ep.07 小さな動物と橋と堀
2024年5月13日……大降りのお天気になった。
朝起きてベランダ側のカーテンと窓を開けて空を見る。雨模様の程度を確認したいと思うのは間違いで、人はお天気が荒天じゃない好転するように願う行いで空を見上げるのかと考えている。
「うわ~ベランダにも振り込むこの凄さ、朝から憂鬱~……参るな~。」
でも私は元気に玄関ドアを開けた。やはり雨は止みそうもない。ショボンとして玄関ドアに鍵を掛ける。
今朝も傘を差して新見附橋を通れば声が聞こえた。偶々なのかが分からない、誰も通っていない道でハッキリと声が聞こえたのだ。
「見つけた……。」
「……え?……、」
私は慌てて駆けだして大通りにたどり着いた。今回も気味が悪くて振り向かないで足早に大学へと進む。藪がある新見附濠に沿って歩くのはイヤ、だから道路を横断してビルが建つ歩道を歩いた。
「ここまで来れば安心かな、なんで『見つけた』って聞こえたのかしら。」
前回の幼女に声を掛けて怖かったから、それで無視をするしかない。偶々に通行人から声を掛けられたらナンパだよね、今日のような雨降りにナンパはないはず。いやいやそれ以前に法政大学のイケメンにも声を掛けて貰えない寂しさ、堪らないな~。
【ププッ……ププッ……】
「お姉ちゃんからだ、」
久しぶりに姉からメールが届いた。内容は……不躾だわ。【癒衣、あんたは防衛省で遠回りしていない?】とあって【防衛省の南を通る】と書いて送る。直ぐに返信があり【DNPプラザを右に曲がって道なりよ】と返事がきた。
【何処で見ているの?】と送れば【ふふ~ん内緒♡】と返ってきた。試しにとDNPプラザから右に折れて進めばよ、遠くに見慣れたビルが見えている。このビルは帰路でも見えるビルだからさ、本当に近道だと理解出来た。
【ありがと近道だよ】とお礼のメールを送った。
ピラポピラポ……
「お姉ちゃん!……なんだぁ? 08009190636……また迷惑電話だな~。」
と言って着信拒否登録しておき、0800ってフリーダイヤルなんて知らない田舎娘よ。お陰で近道は出来ても朝から随分と肩を濡らしてしまった。
今朝は強めに雨が降っているし、濡れたし、お姉ちゃんに振り回されて謎の声は忘れた!
「白川さん……おはよう……。」
「あ、才賀さん、おはようございます。」
「なにしてたの、びしょ濡れじゃない。」
「ふふ~ん、美女濡れね。」
「馬鹿なの?」
「学生課に寄って行く。」
「なんで?」
才賀さんと履修の科目が同じだと同席する仲になれた、良かったよ。お昼も一緒だしね。
「はぁぁぁぁ~~?」
才賀さんの素っ頓狂な声はね、また佐藤舞さんに靴を預けたからなんだ。
「もう癒衣ちゃんさ、三回までだからね。」
「仏様、今日もありがとうございます。」
「横の人……お友達なの?」
「はい、才賀一族の才賀さんです!」
「少し違うと思うけど、」
と否定する才賀さんだ。他の人に友人ですって紹介出来るのが嬉しくて結構な程に破顔していたらしい。
「才賀さん?……良かったね♡」
「はい!」
私が学生課の受付から立ち去れば四方山話が始まる。
「佐藤ちゃん、奇跡が起きたのかな?」
「う~ん、違うと思う。才賀さんが代表スピーチを断ったからだとは思うのよね。」
「うんうん……それで?」
「田所さん……、」
「なに?」
「うん、名前を呼んでおかないと忘れてしまいそう。」
「核心は……あ、あれかな。」
「そうね、罪滅ぼしに声を掛けて馬が合ったって処かしら。私は思いもしなかったな♡」
「なんだ、つまんない。」
「何を想像したのかな~? 田所はん。」
「やっぱ受け身かな。」
「そうね~お友達が出来たと喜んでいたわ……でも、仲が良さそう。」
「うんうん、卒業まで続いたらいいね。」
「二人とも堅い性格だからな~大丈夫っしょ。」
「もしかしてさ、入試の時に席が隣だった!」x2
