトがそう言うと、ケンシンの後ろから4人の侍も現れる。


「スーツ侍・ヒデヨシ!」

「スーツ侍・シンゲン!」

「スーツ侍・イエヤス!」

「スーツ侍・ノブナガ! その腐った心、今ぶった斬る!」

 

「……やれやれ。全員集合か。じゃあいくよ! 共感(シンパシー)断絶(カッター)!」

 緑色の刃が侍たちを襲う。

「よぉし! お前がそう来るなら! 笑顔(スマイル)共感(シンパシー)・百万石アプローチ!」

 ヒデヨシの扇の金の光が緑の刃を跳ね返す。


「やるね……じゃあこれでどうだ! モチベーション・ダウンスプレー!」

 コンフリクトの手から大量の緑色のスプレーが侍たちに放出される。

「うっ……何だかモチベーションが上がらないぞ?」とシンゲンがふらついている。


「あれ……?」とヒデヨシも膝をつく。

「お前たち! 負けてはいけない!」とノブナガが叫ぶが、幹部の中でも精神攻撃が強いコンフリクトに攻められている。


「肉体は耐えられても、心が折れれば、侍は立てぬ……!」

 ノブナガもその場に倒れ込む。


「あーあ。スーツ侍さぁん? もうやる気なくなっちゃった? とどめといこうか!」

 コンフリクトがさらに両手を掲げる。


 ――その時だった。


 ロビーのガラス越しに、桃色の風が舞う。

 社章が震え、PCの画面が淡く桃色に染まる。


 エレベーターが“チン”と音を立てて開いたところに現れたのは――桃色のスーツにマントを纏った女性。


「今、この職場に必要なのは、怒りではありません。誤解を溶かし、声を重ねる“場”です」


「……お前は!?」


 女性は静かにコンフリクトを見つめる。


「桃の調和戦士、スーツ侍・イチリン! 沈黙の涙は私が未来へ繋ぐ。誰も置き去りにしない職場――この手で創る!」


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