97、レオナードくんの気遣い
「な、なぜ、二文字の……」
私のすぐ近くにいた無神経な人達は、精霊ノキの姿を見て、完全に固まっている。これで、集まっていた人達は納得したかな。
セレム・ハーツ様から婚姻の申し入れがあったのは4年前だから、当然、精霊ノキは関係ない。だけど、彼らを納得させるには、これが一番いいと、私は考えた。
「おい! そこの人間! まだ悪意を向けるか。おまえごとき弱き人間は、いつでもマナに分解してやれるんだぞ!」
(はい?)
ノキが、大人の女性の姿に化けたのは、彼らにナメられないようにするためだろうけど、ちょっと調子に乗りすぎね。まぁ、ノキは、えのき茸みたいな頃から悪意探知器だから、人間の悪意には敏感なんだけど。
言葉での脅しでは弱いと考えたのか、ノキは、強い魔力を身体に纏わせ始めた。
「ちょっと、ノキ! その魔力は消しなさい。ここは学校なのよ?」
「チッ! 最近、全然狩りに行ってないじゃないか。腹ペコなんだよ〜」
「人間を食べちゃダメっ!」
「ふん、まぁ、コイツら程度のマナを喰っても、腹の足しにはならないからな」
精霊ノキは、大気からでもマナを吸収できる。だから、たぶん、これはノキ流の脅しだと思う。でもやり過ぎだよね。集まっていた人達の中には、慌てて逃げ出した人もいる。
「ノキ、もう戻っていいよ。怖がらせちゃったじゃない」
「アタシをその辺のザコ精霊みたいに扱う、愚かな人間を教育してやろうと思ったんだよ」
「やり過ぎだよ。精霊主さまに言いつけるよ」
「ちょ、それはやめろよな。アタシは良い子だからっ」
精霊ノキはそう言い残すと、パッと弾けるように消えた。精霊主さまの名を出すと、ノキはすぐに引き下がるよね。
ノキが消えたことで、集まっていた人達はホッとした顔をしている。ノキを呼び出したのは失敗だったかな。
でも『フィールド&ハーツ』では、私の守護精霊を登場させるみたいだから、ノキを見せておくこと自体は悪くなかったと思いたい。
始業を知らせる鐘が鳴った。
「皆様、婚約を祝ってくださってありがとうございます。ただ、このように待ち構えられると、他の学生への迷惑になります。適切な配慮をお願いしますね。では、ごきげんよう」
私はそう言って、彼らに背を向けた。だけど集まっていた人達は、まだ諦める気がないみたい。
「ミカン・ダークロードさん、あの、他にも尋ねたいことが……」
(鐘が聞こえてないの?)
「授業に遅刻してしまいますから、失礼いたしますわ」
「ミカン・ダークロードさん、授業はないですよね? 今日から10日間は、どこの学校も休みのはずだ」
(はい?)
すると、ギルドマスターが口を開く。
「キミ達、先程、始業の鐘が鳴っただろう? 学校が臨時で休みになったのは、異世界人との交流のためだ。ユフィラルフ魔導学院の上位クラスは、そのサポートのために呼び出されている」
「貴方は、この学校の関係者なのですか」
(本当にバレないのね)
明らかに冒険者風の人が、ギルドマスターにそう尋ねた。
「俺は、リンツ・ブライトロードだ。魔導系貴族ブライトロード家の者として、ユフィラルフ魔導学院から協力を依頼された」
(学校からの依頼?)
ギルドマスターが名乗ると、集まっていた人達は一斉に口を閉じた。ブライトロード家には逆らわないよね。ギルドマスターは、思いっきりデキる魔導士風だもの。
もしかすると、リンツ・ブライトロードという名前が有名なのかもしれないな。
◇◇◇
「やっと来たか、遅刻だぞ」
教室に入ると、ゲネト先生が腕を組んで仁王立ちしていた。確かに、かなりの遅刻だ。
「すみません」
私は軽く頭を下げて、レオナードくんが手招きする席へと移動する。たくさんの視線が突き刺さるよ。
実習には護衛を連れてくるようにと指示があったから、教室の後ろには、鎧や魔導ローブを身につけた大人がたくさんいた。私の顔を見て、ヒソヒソ話をしている。
私が着席する前に、ゲネト先生が口を開く。
「これで全員だな。では実習場所へ転移する。全員起立してくれ。さすがに人数が多いな。転移補助がいないと不安だが……まぁ、大丈夫だろ」
「おい、ゲネト。俺がいるだろうが」
ギルドマスターが即座に反応したけど、彼はあまり大勢の転移はできないはず。
「む? おまえか。妙な格好をしているから気づかなかったぞ。そのローブを身につけているということは、ちゃんと本気を出すのだろうな?」
「当たり前だ。ユフィラルフ魔導学院からも依頼を受けている。一応、ミカンさんの護衛が足りないから、護衛に紛れるつもりだがな」
ギルドマスターがそう言うと、グラスさんが気まずそうな表情を浮かべた。あっ、そうか。ギルドマスターは、私の素性がバレないように、わざとブライトロード家の家紋が入った魔導ローブを着ているのね。
ダークロード家の使用人であるグラスさんは、戸惑っているかもしれない。ブライトロード家とは、仲が良いとはいえないもの。
でも、さっきの門のようなことが起こると、『フィールド&ハーツ』の10周年イベントの弊害になる。
「じゃあ、行くか。護衛の方々は、転移妨害となる魔力は使わないでくれ。15組の者達もだ。ベルメの海に落ちたくはないだろう?」
ゲネト先生は、言葉に術を乗せたみたい。わずかに不快な響きを感じた。でも、これは必要なことだと思う。集まった護衛の人達が転移魔法の妨げになったら、本当に転移事故に繋がる。
(うん?)
レオナードくんが、私の服の袖口をつまんでいる。反対側の手は、ボルトルさんの腕を掴んでいる。私と手を繋いでくれるつもりなのね? 彼は、イチニーさんから、私を守るように頼まれていたから、かな。
私は、レオナードくんの腕をつかんだ。
「のわっ? ミカン、何だよ?」
レオナードくんは、一瞬で真っ赤になってる。
「ベルメの海って言われたらさ、また海に落ちるかもって思って」
「お、おう! 俺を頼っていいぞ」
(ふふっ、かわいい)
レオナードくんは、フンと鼻を鳴らすと、少しふんぞり返ってる。まだ顔は真っ赤だけど。
「ありがとう。レオナードくんはいつも優しいね」
「なっ、なっ、なっ……ま、まぁな」
レオナードくんがオロオロしている間に、ゲネト先生の転移魔法の光が、教室にいた人達に広がった。
イチニーさんが、レオナードくんをからかって遊んでいた気持ちがよくわかる。シャーマンとしては致命的なほど、レオナードくんは純粋でいい人だもんね。
(イチニーさん、元気かな)