「それで才賀さんが気になって仕方なかったのかな。」
「田所はん、ナイス!」
「うんうん、二人にお友達は出来そうには見えなかったよね。」
「すみません……。」
「あ、ごめんなさい。なにかな。」
「はい、住所変更で来ました………………、」
本格的な梅雨に備えてレインコートを買っておいた。が、他に誰も着ないんだと考えたらお蔵入りになりそうだわ。こんな透明で安いレインコートは善くて子供までかも知れない。
歩いて帰る帰路は憂鬱な気分にしてくれる。また濡れて歩くのかと考えて終うからで、何一つ楽しい事が無いのだから。傘を差せば歩く人同士が離合するのにも気を遣う必要もあるしね、ここよりも人が遙かに多い中心部の都会は私以上に大変だね。
また学生課の受付に寄って靴を返して貰うも、
「私もブーツを買います、お世話かけてすみませんでした。」
「いいわよ、また来なさい。」
「はい、喜んで、……?」
「チョイと癒衣ちゃん、この人は優しいのはいいんだけどね、代価を要求してくるから。」
「うん、知ってる。持ちつ持たれつよね。」
「あ~はいはい。まだ仕事だから、あんたたちは帰りなさい。」
と言う事で今も才賀さんと一緒にいる。
「また美女濡れかしら。」
「うふふ……。今度は靴が虫の住み処になりそう。」
「?……いや止めて、冗談でも言わないでよ。」
「ご、ごめんなさい。」
「私ね、両脚がない人を知っているの。だから、もう言わないで。」
「うん、ごめんなさい。」
私は不注意で才賀さんを怒らせた。水虫の事を言ったが怒る理由は不明だ。両脚切断って病院の患者さんだと分かった。
才賀さんはロングスカートにブーツを着用しているから、少なくとも私以上にガードは堅いみたい。
「明日は晴れるから、我慢して帰るのよ。」
「うん、またね。」
「じゃぁ……。」
女子医大通りに出て傘は二つに分かれて歩き出す。才賀さんと別れて帰路に就く時は少し寂しく感じる。近道を覚えたから五百メートルは楽が出来て良かった。
路地裏みたいな通りを通れば行き交う人は少ないが、朝の通勤帯は多くの人が歩いている。途中の時間貸し駐車場にケチつける。
「へ~凄く高いのね。通常料金が十二分で……三百円もするの? 潰れてしまえ!」
これでは車なんて一生持てる気がしない。仮に三時間ほど車を停めてさ、んで五千円はないわ~アハハ~……。二本の脚だけで充分幸せです~だ。自宅に駐車場を造る土地代だけで五百万も出せませ~ん! アハハ~……。
コンビニでプチ贅沢な豆大福を二個買って食べた。気分良く新見附橋を通れば声が聞こえた。
「見つけた……。」
「……え?……、」
誰も通っていない道でハッキリと声が聞こえたのだ。同時に車も通らなくなって都会の喧噪も雨音も聞こえない、無音の世界に立ち尽くす。
「なに?」
「見つけたよ~……お姉ちゃん。」
「小人?……違うわね……え? 河童なの?」
「お姉ちゃん、随分と探したんだからね。この前は僕の事を見たよね、だからさ……死んで?」
「……うわ~~~イヤよ、来ないで~……、」
私の足も動かないのか、恐怖で足が竦んだだけと言えない。前から迫る河童に恐怖を感じるのに後ろさえも退く事が出来ない。
「お姉ちゃん、私……綺麗よね、お姉ちゃん!!」
「緑色よ、綺麗じゃないわ。う~来ないで……イヤ、イヤよ……、」
私は近づいてきた河童に差していた傘を投げつける。開いた傘に威力もない、目の前の三歩くらい前で地面に落ちる。何時もならば若くて可愛い女子高生がお喋りしながら通る道なのに誰もいない。
「見つけたよ~……お姉ちゃん。河童のお家に連れて行ってあげるよ。一緒に行こうよ。」
「イヤ~~来ないで~、」
「そうだね、ここには誰も来てくれないんだよ?」
「ギャ~~~~~~~~~~~~イヤ~~~誰か~~~~~~……、」
とにかく振り向いて走ろうとしていたら、後から悲鳴が聞こえてきた。この声だと河童の声なの?
