ep.08 遠い記憶
2024年5月14日……気持ちのいい下着
翌朝早くに私の服が届けられて、ブラ・パンに値札が……ヒェ~八千円?……高すぎよ~……。
「田所さん……ありがとうございます。これ、とっても気持ちがいいです!」
「そ、善かったら勝負下着にどうかしら?」
「え~悪いですよ~本当に頂いてもいいんですか~もう着てしまったし~返品はプレミアム、ゥキャ!」
……バシッ……イタッ……
私は調子に乗りすぎた、田所さんから尻べんぷをひっ叩かれてしまった。
「もぅ~……あんたに遣る下着はありません、即刻脱いで頂戴!」
「佐藤さん……下着の交換をおね、キャゥ!」
……イタッ……バシッ……イタッ……
「アハハ……、」x2
「テヘッ……、」
叩かれる前から痛いと言って逃げたはいいが、追いかけられて叩かれてしまった。どうだ……私のスタイルは!
「アハハ……、朝から善いものを見せて貰えたよ。」
「いや~……お嫁に行けない~。」
「ドアの前だぞ、俺は悪くない!」
「私は悪いです。」
「今日も入院したいのか? 指示をだしておくよ。」
「授業に行きます。」
「朝食は食べてね。」
「はい。」
先生は私の燥ぐ姿を診ただけで帰っていった。だから他人の目からみても大丈夫なんだ。
「癒衣、今日はお泊まりに行ってもいいかな!」
「舞さん……歓迎します。お布団はいいよね?」
「う~ん、大丈夫よ。ソファーで寝る。」
そう、これは翌日の事である。佐藤舞さんは私の事を案じて「一晩だけでも泊まるよ」と言ってくれたから。デレッとなった私に学習意欲が減退してしまった。……この佐藤舞は飲むは飲むわ~飲むでよう。もう姉貴みたいな飲みっぷりに驚いた。……こいつは猫かぶりかよ?
お姉ちゃんに昨日今日の事をメールで知らせようと考えていたら、佐藤さんが止めに入った。こうやって無事にいるからね、お姉さまに心配掛けないがいいよ~と言うのだ。私もその意見に賛同した。逆にお姉ちゃんからメールの着信が無くて安堵している自分もいる。
❖ ❖
2024年5月18日……お礼の菓子箱を届ける。
五月の下旬には、お陰で大学を休んで家も無い故郷へと帰省する必要が出来てしまった。転居届を忘れていたんだ……アハハ~よね。
入院でお世話を掛けてしまった、明日は大学もお休みだからと佐藤さんと田所さんへお礼のお菓子を持って行った。偉いんだぞ!
江戸っ子……奢られた者の心得?
洗濯費用のコインランドリーの代金に下着の代金はお支払いいたします、とは一言も言っていない。言えなかったという方が正しいだろうか。シッカリと年上のお姉ちゃんに甘えていたい……理由としては充分過ぎる。お金を払わずに後日の機会でお返しをする、それが対等と考えているからだ。
好意は別物だからそこは別途のお礼をすればいい、年齢や地位や職業が違うから……それでお菓子なんだ。これぞお金節約の「三脱の教え」だぞ。無職の大学生は施しを受けておればいい、上納金が高いのよね~それ以上の金はだせない。
なんだか知らないが、学生課の受付は人生相談も行っている……らしい。奨学金の案件も扱うのだから自然とそうなったのか、将又金蔓学生を囲ってしまいたいなのか? 恐らくは大学優先の校舎だ! いや後者だな。
「癒衣ちゃん?」
「こんにちは~、」
「どったの。」
「うん、これ田所さんへのお礼も含めて。一個ずつですから。」
「田所さん、貰ったよ?」
「舞が盗るという意味よね、一つは私の分だから渡しなさい。」
「え?……アハハ……、随分と仲がいいんですね。」
「まぁね~? 腐れ縁なのは否定しない。」
「へ~良縁じゃないんだ。」
「はぁ~・・・??」x2
「違いました?」
「そうね、合縁奇縁の奇縁かしら。」
「田舎……行くのよね。健康保険証は必要だし、住民登録もちゃんとしておかないと大変よ?」
「はい、大学サボって行って来ます。火曜日には戻りますね。」
「昼からでもいいから顔を出すのよ、いい?」
「はい。」
