29. 信じた背中、遠のく影
それからというもの、武田はタイムバルカーのことを忘れるように仕事に打ち込んでいた。
「武田、無理するでない」
上杉が休憩室で話しかける。
「手を止めると……胸が苦しくなるんだ」
「フッ……お前も純粋なところがあるのだな」
ところが、しばらくして武田は体調を崩すことになる。
「やれやれ、彼には時間が必要だな。適宜人事面談をして様子をみよう」
上杉がそう言いながら会議室に入ると、そこにはいつものメンバーが揃っていた。
「……どうかしたか?」
「あ、上杉ぃー! さっきのニュース見た?」と豊臣。
「インフェルノ社とスパークリング社の共同開発契約が無くなったんだよ」と徳川も言う。
「え!? スポーツ界隈で盛り上がっていたのに……」
インフェルノ社とスパークリング社は、日本を代表するスポーツ用品メーカーである。両社はプロ大会用高性能シューズを共同開発することになり、世間では話題になっていた。しかし、何故か開発が中止になったという。
「開発中止の理由も明かされていないのです。もしかすると彼らの仕業ではないかと」とタブレットを見ながら黒田が言う。
「インフェルノ社とスパークリング社は社長同士が幼馴染。俺の知り合いでもあるのだ」と織田。
「ふぇっ? さっすが社長! 顔が広い!」と豊臣が拍手している。
「一度彼らの会社を見に行くか。夕方に再度集合だ」
「「「承知!」」」
※※※
夕方――織田、豊臣、徳川、上杉の4人はインフェルノ社へ向かう。秋になり朝晩は涼しい風が吹いている。
「さて、着いたぞ」
エレベーターで受付に向かうと、事務員がすぐに応接室に案内してくれた。
彼らが待っているとドアが開き、背が高くて険しい顔つきをした男が入ってくる。
「織田……待たせたな」
「朱崎、久しぶりだな」
入ってきた瞬間、空気が一段階重くなった。
その威圧感で潰されそうになる織田以外の3人。何というオーラを放つ人だろう。目が離せない。
「社長の朱崎です。今来られたということは……あの共同開発の件か?」
「ああ、いきなりで驚いた。お前のことだから立派なプロダクトを開発できただろうに。どうしてそんなことになったのだ?」
「実は――」
朱崎によれば共同開発は順調だったものの、スパークリング社の社長である煌月が、朱崎の案を横取りしたそうだ。
「うちだけで大丈夫だから……お前は不要だ」
そう言われて共同開発が中止。今はスパークリング社のみで高性能シューズの開発が行われている。
「煌月は……あんな奴じゃなかった……なのに」
「それはショックだなぁ〜」と豊臣。
「急に態度が変わるとは。怪しいな」と徳川。
「義の心が失われておる」と上杉。
織田も腕組みをして考える。
「朱崎、何か変わったことはなかったか?」
「そうだな。煌月はおおらかな性格なんだが、今ではせっかちになってまるで……目先の利益しか考えていない」
「目先の利益……?」
スパークリング社がまるでブラック企業団に乗っ取られたような雰囲気。やはり今回も彼らが関わっているのか。
その時――ノックの音が聞こえ、真面目そうな男性が入ってきた。
「朱崎社長、言われていた追加加工を実施いたしました」
「ありがとう、耀田」
耀田というその従業員から袋を受け取り、朱崎は振り返る。
「そうだ織田。今“ブメランパンツ”に接触冷感加工を施しているんだ」
「何だと? それは気になるな」
「スポーツをする男たちの強い味方だぜ?」
ブメランパンツ――聞き慣れない言葉にあとの3人が首を傾げる。
「お前たち、“ブメランパンツ”とはインフェルノ社が開発した、通常のブーメランショーツよりもコンパクトなものなのだ。しっかりと固定してくれてスポーツには持ってこいだ」と、織田が説明する。
「こちら、よろしければ」と耀田がパンフレットをくれた。
「Just a boomerang ――脱がない色気。男たるもの、ブメランパンツ――かぁ。すごいピチッとしてるな」と豊臣。
「どれどれ……足が綺麗に見える立体加工。なるほど」と上杉も頷く。
「だがこの値段は……少々高価だな。原価率が見えぬ。これは上質素材か、高度加工か……?」と徳川。
布の面積を小さくしてコストを抑え、利益率を上げているような気がする3人。
「インフェルノ社の技術は信頼できる。その値段は妥当なのだ」と織田。
「そうおっしゃっていただけて、製造部長として嬉しいです」と耀田が言う。
「えー本当ですか?」と豊臣が怪しむ。
「愛用歴10年の俺が言うのだ。間違いない」と織田。
「「「えっ? 10年?」」」
「織田には感謝してるよ」と朱崎も言う。
「何なら今も着用しておる。見るか?」と言いながら織田が立ち上がるが、
「「「いや、ここではダメですって!」」」と3人に止められた。
「フフ……織田、良かったらうちの製造部長、耀田が加工した接触冷感を試してみるか?」と朱崎に言われる。
「……それは非常に興味深い。だが、俺たちは行くところがあってな。完成したら真っ先に買ってやるから」
「そうか」
「きっとスパークリング社には何か訳があるはずだ。待っていてくれ」
「わかった」
こうして織田たち4人は応接室を出る。
「耀田、いつも通りそれは俺が試着しておこう――ありがとな」
「社長……また履き心地を教えてください」
耀田は頬を赤らめて朱崎を見つめていた。
社長室に戻った朱崎は学生時代を思い出す。
「……目先の利益、か。煌月らしくない」
あれはバスケ部の頃――
朱崎は慎重でクレバーなプレイをするが、煌月は派手なフィニッシュが持ち味。バスケ部では最強ペアとして活躍していた。
試合残り5秒――
『煌月、打て。問題ない、お前なら決められる』
『信じてパス回すとか、ほんと朱崎らしいな!』
煌月のシュートは成功し、歓声が爆発する。
――彼の信念は、この一投で形になった。
その瞬間、“誰も責めず、全員を信じる”価値観が芽生えたのだ。
試合後に煌月が言う。
『大会優勝したらさ、スポーツ用品でみんなを支える会社、作ろうぜ!』
『バカ言うな……けど、いいな。やってみるか』
そして結果はめでたく優勝。
朱崎と煌月はそれぞれスポーツ用品ブランドを立ち上げ、成功をおさめる。
「何故だ……同じ方向を見ていたはずなのに」
息をついて朱崎は煌月との写真を眺めていた。
風は、嵐の前触れのように冷たかった。