「ウギャ~ウギャ~ウギャ~ウギャ~……、」
私は怖い、怖くても振り向いてしまう。そこには……? モヤっとしたモノが見えている。透き通った身体でも光が揺らぐようにモノが見えている。人影と覚しき影は両手を河童の方へと差し出して光の球を撃ち出していた。
「ふざけた河童だ、大人しく川に帰れ、そうして二度と出てくるな。」
「おのれ~ウギャ~ギャ~……、」
「え?……何時もの中年の小父さん……が? いるの?」
「ほら帰れ、まだまだ光の球は撃つ事ができるぞ、とっとと帰れ。そうして二度と出てくるな!」
「おのれ~ウギャ~ギャ~……、」
大きく叫んで河童は道路を横切って藪へと走り込み、やがてドボンという水の音が聞こえた。
「助かった……の?」
直ぐに車のエンジンの音が聞こえだして歩く女子高生の姿も視認が出来た。
「良かった……。」
「あ、待って、小父さんでしょう?」
「怖かったね、もう大丈夫だよ。早くお帰り。」
「うん、助けてくれてありがとうございます。」
「…………早くお帰り。」
小父さんの姿が可愛い二人の女子高生に見えてきた。
「お姉さん、身体の具合が悪いのですか?」
「貧血でしょうか、」
「あ、あ、あ……はい、立ちくらみでしょうね、先ほどまで何も聞こえてこなくなって……ありがとうございます。もう歩けます。」
「送りますよ?」x2
「いえ、だい、……もうダメ……。」
「お姉さん!」x2
「ごめんなさい、腰が抜けています……傘を取って頂けますか。」
「ねぇ救急車を呼んだがいいよね。」
「いえ、もう暫くしたら動けます、これくらい……アハハ……、」
「お姉さん、ごめんなさい。」
「はい?」
「すみません、新見附橋で動けない人がいます、……はい、至急お願いします。」
「あ、あ~……ありがと~……。」
「美由紀、付き合うわよ。」
「うん、放置出来ないよね。」
「あ~……ありがと~……ございます。」
本当に腰を抜かしたようにへたり込んでしまった、身体中がびしょ濡れもいいところだ。通行人も声を掛けてくれるも、男ばかりだからと勇気ある女子高生が全部を追い返して……蹴散らしてくれていた。
私は傘を持てない、肩は落として首だけを伸ばしたような姿で十五分を過ごしていた。救急車が到着し私は救急車用ストレッチャーへ乗せられてベルトで固定された。
「呼吸問題なし……、」
声は聞こえていても身体は反応しない、どよんとした面持ちで車に乗せられた。
「大丈夫ですか、私の声は聞こえますか……、」
「はい、大丈夫……です、女子医大病院までお願いします。」
「おい、至急確認を頼む。」
「はい、」
「でしたら私たちも状況報告で一緒に行きます。」
「はい、是非ともお願いします。」
「酸素マスクを当てますよ。」
「え、はい……、」
気絶したらしい。きっと安心したからだろうか。
「お願いします。」
「はい、至急身体を拭いてくれ……血圧異常なし。心音は……大丈夫だ。着替えを先にしてくれ。」
「はい、」x2
❖ ❖
恥ずかしいぞ、病院に着けば身ぐるみ剥がされていて病院のストレッチャーへ乗せられて検査室へと送り込まれていた。
可愛い女子高生らの報告で、酷い貧血の立ちくらみという診断が下りたらしい。
恥ずかしいぞ、ベッドの足元には「湯たんぽ!」ま~低体温症の可能性も否定出来ないからと、温か~いご配慮をも頂きました。
「気がつかれましたね、今、先生を呼びに行かせました。お名前は言えますか?」
「ここは?」
「ここは女子医大病院ですよ。」
「すみません、医大生の白川癒衣といいます、在校生の一回生です。」
「ご家族には連絡がつきますか?」
「いえ、独身です。」
「はぁ~?」
「あ、独り身ですからいません。」
「故郷は?」
「天国……両親は他界しました、」
「はぁ~?」
「すみません、」
「分かりました、学生課に連絡して確認しておきます。」
「はい。」
私の頭は大いに混乱していたのか、学生課の受付へと情報が流れてしまった。怒濤の勢いで押し寄せる人物がいるとは思いも出来なくて……、
「癒衣ちゃん、何に襲われたの……大丈夫なの?」