「いってらっしゃい。」x2
「いってきま~す。」
「舞、呼び止めて。」
「え?……そうね。」
「あ、あぁ~待って!」
私はきびすを返して帰りかけたら大声で呼び止められた。
「はい?」
「癒衣ちゃん、実家にも寄る?」
「ううん、行っても何もありませんし、朝に着いて役場に行って帰って来ます。」
「一人で大丈夫よね?」
「そう言われたら大丈夫としか返事が出来ません。実は佐藤さんと……、」
「却下、私にも仕事があるのよね。……あ~~~こらっ。」
「てへっ、」
ちょいと佐藤さんをからかっておいただけだよ。佐藤さんが「実家にも寄る?」という意味は一般的な事として聞き流していた。暗に寄るのはダメと言いたかったと後日になって思い至る。
私は明日に着ていく服を選んだの。私の服と姉の服は同じクロゼットに仕舞っていて、服選びの序でにと姉のセーラー服とブレザー服、それにスカートも取り出してベッドに並べた。
「これ……中学の制服よね。私の物とデザインが違ってるわ。」
そう思ったらポケットに手を入れてみたくなって、事実、姉のセーラー服に入れてみる。冷たい感触だけが伝わった。ブレザー服はどうだろいうか、着古した感じはしないのはなぜだろうか。
「これ……何処も痛んでいないわ。」
着崩れをしていない、そういう意味での服の傷みを言ってみた。着てみる……丁度いい?
「可笑しいな、私と同じサイズだわ?」
お姉ちゃんは胸デカなんだよね、だから違う制服だと直感で理解した。これらの下着だって私サイズなのにお正月の無駄に大っきいのなによ。
ここには家族の写真がない、そうだわ自宅は両親の写真だけだったと思い起こした。転居の荷物にも入れた、出したという記憶はなかった。私と姉の写真は一つも無かったのだから。
❖ ❖
2024年5月19日……帰郷。
日曜日の夜行列車に乗って故郷へと向かった。東京駅で乗るのは夕方だからいいんだが、故郷に着く時間はようやく東雲が紅く染まる前に着く。家に帰るのではないからな~……、
「午前五時よね、わ~これから時間を潰すのはどうしよう~。」
思いもしない戸惑いが訪れてきた。今まではタクシーに乗って帰れば善かった、だが家は無い……大変だよ~。
下り普通列車の始発はまだ先はいいのよね、上りの普通列車の始発は早くても下りは~遅い!
「そうだ、お姉ちゃんの声を録音していたから聴いて時間を潰そうっと。」
スマホの盗聴を再生すると、「うふふ……。共益費は五百万を口座に残しているからね、ありがたく思いなさい。」と聞こえてきた。
……え?……なに、この声……なんで?
「この声……お姉ちゃんよね、でもこれは違うよ……佐藤舞さんの声よね?」
「お姉ちゃんは誰なの? 両親は事故で死んだ? どうして、私も事故で入院していた? あれ? うそよ、お姉ちゃんも入院していた……それが舞さん、……あれ? 何処が可笑しいの? あ、あ、私はここで何しているのよ。」
「この声……お姉ちゃんよね……佐藤舞さんの声よね?」
「この声……佐藤舞さんの声よね?」
「舞お姉ちゃんは佐藤よ、私は……そうよ白川よ、でもこれって……お姉ちゃんは……?」
何度も何度も……何度も何度……再生して聴いたよね。
「……お姉ちゃんは……死んでいる?」
「イヤ~~~~!!!」
頭が真っ白になってベンチに蹲ってしまった。
駅に来る人たちは明け方だから、家出少女が寝ている、そんな扱いだったのかも知れない。蹲っているときに声を掛けられていたら、間違いなく救急車にお世話になっていただろうか。
う……動けない、心音が高鳴り、動けない、
頭が痛い……どうして? 頭が……痛い! 私は、そうだ市役所に行くんだ、何故に? どうして、転居届だったわ。
激しい心音と共に頭がクラクラとしていたからだ。立つ事もお話しに受け答えも出来なかったと思うと、声を掛けて貰えなくて良かったか。
少しずつだが最近の記憶が思い出されてきた。反対に遠い記憶が遠のいていくような感覚になっていて、あれ?
