9、他の転生者の話を聞く
「ファイ、ですか? あの、太った妖精のような……」
宿屋の娘だという彼女は、まだ少し戸惑いつつも、私の問いに答えてくれた。
「うん! ファイをしっているのね」
(やはり彼女はユーザーなんだ)
ファイは、冒険者ギルドの地下の、名前を授かる場所にいたけど、乙女ゲーム『フィールド&ハーツ』のゲームキャラクターだ。マイページにしか出てこないから、きっとゲーム専用のキャラクターだよね?
しばらく、また沈黙が流れた。彼女は何かを必死に考えているように見える。
そして、パッと顔を上げた彼女の表情は、先程までとは全く違う。穏やかで親しげに見える。
「お嬢様は、ミカン・ダークロード様。つまり、記憶を引き継いだから、ミカンというユーザー名が名前として選ばれたのですね」
「ミカンではなく、みかん、なんだけど。シグレニさんもユーザーかな?」
すると彼女は、ポンと手を叩いた。
「ミカンさんじゃなくて、みかんさん! やだ、私のフレンドさんじゃない」
(ん? フレンドさん?)
「あたしには、シグレニさんというフレンドさんは、いなかったよ?」
「あはは、シグレニじゃなくて時雨だよ、みかんちゃん。まさか、こんなとこで会えるなんて、ビックリしたよ。しかもダークロード家だなんて」
「え? しぐれさん? でも、なぜシグレニ?」
そう尋ねると彼女は、ぽりぽりと頭を掻いた。
「みかんちゃん、私ね、一度引退してアプリをアンストしたんだよ。でも病気が再発して入院して、再びあのゲームを始めたんだ。ユーザー名って同じものは登録できないみたいで、『時雨2』にしたのよ」
「あー、それで、シグレニ?」
「そうそう。最悪でしょ? しぐれ煮だなんて、ふざけた名前。だけど転生してきて3年になるけど、他のユーザーには私が時雨だとは気づかれないから、まぁいいのかも」
(時雨さんは、3年前に亡くなったのかな)
「ほかにも、ユーザーがいるの?」
「うん、結構な数が、このゲームの世界に転生してるよ。だけど、名前を授かるときに記憶の引き継ぎをしないとユーザー名にはならないから、総数はよくわからないけどね」
「へぇ、じゃあ、ふしぎななまえのひとは、きおくのひきつぎをしたユーザーなのね。はぁ、はなしにくいな」
滑舌が悪すぎて、たどたどしい話し方しかできない。時雨さんは、聞き取りにくいよね?
「みかんちゃん、ちょっと口を開けてみて」
「ん? うん」
時雨さんは、私の左腕をチラッと見た後、そんなことを言った。私は素直に口を開く。その瞬間、彼女は息を飲んだ。
(私の口が臭かったのかな?)
そういえば、全く歯磨きをしてないし、風呂にも入ってない。だけど、そんなに汚れているような感覚はないけど。
「やはり、あの噂は本当だったんだ。みかんちゃんは、まだ、転生してきたばかりだよね?」
時雨さんは、暗い表情をしていた。
「うん、きのう、かな?」
「そっか。みかんちゃん、悪役令嬢エリザ・ダークロードの妹の運命を知ってる?」
「すぐに、きえちゃうよね」
私がそう答えると、時雨さんは微かに頷いた。そして、パッと顔を上げた彼女の目には、強い意志を感じた。
「消えないようにしよう! みかんちゃんは、私のフレンドさんだもん。力を貸すから! あっ、話の続きは、次に会ったときね。エリザが戻ってくる」
何の音も聞こえないけど、時雨さんは私から距離を取った。
「えっ? つぎって?」
「お嬢様、また、この街にお越しください。その時は宿屋ホーレスを利用していただきたいです」
(話し方が変わった)
それに声量も変えている。まるで、扉の外に聞かせているかのようだ。でも、宿屋ホーレスの最上階の室内の会話は、扉の外には漏れないと思うけど。
不思議に思っていると、時雨さんは目をパチパチとして、合図をしてきた。話を合わせるべきかな?
「このやどやに?」
「はい。グリーンロード領には、名前を授かったばかりでも経験値を稼げるフィールドがあります。この街の近くの草原は、弱い魔物しかいませんし……」
ガチャ!
扉を開ける音で、時雨さんは口を閉じた。
(本当に戻ってきた)
「あら、何のお話をしていたのかしら? 続けていただいて構いませんわよ?」
「おねえちゃま、グリーンロードのおはなしを、きいていました」
私がすかさずそう答えると、エリザは嬉しそうな笑みを見せた。
「まぁ! ミカンがたくさんお話してくれるわね。シグレニさんの話は、そんなに面白かったのかしら」
(えーっと、これは嫉妬してる?)
「お嬢様! 申し訳ございません。ミカン様に、グリーンロード領に来られる際は、宿屋ホーレスを利用していただきたく、その……」
「ふふっ、聞こえていましたわよ。この宿の防音結界程度なら、扉の前にいれば役に立たないわ」
(えっ? 聞かれてた?)
扉の前には、ロインさんが立っていたよね? 私や時雨さんが転生者だということが……。
「さすが、エリザ・ダークロード様ですね。このフロアの防音結界は、魔法の得意な上位冒険者でも弾くと言われていますが」
「そうでしょうね。当家でも、私くらいじゃないかしら? 他の兄弟姉妹には無理だもの」
(ロインさんには聞かれてない?)
私がキョロキョロしていたためか、エリザは、ふわりと微笑んで口を開く。
「ふふっ、ミカンにもこの能力が備わっているかもしれないわ。お母様の血を受け継いだのは、私とミカンだけだもの」
(母親は、亡くなったのよね?)
「きょうだい?」
そう尋ねると、エリザの顔から笑みが消えた。後妻が嫌いなのかな。
エリザは、時雨さんにチラッと視線を移す。
「お嬢様、私はこれで失礼します。ごゆっくりおやすみください」
「ええ、ありがとう」
(視線だけで、追い払ったのね)
時雨さんがいなくなると、エリザは口を開く。
「お父様には、11人の子がいるわ。だけど、私はミカンだけが妹だと思っているわ。他の兄弟姉妹とは、関わらない方がいいの」
私は意味がわからず、首を傾げた。5歳児のフリではなく、本当に理解ができない。あぁ、そっか。ダークロード家当主には、何人かの妻がいるのね。
「ふふっ、難しい話は、もう少しミカンが大きくなってからね。さぁ、休みましょう」
エリザは私をベッドに運び、そっと寝かせた。そしてスッと立ち上がると、窓際へと離れていった。
(あれ? 抱きしめられなかったな)
エリザは、窓から外を見ている。何かを考え込んでいるように見えた。