河童が出て来て襲われたの~……なんて言えないわ。
「何も襲われていません。金欠による貧血です。」
「白川さん。良かった~……嘘よね。」
「あ、田所さん……ごめんなさい。帰る事が出来ませんでした。」
「もう……何したのよ。」
「はい、立ちくらみと貧血、疲労過多に胃酸過多……?」
「はぃ~~~?・?」x2
「豆大福を二個も食べた。」
「んも~驚いて損したわ。」
「ごめんなさい、点滴受けて休めば大丈夫です。」
「そうね、……夕飯が間に合わないわ。何か食べたいものはある?」
「豆大福……、」
「却下ね、お腹に優しいものを持ってくるね。温和しく寝ているのよ。」
「うん、ごめんなさい。」
担当医の先生も病室に入ってはいたんだが、佐藤さんの勢いに気圧されて立ちすくんでいたらしいのね。
「なぁ佐藤ちゃん、もう診察を始めたいんだがね。」
「先生~何していたんですか、極太の注射をして下さい。」
「イヤ~止めて~先生~……、」
「はは元気だね。」
「その、脈だけで。」
「いいよ。だが妻帯者だから拒否させてくれ、」
「胸以外で……。」
「せんせ~この子はね、」
「あ~一回生だね。」
「はい、乙女です。」
「……うん。これならば大丈夫だね。休んで帰り……明日は授業を受けてから帰りなさい。」
「はう……アハハ……、」
先生が言いたいのは、今晩は休んで明日に帰りなさい。いや待てよ、明日からも授業は受けなさいと言いたいのかな。
とても気さくな先生のようで気が利くし、何故に佐藤舞と仲がいいの?
「佐藤ちゃん、明日の着替えはないだろう。服を洗ってやれよ。」
「え、はい、先生? 恋人がいるだけですよね?」
「想像に任せた。また来るよ。」
「はい。」
「癒衣ちゃん、この服……絞れば水だよ、もう本当に無事で……グシュン……。」
「佐藤ちゃん、泣くな。」
「うん、安心した、田所さん、洗濯。」
「え~~?……いいわよ。買い出しも行くからさ、あんたは癒衣ちゃんに付いておきなさいよ。」
「ありがと~持つべきものはお友達よね。」
「佐藤……本気で言っているの?……酷くはありませんかね?」
「田所さん、彼氏をつくって下さい。」
「そうね、努力しているのよね。男……ここには居ないし。」
「あ~はいはい。合コンにも付き合うわよ、いってら~。」
「ゥキー……フン!」
田所さん曰く「持つべきものは恋人よ」だってさ。
夜は遅くまで佐藤さんと過ごす事が出来て嬉しい。時々は涙が流れてきて、それで佐藤さんを慌てさせてしまった。
「佐藤さん、ここは学割がありますよね?」
「へ?……無いわよ。健康保険証は持っているよね。」
「あ!」
「どうしたの?」
「転居届を忘れていました、無保険者です。外国人のように踏み倒し出来ますよね?」
「うわ~この子……さいて~。どうして区役所に行っていないの……地雷女。」
「だって……独りだし……お願いします。」
「いいわよ構ってあげるね。上に言ってこの前の件で行かせて貰うわね。」
「この前の件ですか?」
「壇上のスピーチよ。代打……あ!」
「あ!……、道理で連絡が急だった訳よね~?」
「……。」
「で、首席は誰よ、教えなさい。」
「守秘義務ね、苦しみなさい。癒衣ちゃんは次席だったのよね。残念かしら?」
「ふ~ん、明日には分かるわね。二人には何をご馳走して頂けるのかしらね?」
「割り勘で、」
「私はゼロよ、いいかしら?」
「はうぁ!……善処いたします。」
「回診で……す? あんた、まだいるの?」
「帰ります。」
「さっきも言っていたわよね。白川さん、この人は追い出していいかしら。」
「ダメです、私……ホームシック病です、心の支えは外さないで下さい、」
「そうね、ベッドを運ばせておくから……あんた、貸し一つね。」
「菓子一つで!」
「折り箱よ、また無視したら怒るから。」
「はい。善処いたします。」
「アハハ……、」x2
この前って佐藤さんに何があったのかしら、気になるな。後ほどになって本当にベッドと寝具が運ばれてきた。佐藤さんって顔が広いのか? 悪目立ち過ぎて名前が広がり過ぎているのかな?