……でも同級生の女の子が私に気がついた。
「癒衣?……癒衣ちゃんよね?」
「?……誰!」
「え?……なにを言うのよ、私よ、川井だよ?」
この女の子は私と同じくらいだと考えたら、
「同……級生の?」
「そうよ、別れてまだ二ヶ月だよ、忘れたなんて冗談よね?」
「あ、ごめんなさい。夜行列車で着いたけれどもね、寝ていなくて貧血を起こしたみたいなんだ。」
女子医科大学の学生だと思い出したら、同時にお姉ちゃんは誰という疑問が薄れていく。
「癒衣ちゃんは医大に行ったよね、それがこの有様って可笑しいよ。」
「あ?……そうね医大生よ。か~恥ずかしな~。」
「でもやっぱ女の子なんだね。」
少しだけ高校生だった時の事を考える事が出来た、ほんの少しの記憶ではお話しが続かない?
「まだ多感な時期よ。少し辛い事を思い出して……ごめんなさい。もう大丈夫だからさ、汽車が来るよ。」
「あ、うん。私は行くけど……大丈夫?」
……同じ始発の下り列車に乗るのだった。これはこれで身体に労れるから助かっても、川井さんからの質問攻めには閉口する。だって高校生だった時の事は断片的に思い出されるだけで、ピンポイントの川井さんの事となれば全く思い出せない。
ここに来て急転直下の異変が起きている,これではいけないからと、自分の事を話せばいいんだと考えたのね。
「私ね、実はドジっ子だと言われた。」
「事実でしょう?」
「え~~? それを言うんだ。酷~い。」
「それでなにをやらかしたの、正直に話しなさい?」
「うん、笑わないでよ。」
「うんうん……♡」
「転居届を忘れていたの、健康保険証が貰えていない。」
「ぎゃはは……本当だったのね……ドジっ子!」
「笑うな、んも~ヤな人。」
「市役所は私の勤務先だから、休んでいく?」
「いいの? だと嬉しいな。まだ頭痛がしているから駅で時間潰しは嫌だったんだ。」
「だから寝ていたのね。お薬を貰うから休んでいこうか。」
「ごめんなさい、お願いします。」
片田舎の街にホテルなんて在りはしない、休める場所が出来たからそこで頭痛が引くのを待ちたいと考えた。
「そうなんだ、温和し温和ししておくね。」
川井さんは静かにしますよ~と言うも? 既に到着前だったんだ。
「着いたよ……ね?」
「あ~みたい。歩ける?」
「タクシー代を出します、お願いします。」
「うん、いいわよ。駅前まで行くからそこで待つのよ。」
「はい、三分間。」
「スープの時間で来るからね。」
「あ?……アハハ~インスタントラーメンとスープなんだ。」
「うん。」
川井さんとお話をして随分と気が紛れたようだ、素直に嬉しいと思った。今更ながらに友達孝行をしてこなかった自分を莫迦だと思ってしまった。
タクシーはスープ玉が溶ける時間で着いてくれた。川井さんはタクシーに乗っていても直ぐに降りてくれたんだよ、優しいよね。
「癒衣ちゃんが先に乗るのよ。」
「はい……上役待遇だね。」
川井さんの顔は一瞬キョトンとするも、直ぐに笑顔で応えてくれた。ちゃんとさ、私の事を病人だと運転手さんへ伝えてくれた。
「病人ですのでゆっくりとお願いします。」
「はい分かりました。三分で着きます。」
信号待ちと軽い駅前の渋滞を含めても二分程度だったか、運転手さんには初乗り運賃で申し訳なく思って精算をした。降りる時にお名前……運転手さんの名前を覚えておいた。帰りは指名して中央駅までお願いしたい。
市役所の通用門から入ってロビーで待たされた。
「上司いるかな~許可を貰ってくるからね。あ、ジュース買ってあげるね。」
「うん、待ってる。」
川井さんはオレンジジュースを買ってから直ぐに戻っていった。川井さん……この子も頭がいいと思い出したら、ここが職場というのも頷けてしまった。
それからホールに戻るまでが寒くて震えだしてしまい、初夏とはいえ東京と違う北国の初夏は冷えてしまう。
そうだ、お姉ちゃんは……交通事故で死んでいたの? 思い出した……お姉ちゃんの顔を思い出したわ、あれ? 顔が違うって、……お姉ちゃんの顔を思い出したわ、お姉ちゃんは……交通事故で死んでいる、え? え?
