94、婚約者セレム・ハーツについて
昼食会は、私の知らない料理ばかりが並んでいた。エリザが言うには、ダークロード領での祝いの料理らしい。
(私を祝ってくれてるんだ)
だけど、ダークロード家当主……私達の父親は、娘達のことはそっちのけで、ギルドマスターや女装したりょうちゃんと、熱心に話し込んでいる。
エリザは母親のように、私に料理を取り分けてくれる。当然、私は自分で出来ることだけど、エリザがそうしたいのだと感じたから、彼女に任せていた。
料理についての話や、ダークロード家の歴史のようなものを、エリザは私にすごい勢いで話してくる。私は笑顔を作っていたけど、正直なところ、何も聞いてなかったし料理の味もわからなかった。
(はぁ、もう、やだ……)
私の座る席からは、りょうちゃんが見える。だから余計に苦しくなるのかな。
◇◇◇
「旦那様、知らせが届きました」
黒服が、何か板のような物を持ってきて、ダークロード家当主に渡した。
「ほう、王家から公表してくれたようだな」
(私のこと?)
エリザが、近くにいた黒服に声をかけている。しばらくすると、板のような物がエリザのところに運ばれてきた。
「ミカンも見ておく方がいいわ。やはり詳細は、変な言語のみね。まぁ、これは異世界人が使う魔道具だから、仕方ないけど」
エリザは、私にその魔道具を渡した。
(これって、タブレット?)
まさかの液晶画面に、私は目を疑った。でもよく見ると、私が知るタブレットとは少し違う。異世界人が持つ魔道具と言っていたけど……。
「ミカン、異世界人の言語だから読めないけど、描かれている絵は見る価値があるわ。その方が、セレム・ハーツ様よ」
(ん? 読めるよ?)
だけど、日本語ではないし英語でもない。見た瞬間は、記号の羅列に見えるけど、じわじわと知る文字に変わっていく。
(転生者特典かな)
その情報には、セレム・ハーツ様が新たな婚約を公表したと、大きな見出しがあった。これは、この世界の文字だ。詳細の説明は、異世界の文字らしい。
ざーっと読んでみると、セレム・ハーツ様は異世界人には、嫌われているようだと感じた。こんなことは、この世界の文字では書けないだろうな。
異世界人に対して非協力的で、人格的にも近寄りがたいというような表現が並んでいた。
写真っぽい肖像画が載っている。年齢的には、50代前半かな。予想していたほどの老人ではないけど、この世界の人達の寿命から考えれば、老人なのかも。とても暗い表情に描かれている。
王家と王族の違いについての記事を見つけた。
王家は王様の家族のことを指していて、王族は初代の王だった人の血を引く人達のことをいうのね。
(知らなかった)
そして、ハーツという名は、王位継承権を持つ人に付けられる名で、ハーツ家というものがあるわけではないみたい。
乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』とは関係ないのかな? その辺りは、ギルドマスターやりょうちゃんなら知っているよね。
王族で、王位継承権のない人は、なんちゃら何世って名乗ることが習慣になっているらしい。そういえば、ユフィラルフ魔導学院の学長って、なんちゃら何世だったっけ。
(知らないことばかりだな)
肖像画っぽい絵の下には、注意書きのような記事がある。ハーツという名は王位継承権を持つという意味だけで、警戒する必要のない人が多いけど、彼には安易に近寄るべきではないって。
(異世界人にとっての、敵、なのかな?)
だけど普段は屋敷に引きこもっているし、人嫌いだから、近寄りたくても簡単には会えないそうだ。
(人嫌いの引きこもりか……)
セレム・ハーツ様には、他にも奥様がいて、私が4人目って書いてある。だけど、どの奥様も、ほとんど公の場には出て来ないみたい。
(監禁されてるのかな……)
「ミカン? ジーッと睨んでいるのは、セレム・ハーツ様の見た目のせいかしら? 一度だけ見かけたことがあるけど、ここまで老けた感じではなかったわよ? 静かな人だとは思ったけど」
エリザは、私が情報を読んでいたとは気づいてないみたい。改めて、婚約者の顔を見てみた。中身がアラサーの私から見ても、結構オジサンだけど、この絵を描いた人には悪意があると感じた。
「セレム・ハーツ様は、おいくつなのでしょうか」
「えーっと、確かお父様くらいだと思うわ。王族の方々は、ほとんどの情報が隠されているから、よくわからないけど」
「お父様くらいの人……」
私はそもそも、ダークロード家当主の年齢を知らない。
「ええ、でも、ミカンは自由にしていて構わないそうよ。セレム・ハーツ様との婚姻は、あくまでも王族とダークロード家の契約なの。ミカンが何かを強いられることはないはずよ」
(監禁されるんじゃないの?)
エリザは、きっと何も知らないのだと思う。異世界の文字は読めないんだから、ダークロード家当主でさえ何も知らないのかも。
ふと、りょうちゃんの視線を感じた。
女装した彼の方に視線を移すと、やっぱり私達の方を見ていたみたい。私と目が合うと、ふわっと笑ったけど……。
やっぱり、りょうちゃんは、私のことは仲の良いフレンドだとしか思ってないんだろうな。私に婚約者がいたことを知っても、平然としてるんだもの。
わかっていたことだけど、やっぱり悲しい。私、かなり、りょうちゃんのことを好きになってる。
そして、味のわからない昼食会は終わり、私達は、りょうちゃんの転移魔法で、ユフィラルフの町へと戻った。
◇◇◇
「ミカン様ぁ! ご婚約おめでとうございますぅ。でも、えっと、ミカン様にはその……」
ユフィラルフの町に戻ると、サラは急に元気になった。エリザとその護衛達が、ギルドマスターやりょうちゃんと一緒に、ユフィラルフ魔導学院へ行ったから、かも。
久しぶりに、サラとグラスさんと私の3人で、ユフィラルフの町を歩いている。
「あと1年経ったら、サラやグラスさんとお別れしなきゃいけないのかな」
私がそう呟くと、サラは慌てて手をわちゃわちゃしている。
「ミカン様ぁ、サラはいらない子ですかぁ?」
(はい?)
「いや、いらない子じゃないんだけど、私は王都に行かなきゃいけないでしょ」
私がそう言うと、サラは、ぱぁっと明るい笑顔に戻った。
「サラは、ミカン様の専属侍女ですから、どこまででもご一緒しますよ。グラスさんも、この話を聞くことを許されたから、きっとご一緒できますぅ」
(ふぅん、そっか)
私が監禁されても、二人の恋の応援はできるわね。