「なによ、その顔。」
「うふふ……。佐藤さんといたら楽しい。」
「そ、良かった。付き合うから何かご馳走しなさいよ。」
「はい、任せて下さ~~~~は言えません、却下です。」
「言え、」
「ヤ。」
「いいなさい。」
「イヤです。誰が一番なの?」
「言えないわ。」
「いいなさい。」
「イヤ、」
「言え!」
「ぅきゃぅ・・♡」
ベッドを並べて久しぶりに二人で寝た、眠れた、とても良く眠る事が出来て嬉しい。
「なんだかお姉ちゃんと話しをしているみたい。」
「そう?……良かったわ♡」
「うん♡」
「それで私は誰の代理だったの?」
「まだソレを言うのか、答えないぞ。もう寝なさい。」
「ぅきゃぅ・・♡」
翌朝早くに私の服が届けられて、ブラ・パンに値札が……ヒェ~八千円?……高すぎよ~……。
私はさ、佐藤さんから「地雷女の子」と言われたのよね、どういう意味かしら?
「癒衣ちゃんはね、受験勉強で家に籠もりすぎたのよ。世間を知らない、いいえ教えてくれるご両親を亡くしてね、世渡りの方法を知らないで育ったのね。」
「だから簡単に、凡ミスを犯すってか!」
「平たく言えば……そうね。ご両親を亡くしていたのに不躾でごめんなさい。」
「いいわよ、独りになって長いから。」
「だから今日は相手をしてあげる!」
「お姉ちゃんは居ないから私、世間とズレたのかな。」
「うん、そうだね癒衣。」
「え……?」
私に両親がいないって、どうして知っていたのかしら。言ったような覚えはない。
❖ ❖
物語を語る時、重たい内容は初っ端に持ってきたがいい。その方が丁寧に読んで頂けるものかと考えた。だから……重たい。でも……第二章が終わるからと繰り上げてきた。
本当の私は記憶を無くしている。親子四人が乗る自家用車で事故に巻き込まれた。両親は即死だった。これは知っている。生死を彷徨っていて死を覚悟した姉は臓器提供を申し出たと言う。それで二人の女性が生を吹き返した。
知らないのは自分も酷く頭を打ち付けて半年は意識不明で入院していた。この時はすでに姉の記憶は抜け落ちていた。でも姉は生きている、誰かが姉の代理を行ってくれているのだ。
私の姉は文字を覚えて此の方日記を書かさずに書いていたから、これが私の過去の源泉となっている。
分からない……私は中学二年生の時に交通事故に遭い記憶を無くすも、それすら認識出来ずに現状を受け入れて、その事が小さい時から続いていた事実だと信じ込んでいる。
リセットされた脳は全てを受け入れて刷り込まれて今の私が出来あがる。その所為かもしれないが勉強は独学であっても何でも貪欲に吸収していた。でも世間常識は知らないで来ているようだ。
私が姉と認識出来るのは、実家の中だけだったとは知らないし後になっても変わらない。自分よりも少し年上の女性は「お姉ちゃん!!」なのだから。不都合な事は脳が改変してくれていただなんて、あり得ない世界を私は想像している。
東京には多くの若い女性はいるも、当たり前だろが全ては他人。実家に来てくれた「自称・お姉ちゃん!」はこの東京で会えば他人の認識になっていた。
五月の下旬には、お陰で大学を休んで家も無い故郷へと帰省する必要が出来てしまった。転居届を忘れていたんだ……アハハ~よね。
「癒衣、今日はお泊まりに行ってもいいかな!」
「舞さん……歓迎します。お布団はいいよね?」
「う~ん、大丈夫よ。ソファーで寝る。」
そう、これは翌日の事である。佐藤舞さんは私の事を案じて「一晩だけでも泊まるよ」と言ってくれたから。
これで第二章 怪異偏 はお終い。