川井さんの顔を見た瞬間に涙が流れ出してきた。お姉ちゃんだと思っていた人が佐藤舞さんだったから泣き出した、それは即ち……とうに過去の人だと瞬時に悟ったようだ。それに加えて私に優しくしてくれる川井さんの顔を見たら安心したんだろか、もう滂沱となって頬を伝いだしてしまう。
「……川井さ……ん、私、私ね……うわ~~………………、」
「わ~わ~癒衣ちゃん、待たせたね、寂しかったのねごめんなさい。」
「ううん違う~ぅわ~~~お姉ちゃんが~お姉ちゃんが居ない~うわ~~………………、」
「癒衣ちゃん、どうしたの、癒衣ちゃん、……。」
「うん、思い出しわ過去の事を~うわ~~………………、」
「奈津、どうした。」
「同級生の女の子なの、昔の事故で記憶喪失だったのが、今記憶がよみがえった? え?……うわ~ん~癒衣~うわん~~………………、」
「あ~あの痛ましい事故か、救急車を呼ぶよ。」
「あ、うん。」
「川井さ~ん、私、私は今までどうしていたのよ~うわ~~………………、」
「連絡したが、奈津はその子に付いて行ってやれ。家族がいないのだろう?」
「えぇ……グシュン、後見人は……確か東京だったと思う。」
「調べてみるか、この子にそんなとこは教えて貰っていないのか?」
「そうね、学校中は必死になって秘匿していて、そうよ高校に連絡すれば直ぐに分かるよ。」
「あ~すげ~な~この子も、後見人もさ。」
「癒衣は成績も良くて素直だった所為か、放置され過ぎたのね……癒衣~……辛かったよねうわ~~………………、」
「あ、私の荷物を持って来て。」
「持って来るよ。本当に辛いのはこれからだろうよ。急いで連絡してくる。」
「お願い。」
「川井さん……お姉ちゃんが~お姉ちゃんが居ない~うわ~~………………、」
「うんうん、いい子だからね。病院に行こうか……グシュン。」
「う……ん、」
私の封印が解けてしまったのだろうか、どうして解けたのかが分からない。
到着した救急隊員らの話しは、
「中央病院まで行くという指示がでました。」
「了解、向かってくれ。あんたは家族か?」
「いえ、この子は身よりが無くて、私は後見人さんが来るまで付き添い致します。」
「ではお願いします。」
「はい。」
「癒衣ちゃん、病院へ行くよ……?」
「うん、お願い……私の傍にいて欲しい。」
「うん、いるよ。今日は癒衣ちゃんに付き合うから安心していいよ。」
スマホにメールが届くも音は聞こえていない。私は故郷から遠くの仙台市まで移送が決まったものの、精神安定剤の投与で眠っていた。そんな長距離移動の救急車に川井さんの顔があった……嬉しい、とても嬉しくてまた泣いてしまった。
中央病院で簡単な診断が終わって直ぐに、私が長期入院していた仙台市の病院へと運ばれた。
到着した時間はお昼頃だろうか。
この病院には才賀さんの父が勤務していた。恐らくは……偶然ではないはずだ。私の後見人が指定してきたのだろう。
❖ ❖
*)私の後見人と……才賀怜と佐藤舞
知らなかった、私に後見人がいたと言うことは全く聞かされていなくて驚いた。この日の夕方に仙台市まで移送されて無事に病院へ入院が出来た。私のお見舞いはね……三人だった。
医科大の理事長で佐藤さんと言う人と、その娘の佐藤舞。またお友達の才賀怜の三人がお見舞いに来てくれた。もう台風と嵐と吹雪が一遍に来たような、そんな感じになってしまう。
そんな中、私は深い眠りから目覚める。四人のやり取りは与り知らぬ事となる。
「お腹空いたよ……お姉ちゃん!!」
❖ ❖
夕方を過ぎて夜になれば……、その中でも川井さんは負けていないようだ。川井さんも夕方まで付き添ってくれて、夜は舞さんと怜さんと一緒にホテルに宿泊していた。
そんな中で川井さんは、学校での私への扱いや配慮を語って聞かせる。私を腫れ物扱いにした、壮大なスケールのお話しに舞、怜は黙って聞き役になって涙を流す。
これで第三章 変貌偏 はお終い。




