96、校門で待ち構えていた人達
ギルドマスターの転移魔法で、ユフィラルフ魔導学院の門に着くと、私が来るのを待ち構えていたらしき人達が、突撃してきた。
「ミカン・ダークロードさんですよね?」
(顔もバレてるんだ)
「この先は、王立学校の敷地だ。冒険者ギルドの出張所に行く者以外の立ち入りは禁止されている」
ギルドマスターが、すっごく大きな声で、待ち構えていた人達を牽制してくれた。その隙に私は、グラスさんに誘導されて学校内に駆け込む。
(でも、なぜ私、逃げてるの?)
待ち構えていた人達からは、強い悪意は感じない。もちろん弱い悪意はある。だけど私には精霊ノキがいるし、何よりコソコソするのは、ダークロード家の娘としておかしな行動だよね。
私は、門の方へと振り返ってみた。
ギルドマスターが壁になってくれているけど、集まっていた人達は、魔道具らしきものを私に向けている。上空には、くっつき貝らしき物もいくつか浮かんでいた。私の映像を撮っているのね。なんだか、芸能人に群がるマスコミみたい。
「ミカンさん、先に行け」
「いえ、それではまるで、私が逃げているようですわ」
そう反論すると、ギルドマスターは目を見開いた。変なことを言ったかな。
でも、私は悪役令嬢を演じると決めた。婚約者のセレム・ハーツ様がどんな人かは、まだよくわからないけど、私は自由にしていいのだとエリザが言っていた。
それに、悪役令嬢として振る舞えば、先方から婚約破棄してくれるかもしれない。セレム・ハーツ様の印象は少し変わったけど、やっぱり知らない人との結婚って、私には無理だもの。
(私は、やりたいようにやろう)
「あ、あの、ミカン・ダークロードさん、ですよね?」
「ええ、ミカン・ダークロードです。おはようございます」
私が作り笑顔を見せたせいか、集まっていた人達は少し動揺したみたい。おはようの挨拶をばらばらと返してくれる。
「皆さんは、なぜユフィラルフ魔導学院の校門を完全に塞いでいらっしゃるの? 学生が通れなくて迷惑ですわ。配慮すべきではありませんか」
少し強い口調でそう言うと、慌てて立ち位置を変える人と、何も気にしない人に分かれた。何も気にしない無神経な人が、いつも得するのよね。
でも私は、前世から疑問だった。キチンと配慮できる人の方が優遇されるべきだと思う。無神経で厚かましい人って、嫌いだな。まぁ、こういう仕事には、無神経さが必要なのかもしれないけど。
「ミカン・ダークロードさん、セレム・ハーツ様と、どのような経緯で婚約に至ったのか、教えてもらいたいんだけどね」
無神経な人は、言葉遣いも雑なのね。私が9歳だからナメてるのかな。もしくは、この人も貴族なのかもしれない。私達とは別の世界から来た異世界人だとも考えられる。
「その質問にはお答えできませんわ。私ではなく、セレム・ハーツ様の方にお尋ねください」
「いや、あの人は、人嫌いだろ。我々はダークロード家が
、どうやってあの変わり者との縁を得たのかが知りたいんだよ」
(この言い方……異世界人かな)
誕生日にダークロード家の本邸で見た、あの記事を書いている人達なのかもしれない。
「随分とひどい言い方をされるのですね。貴方は、セレム・ハーツ様よりも上の身分の王族の方なのですか?」
私がそう問い返すと、彼は気まずそうな表情に変わった。私の問いには答えない。ただの無神経な人だったみたい。
立ち位置を変えた人が口を開く。
「ミカン・ダークロードさん、貴女がなぜ歳の離れたセレム・ハーツ様と婚約されたのかを知りたい人が大勢います。セレム・ハーツ様は、王族の中でも権力があり、次期の王にと推す声も多いためです。無用な争いを生まないためにも教えてくださいませんか」
(無用な争い?)
すると、壁になっていたギルドマスターが、咳払いをした。その意味はよくわからないけど、私に目配せをしている。
私に、質問は無視して学校に入れと言っているのかな。校門付近は、学生達も立ち止まっていて、すごい人になってきた。上空のくっつき貝の数も、さらに増えたみたい。ダークロード家の娘として、ここで逃げるわけにはいかない。
(悪役令嬢として振る舞えばいいよね?)
私はスゥハァと深呼吸をしてから、質問者の方を真っ直ぐに見た。私はすぐに顔に出てしまうから、その表情にも気をつけなきゃ。
「私が、新たな婚約者に選ばれた理由を尋ねておられるのかしら?」
「えっ、あ、はい」
「婚約の詳細な経緯は、私もよく知りませんわ。だから、私の想像で構いませんか?」
「はい、セレム・ハーツ様の心を動かすような何かのキッカケがあったなら、お聞かせいただきたいです!」
私が話す気になったと思ったのか、集まっていた人達は、シーンと静かになった。この人達が納得するのは、おそらく私に特別な何かがあることよね?
これまでのグラスさんの情報から、セレム・ハーツ様が、損得では動かないことは容易に想像できる。でも、それでは彼らは納得しない。
「私の想像ですが、私には価値があると考えられたからだと思いますわ。最強の守護精霊がいますもの」
「守護精霊が、ミカン・ダークロードさんを導いたと? いやいや、それはないだろ」
「数ある精霊の中で、守護精霊は最下位の地位にあるんだぜ? そんな影響力はないって。なぁ? みんな」
私の近くにいた無神経な人達は、一斉に私をあざ笑うような態度に変わった。言葉にはしないけど、私のことを、ただの子供だと思っているのだろう。
ギルドマスターと目が合った。ちょっと呆れているみたい。だけど、これでいい。彼らがこういう反応をすることは予想していた。
「ミカン,ダークロードさん、あの、守護精霊様のチカラだという証のような何かがありましたら……」
遠慮がちに、さっきの人が私に尋ねた。
(それを待ってたのよ)
「じゃあ、お見せしますわ。ノキ、出ておいで」
そう呼びかけると、私が広げた手の上に、真っ白でふわもこな精霊ノキが姿を現した。見ていた学生達から、わぁっ! という歓声が聞こえてくる。
(最強にかわいいでしょ)
「ノキ、ここにいる人達に自己紹介をしてあげて」
するとノキは淡い光を纏い、姿を変えた。
(あれ? 私より背が高い)
ノキが人の姿に変わったことで、集まっていた人達は驚き、目を見開いている。
「アタシは、ノキ! 精霊主さまから二文字の名を認められた最強の精霊だ。アタシにこの名をくれたみかんに悪意を向ける人間は、許さないからな!」




